ヴァンパイアの饗宴―彼らは生活を諦めない
ここは山深い打ち捨てられた古城。人知れず、夜な夜な饗宴が繰り広げられている。
長い赤髪のスタノフがグラスを掲げ、その晩の議題を高らかに詠唱した。
「我々は、本当に日光を浴びられないのか?」
バザーリスはグラスのワインを一度に飲み干すと、甲高い濁声で野次を飛ばす。
「お前の叔父貴はおんなじこと言って灰になったぞ!」
立ち上がって次の一杯を注ぐ。
隣でチリミンがすぐさまボトルを奪い取り、細い目を吊り上げた。
「誰だこいつの前にボトル置いたのは!勿体無い、葡萄ジュースでも置いとけ!」
「アルコールの入らないものなど飲み物ではない」
「メタノールでも入れとけ」
ナジラはそれを聞いてイタズラっぽく笑い、奥の戸棚からメタノールのガロン瓶を取り出して、デキャンタに葡萄ジュースとメタノールを1:1で注ぐ。
バザーリスは再び空になった杯に、即席アルコールを注いで飲み始めた。
「うぅ、焼けるようだ。なかなかにうまいぞ!お前も飲めチリミン!」
「これだからやだよバカ舌は。ワインは香りの総合芸術だ。この熟成された果実臭の分らねぇやつと同じ卓につくことすら不愉快だ」
チリミンは席を立ち、スタノフの隣に移動した。
スタノフはチリミンの顔を正面から覗いて赤い目を見開く。
「君は先日オンライン会議に出たと言ったな」
「ああ言った」
「相手の家はどこだ?」
「ウェスタン伯爵の廃屋さ」
「ヴァンパイアは招かれなければ家には入れない。しかし君は招かれていないのに入れただろう」
「入ってねぇよオンラインだから」
「でもその部屋にいる者と会話をした。つまり招かれていないのにその部屋に像を映せた電波に乗れば入れるのだ」
「だから入ってねぇって」
スタノフは顔をグルっとナジラに向けた。
「ナジラ、アルミ蒸着の鏡はどうだった」
「先週届いた。これでようやく化粧ができるようになった。見てこの美しい顔を」
ナジラは頬に右手を添えて、真紅に染め上げた唇を引き上げた。
「よくこんな山奥に届けられたな」
チリミンの関心をよそに、スタノフは続ける。
「聞いたか皆のもの!我々が鏡に映らないのは、銀のせいだったのだ。銀を用いない鏡なら姿が映せるという噂は真実であった」
バザーリスがナジラに詰め寄る。
「すごいぞナジラ!俺にもその鏡を貸してくれ!寝癖を直すのにも、いつもスタノフに頭を下げてやってもらわなきゃならん」
「自分で買えよ。ネットで買える」
ナジラはバザーリスの椅子を足で押して遠ざけた。
スタノフは立ち上がって両手を広げた。
「科学だよ、科学。科学の力で我々は弱点を克服出来るのだ。つまりだ。科学の力を使えば我々は日光の下を歩ける。私は、この目で、青く輝く海が見たい!」
チリミンがため息を漏らす。
「海は遠い。なんだよ科学って」
「動画で見たのだ。SPF100の日焼け止めを塗れば、紫外線透過量は百分の一になる。水着の女が、海辺で全身に液体を塗りたくって、真っ白な肌を見せつけていた」
「紫外線?」
「そうだ。日光が我々を焼くのは、紫外線のせいだ。と思う」
「何を根拠に」
「我々は、暖炉も白熱光もLED電灯も平気だ。赤外線と可視光線は問題ない。なぜ日光に焼かれるのだと思う?」
「紫外線のせいだって?」
「それ以外考えられないだろう」
「しかし、不確実なことに命は賭けられない」
その時、片隅で静かにグラスを傾けていたドゥーイが口を開いた。
「紫外線はダメ。見て……」
ドゥーイが差し出した右手の指先は焦げ、先端部分が失われていた。
その場にいた者は皆、言葉を失った。
「ネイル、知ってる?UV硬化のネイルをしようと思ったの。ジェルネイル用ライトを買ったんだけど、指先、無くなっちゃった……」
スタノフの声が震えていた。
「尊い犠牲に感謝する。これで決まりだ。日焼け対策グッズこそが、我らに自由を与える」
「別にあなたのためじゃないけど」
ドゥーイは釘を刺す。
ナジラがスマホ画面を見ながら、不安げに口を挟む。
「でもスタノフ、SPF100でもUVBを1%、PA++++でも、UVAは6%程度は通すかも知れない」
スタノフの声が低くなった。
「日焼け止めだけが日焼け対策では無い。日傘、帽子、ストール、サングラス、フルフェイスマスク。長袖長ズボンに手袋。最近はなんでもある」
「しかし……」
「なあ、月光は太陽光を反射している。太陽光の何十万分の一の月光は、我らを焼かない。つまり、強度の問題なのだ」
それ以上、異を唱えるものはいなかった。
翌日、宅配ボックスに日焼け対策グッズの箱が届いた。
翌々日の朝、スタノフは全身真っ黒な装束に身を包み、日傘を差し、出掛けて行った。
その晩、スタノフは帰ってこなかった。
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