かつての恋 2
妊娠、不妊などに関する表現があります。
不快に思われる方は、読み飛ばしてください。
震えそうな喉を叱咤して、もう一度まっすぐ彼を見つめた。
「わたしは、あなたと人生を共にはできません」
「……なぜ、でしょうか。責めても構いません。好きなだけ詰ってくれていい。ただ、あなたを守りたい」
こんなにも嬉しい言葉ばかりなのに、なぜだろう。
ナナは、ちっとも喜ばしいとは思えなかった。
「過去をどうこう言うつもりはありません。ただ、時が過ぎたのです。取り返せないほどに」
「なぜ……これからのことは、わからないではありませんか!」
残念ながら、想像はできるのだ。
これでも、高位貴族の端くれとして育った。
ナナはただ微笑む。
「わたしの血肉は、すべて咎でできています」
いつかの言葉に、トリスタンが絶句する。
「本来、命すら許されない身です。それでも生にしがみついて、ここまで辿り着きました。ここへ来たのは、最後に壊すべきものがあったからです」
「……壊すべきもの?」
もう二度と戻らないと、退路を断つために、この遠い大陸を目指した。
「わたしは、子を成すことはありません」
たった一つ残った憂いは、父の罪を後世に継がせること。
本来あってはならない、決して許されるべきではない、咎人としての処置だ。
願ったのは、子を生み出すことのない身体。
命そのものを賭けて挑んだ選択を、呪師は聞き届け術をかけた。
一生涯、どのような相手、どのような場面であっても、ひと欠片の可能性もない。
「まさか……」
「呪師様に願い出、遂げていただけました。死ぬまで続く術です」
王家の血筋を持つトリスタンにとって、子を儲けることは責務。
公爵家子息という立場のまま、出世し高い地位を得た彼とナナの道は、未来永劫交わらない。
すべてを捨てたナナと、すべてを守ったままのし上がった彼は、きっと、何か大切なものを失ってここまで来た。
「お気持ち、嬉しく思います。ここまで会いに来てくださったことも、感謝しております。ですが、どうかご容赦ください」
「そんな……」
「可愛らしい幼子のあなたを見送った時からずっと、わたしの願いは変わりません。どうか、あなたの生きる場所で、輝かしい場所で、幸せになってください」
愛しい、本当に愛しい無邪気な幼子の記憶は、過去も今もナナの心の支え。
けれど、どうしたって、この先で結ぶことは叶わない縁だ。
捨てられないたくさんの大切なものを持つトリスタンには、きっと理解できない。
だからそうして、悔しげに唇を噛むのだろう。
貴族令息としてのすべてを大切にするのと、ナナを隣で守ることは、絶対に不可能だと断言できる。
たとえ表面上はうまくいったとして、高い地位と美貌を持つ公爵令息の嫁が犯罪者の娘であれば、彼は少しずつ足場を崩していく。
社交界だから、じゃなく。
きっと平民だって、犯罪者の家族との縁結びはそれだけ難しい。
何一つ取りこぼさずに保てるほど、高位貴族というのは生易しくなどないのだ。
たとえ、周囲だけを固めたとしても。
「想いだけで乗り切るには、人生は長く厳しい。どうか、賢明なご判断を。ご挨拶できたこと、至極恐悦にございました」
人生で最後のカーテシーは、我ながら最も美しくできた。
痛くないわけではない。
苦しくないわけでも、悲しくないわけでも、もちろんない。
じくじくと膿を生むのは、何度も刺し殺し続けた恋心の骸。
綺麗事を口にできているうちに、さよならを。
美しくない姿など、死んでも見せたくない。
慟哭し嘆く姿なんて、大切なこの子に相応しくない。
凛と背筋を伸ばしたまま、ナナは踵を返した。




