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居場所




「あなた、ひとりだけ、私の恋」



ぽつんと落ちた雫が、雨のように膝を濡らす。


「あなたと、ふたり。つらいのも、痛いのも、一緒がいい」


生涯子供を持てないと、知っているはずだ。

だから、ひとりで生きていくのが当然だと、思っていたのに。


ナナの知る恋とは、もっと苦しくて切ないものだ。

相手への揺るがない信頼があったなら、愛などと呼んでいいのだろうか。


「あなた、かっこいい。きらきら、宝石みたい。私、優しくする。ふたりで、がんばれば、いいと思う」


「……」


「看取る、できるよ」


「……っ、ふふ」


求愛されたのは、二度目だ。

一度目はきっと嘘だと決めつけて、相手を傷つけた。

だけど、このたどたどしくまっすぐな言葉を、どうして疑えるだろう。


この言葉を、居場所にしても、いいだろうか。


しゃがんでようやく目線が合う巨体に近づいて、初めて頬に触れた。

びくりと震える肌は、確かに人間とは違う硬さと冷たさで、なぜかほっとした。


「わたしを看取ってくれるの?」


「そう。蛇族、長生き」


「あなたを遺して逝ってしまうわ」


「いい。ずっと、好きのまま、生きる」


「……できれば、ちゃんと触れてほしい」


「…………が、んば、る」


ふふ。ぽつり、ぽつり。

微笑んだ頬にとめどなく流れる涙を、ジュカはいつかのように見守った。


半透明な欠けた月だけが、ふたりを見ていた。










────────



父母は、海を隔てた獣人の大陸『ノズール』と我が国とを結ぶ唯一の船を有する商会で勤めていた。

幼い頃から、私と九人の弟妹たちは獣人に親しんでいたと記憶している。


父母の馴れ初めは、旅の途中であったギラついた豊満な美女である母に、仕事と勉強が相棒だった父が一目惚れしたことが始まりという。

きつめで派手な顔立ちの母が、いかにも勉強しかしませんという風貌の父と仲睦まじくしている光景は、ある意味街の風物詩ですらあった。


もっとも、母の一番の趣味は友人の助力で、父は友人に夢中な母を微笑ましく眺めていた。

子供を設けた後も、母は仕事や家事や育児の合間を見て、手紙をやり取りしていたようだ。


母の友人とは、年齢も性格も異なる淑やかで儚げな女性で(母も自称『淑女』だがあれは違う)、彼女は白蛇の伴侶と共にあった。

ただし、ノズールで暮らす唯一の人間という事実だけで、母の言う相当なお転婆娘であることは明白で、だから母と友人なのだなと納得したものだ。

白蛇殿は元々祖父の代からの知り合いで、父とは無二の親友であった。


あの子は自分の存在を残したくないんだよ。手紙も、残さないでほしいんだって。だから、手紙は全部あたしの棺に入れてちょうだい。


と、母が父と我が妻に話しているのを盗み聞いたことがある。(なぜ私ではなく妻に話すのかは、こうして記している時点で察せられる)

彼女は頭がよく教養があり、どこぞの貴族様のように完璧だった。

子供時代はずいぶん可愛がってもらい、優しいお姉さんに淡い恋心を抱いたこともあったが、白蛇殿との甘ったるい空気の前では塵芥であると思い知るばかりだった。


母が生涯大切にした人の中に、本物の貴族様もいる。

遠い国の親子だったが、夫を見送った夫人が修道院に入った後も、子息がとんでもない出世をした後も、細々と手紙をやり取りしていた。

母が育った国に帰ったのは、子息が急逝した時の一度きりだった。


さて、常々話が長いと弟妹や子らに怒られてしまう私は、文章にしてもとりとめもない。

最後に、我が父母が私たちに遺した言葉を記しておこう。


生涯学び、努め、何より人を愛しなさい。豊かな人生は、人間がひとりで作れるものではない。


相手を変えようとするのは未熟な恋。自分が変わりたいと思える人を見つけなさい。女も男も度胸と思い切りよ。


(抜粋)


────ナリア・モーラ著 『手記・親愛なる妻へ』




お粗末様でございましたm(*_ _)m

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