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揺さぶったのは


トリスタンは、別邸に入るなりあたたかい飲み物を用意させ、応接室のソファに座らせたルナリアの肩にストールをかけた。


なぜ場を彼が仕切っているのかは不明だが、侍女やメイドたちも指示に素直に従っているのを見ると、止めるのも違う気がする。


「隣に座っても、構いませんか?」


いつになく遠慮がちなトリスタンに笑う。

途端、その端正な顔に陰が差した意味はよくわからなかったが、頷くとすぐに隣に腰かけた。


「お嬢様、あたたかいミルクです」


「ふふ。今はまだ昼ですよ」


「いいから、ルナリア嬢。とりあえず飲んで落ち着きましょう」


ルナリアは充分落ち着いていると思うのだが。

譲ってくれなさそうな侍女とトリスタンに、仕方なくカップを手に取った。


ゆっくり、ひと口ずつ。

なぜだかひどく心配そうにこちらを見る目を安心させるために、熱い液体を喉に流し込む。


ようやくトリスタンも用意された紅茶に口を付け、侍女は一礼して壁際まで下がった。


「いつ来られたのですか?」


「奇天烈な笑い声がした時です。入っていいかわからず、扉の前で待機していました」


ならば、あの女性の言っていたことは、ほぼ聞いていたと見てもいい。


本邸に住む女性たちは、みんなルナリアの代わりだと言っていた。

けれど、それだけでは唾棄すべき悪事を行う理由にはならない。

決定的な証言にはならないから、トリスタンはどこかそわそわしているのだろうか。


トリスタンが確証を得るまでに、ルナリアは先んじて手に入れなければならない。

誰から見ても明白な、父の犯罪を明かす何かを。


「……私は、あなたも、噂通りの人だと思ったのです」


ふいに、トリスタンがこぼした。

隣を見れば、カップを見つめたままの橙が、躊躇うように揺れている。


「とても豪華な邸宅を独り占めして、たくさんの高級品に囲まれて、とても恵まれた、とても成人前の令嬢とは思えないほどの贅を尽くした人だと思いました」


「……その通りです」


肯定したのに、トリスタンは切なそうに微笑むだけ。

さらりと光を反射する黄金は、彼の歩む人生の輝かしさを示しているようだ。


「私はあなたを、あなただけを、守りたい」


言われた言葉が、一瞬理解できなかった。

ルナリア以外は守らないと言われているような……いや、そうじゃない。

まるで。


「あなたが望むなら、掬い上げて見せます。あなたを守ります」


「……」


「たったひとりに魅せられた私の心を、どうか救ってください」


まるで、これは、求愛のようではないか。

どきどきと高鳴る鼓動が、ルナリアの心にも潜む淡い想いを突きつける。

頬が熱くなって、きっと今は真っ赤になっていて、けれど頭の端っこがひどく凍えた。


油断させるための告白ではないと、どうして言えるの?


贅を凝らした別邸でひとり、贅を尽くしたものに囲まれて、人に侍かれて日々を送っている。傍から見れば分不相応なほど。


たとえば領地を定期的に視察していたり、時折り領民と共に試行錯誤したり、結果的にうまく運んだとして。

そのどれも、トリスタンには知り得ないことだ。知っていたとして、父の醜悪な行いの帳消しになどならない。


頑なに内側を明かさないルナリアに焦れて、最も効率的とも言える恋や愛という関係性を持ち出したとしても、何の不思議もない。


「わたしは……」


顔いっぱいで笑って、無邪気に手をつないで、慕ってくれた可愛い子。

人生で一番素晴らしい日々を与えてくれた、一番大切な子。


────あの子に恥じない自分で、わたしはいたいのです。


差し出された言葉は甘やかに優しくて、縋りたくもなるのだけれど。

紳士的で少し不器用なこの人を、慕わしく想えば想うほど。


「ありがとうございます」


あなたの名前さえ呼べないこの立ち位置を、呪わしくも思えてしまう。


「とても嬉しく思います」


光の中を歩んでいくあなたの、一助になれますように。




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