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それは確かに愛だった


「……私にすべてを擲つ覚悟があれば、叶うだろうか」


ぽろ、と涙をこぼす美丈夫の顔に、ノラはため息と共にハンカチを押しつけた。


「捨てられんの? 母親も、血も、子供も、あの子のお陰で手に入れた地位も」


「……捨てたくないから、外堀を埋めたんだ」


「そうね。それでいい。それがいいんだよ」


肯定されて、意外だと目を瞬かせる年下の男に、ノラは苦笑する。


「あんた見れば、いい家族に囲まれてるってわかるよ。あたしらみたいに、親兄弟を捨てられる奴の方が、ちょっとばかし変わってんだ」


「でも、仕方なかった。彼女には、選べる道は多くなかったから」


「そうだよ。仕方ないことだ。誰にもどうしようもないことなんか、人生にはいくらでもあるさ」


「……なぜ、あなたは私を慰める? 彼女の味方だろう?」


あははと声を上げて笑うと、今まで目いっぱい胸に巣食っていた心配とか憤りが、少し軽くなった。


「あたしはあの子の味方さ。可愛くてしょうがない。けど、あんたの気持ちもわかる。外堀埋めてこんなとこまで来ちゃって、そんで無理強いもできないで泣いちゃう優しい奴じゃないか」


「……」


「あんたのそれは、愛なんだね。相手を求める恋じゃなくて、相手の心を気遣える愛なんだと思うよ」


「……これ以上、泣かせないでくださいよ」


ピーピー泣くこの男は、気づいているだろうか。

ノラにとって憎たらしいほど可愛い女の子が、心と身体を壊してまで守りたかったのが、いったい誰なのか。


気づかないなら、気づかないままでいい。

気づいても、気づかないふりをしていい。

その愛を穏やかな思い出にできるまでは。








────────



トリスタン・ドゥイットは、若干十五歳にして名門伯爵家当主の人身売買という重罪を暴き、国王陛下直属の『監査部』に最年少で所属が決定した。


十七歳頃、柔和な印象を一変させ、苛烈かつ冷徹な手腕を発揮し始める。年齢も性別も立場も、彼の前では等しく価値があり、同じだけ無価値であった。


才能ある者を立場に関わらず取り立て、情にも噂にも左右されず王族にすら物申す豪胆な気性であった一方、犯罪者の家族や被害者たちの救済に尽力する厚情な面もあったという。


適齢期をずいぶん過ぎ、三十二歳の時に政敵であったドゥイット公爵家の令嬢と婚姻し婿入りした後も、何者にも揺るがされることなく公平な監査に徹した。


ただ、十二歳年下の妻からの猛アプローチの末の婚姻だったためか、家庭ではただただ穏やかでおおらかな夫であったという。

妻との間に三人の息子を設け、子供たちを連れて和やかに出かける姿が度々見受けられた。


等しく恐れられ、等しく慕われた『無情の監査人』は、五十になる直前に突然倒れて天に召された。

葬儀には、国王陛下を始め高位貴族、そして重用していた平民官吏や元娼婦の友人といった多様な者が参列し、等しく死を悼んだという。


彼の息子は、爵位を継承する際に『すべての人間にとって善は善であり、悪は悪である。法を遵守せよ』との父の言葉を家門の掟と定めた。


(抜粋)


────セロ・ミシェラ著 『グロリオス国録』




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