情報は彼女の手の内
ルナリアには、専属侍女がいる。
けれど、彼女を始めとした使用人たちを、ルナリアは信用していない。
別邸専属の使用人は最低限の人数のため、常に傍にいるわけではないものの、どこにでも目はある。
そして、彼女たちはすべて父が雇用していると考えれば、味方はひとりもいなかった。
本邸で増減する女性たちのことも、みな慣れきって『そのようなもの』とか『当主様の人助けの一貫』という認識が雰囲気で察せられる。
ルナリアだけは、違和感に慣れずにいないといけない。
誰の目にも留まらない方法で、悪事の証拠を集めなければならない。
そして、逃走の準備も。
「なあに。またそんな顔してんのあんたは」
ふわ、と甘やかな香りと共に現れたのは、町娘の格好に身を包んだ豊満な肢体の女性。
街遊びで常連になったレストランの二階の個室は、彼女との待ち合わせ場所だ。
何度も通うことで護衛と侍女を安心させ、このレストランにいる時間だけはひとりで過ごす。
一応、彼らの休憩時間という名目だ。
そこに時折り、ふらりと現れる唯一の客がいる。
彼女は昔、本邸に滞在していたことがあった。
異国から来た奴隷の子で、今は娼館で働き高い人気を誇っている。
町で見かけた姿を追いかけた十歳のルナリアの無謀を、こてんぱんに叱り危険性を叩き込んだ師のような人でもある。
味方ではない。でも、今は敵でもない。
「こっちは変わりなくよ。最初にあんたが言った通り、お手付きの子はうちの娼館街には入ってきてないわ」
お手付き、というのは、本邸で過ごした少女たちのことだ。
つまらなさそうに注文したジュースを煽り、娼婦がニヒルに笑う。
「今いるのはあたしと……ああそうだ、あとひとりの子の身請けが決まったのよ。だから、残るのはあたしだけだわね」
「……やはり」
「そうね。他国か他領か、わかんないけどそのへんでしょ」
流れ着いた先で、彼女たちは生きているのか。
今は調べる術すらない。情報が足りない。
「あたしに言わせてみればさあ、まったくの悪ってわけでもないんだよ」
こつんとルナリアの額を指で弾き、娼婦が妖艶な流し目を寄越す。
「住む場所も食事も当たり前にあって、代わりに労働して賃金までもらえる。しかも身綺麗にさせてもらってさ。奴隷の子にしちゃあずいぶん恵まれてるね」
「……」
「そもそもさあ、それもこれもぜーんぶ、あんたのせいじゃあないわけよ」
どこか鋭い目に捕らえられたルナリアは、ただ必死に見つめ返す。
いつも彼女は、何かを言いかけてはやめて、ほんの少しだけを口にする。
「婚約したいっていう男がいるんでしょ。そいつじゃだめなの?」
なぜ知っているのか、なんて愚問だ。
底辺と周囲に侮られながら、彼女たちはいつでも最新の情報に触れ、それを操りながら妖艶に笑うのだ。
「捨てられないっていうなら、背負ったままでいいさ。だけど、人生は嫌でも長い。あんたみたいなお人好しがちゃんと報われてくれなきゃ、あたしらみたいなのはやってらんないでしょうよ」
「そう……かしら」
「そうなんだよ。少なくともあたしは、あんたを見込んでる。幸せになるのにも、向き不向きがあるんだよ」
幸福とは、ただ差し出されるものでも、ひたすら与えるものでもないのかもしれない。
目の前に現れた時、それを掴み取れるかどうか。なの、かもしれない。
「また会いに来なよ。その時までに、もう少しあたしも色々仕入れておくからさ。そんで、さっさと片付けて一緒に笑えばいいだろ。忘れないでおくれよ」
「忘れない。覚えておくわ」
「あたしは、少なくとも敵じゃあないよ。死ぬまでね」
「……それも、覚えておく」
「そうして」
くしゃくしゃとルナリアの髪を掻き回した娼婦は、一気にグラスを空にして颯爽と個室を出て行った。




