大好きなかっこいい人
大きくて、寡黙で、先回りして些細なことまで気遣うのに、こちらには一瞬たりとも触れまいとするジュカとの暮らしは、ひどく穏やかなものだった。
臨時の門番を勤めた後は、彼は港のある街へと引っ越す予定という。
一緒に行かないか、と誘われたのは、トリスタンとの再会から三日ほど経った頃。
それからひと月、ナナはひたすら考え続けている。
自分はこれから、どう生きていくべきか。
何を目的に、何を成すために、何ができるか。
終着点を定めて向かうことには慣れていても、その先を想像したことはなかった。
そうする余裕もないほど、我武者羅だったし必死だったのだ。
いざ立ち止まってみると、安堵よりも不安の方が大きく感じた。
父や兄、トリスタンや元義母、関わりあるすべての人を捨てられる人間だと、自覚している。
自虐ではなく、後々の面倒事を避けるために、自分の一部分を壊せる人間だとも。
ひとりで生きていくための居場所を、ナナは心底欲していた。
「ナナ、何悩む?」
一緒に住むようになってから、ずいぶんと言葉が流暢になってきたジュカが首を傾げる。
「……どこで、何をすべきかな、と思って」
「? ナナは、何したい?」
「え?」
「すべきは、終わった。もう、すべき、はなくなった」
ジュカの言う通りだ。
今できること、今すべきことは、成した。
死ぬまで背負うものはあれど、ある程度は猶予がある。
「……本当ね。やりたいことを、やるんだわ……」
そんなこと、考えたこともなかった。
また思考に入り込みそうなナナに、あたためたミルクが差し出される。
「ナナは、あの男、好きじゃない?」
「あの男? 元婚約者候補のことかしら。好きよ。大切だわ。でも、終わったことなの」
「んー……違くて、気持ち、残る?」
「いいえ」
あの時、会話を終えて感じたのは虚無じゃなく、肩の荷がおりたような安堵だった。
ナナがずっと大切に思い続けるのは、義弟だった幼子だ。
「私と来る、何に迷う?」
「……今も言えたことではないけれど、あなたの世話になりっぱなしは嫌だわ。ひとりでやっていく方法を見つけたいの」
「あー……男女、だから?」
聞かれて、そういえば異性とこんなふうに暮らしている時点で、色々と順番を間違っていることに気がついた。
今の今まで、まったく意識していなかったのだ。驚くほど。
突然目を真ん丸くして凝視されたジュカが、たじろいで身を引く。
「ジュカ、あなた男性よね?」
「うん……」
「そうよね、だから触らないように気をつけてくれてるのよね」
「あ、いや、触るは、怖い。小さい、細い。壊れる」
「壊れないったら……」
ふふ。吐息と一緒にこぼれた笑いを、ホットミルクで流し込む。
「……私は、蛇族だから」
不意に、ジュカが低く呟く。
静かで、ゆったりと空気に響く、ずしりと重い声音。
彼が周囲よりも強い力を持っていると、何も知らないナナでも感じる。
「蛇族で……少し、上位。だから、あなたに触る、怖い」
「……」
だけど、と続く声に、熱が灯る。
なんとなく緊張を誘われて肩を強ばらせるナナの前、三歩ほど離れた地面に、ジュカがゆっくりしゃがみこんだ。
とろける蜂蜜色に、明らかな火がある。
「 『 』 」
聞き取れない。
泣きたい心地で眉を下げるナナに、ジュカは初めて表情を動かして笑んだ。
「ひとり、ひとつは、もう決まってる。ジュカは、ナナが大好き」
「え、……」
「会った時、かっこいい人と、思った。負けない、強い、優しい。でも、少し、壊れそう」
「……」
「あなた、あなたに優しくない。優しくするの、だめと思ってる。守られる、嫌がる。でも、好きな生き方していい。だから、恋した」
ナナは、自分に厳しいつもりはない。
むしろ、自分の価値観を貫いて生きてきた傲慢な部類だ。
守られたくないと思ったことはないが、確かに守ってほしいわけじゃない。
自分の足で立つナナと、共に歩んでくれたらと思う。
そんな生き方をしてきたナナだから好きだと、そう言いたいのだろうか。
何一つ変えないままの、頑固で強情なナナでいいと、言っているのだろうか。




