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つかのま


ルナリア改めてナナは、しばらく獣人の大陸に滞在することにした。

ジュカが面倒を見ると言ってくれたので、彼の苦手なものを引き受けることで甘えることにする。


明日には船に乗り込むというノラは、海を渡って港のある街に住むと言う。

というのも、ノラは旅中で商人との縁を掴んでおり、獣人の大陸とやり取りをする部署に雇われることが決まっているらしい。

なんとも逞しいことである。見習うべき根性だ。


獣人の大陸は、港のある街では『ノズール』と呼ばれ、ジュカの友人もそこで働いているようだ。

街を案内されている今も、ノラはあれこれ商品を眺めては観察している。


「あんたが飢えないように、あたしが見てなきゃね!」


「姐さん……わたし、もう大人よ?」


「なあに言ってんの。あんたは頑固で真っ当すぎるから、危なっかしいんだよ。娘みたいなもんだ」


まだ独身だけど! とおどけるノラに、ジュカがあんぐりと口を開ける。


「ノラ、子供カ? まだ子供ダロ?」


「あら坊や、言うじゃないか。少なくともあんたよりは経験豊富だわよ。試してあげようか?」


「んん……?」


色気たっぷりに笑うノラに、何こいつ怖い、とジュカの蜂蜜色が怯えた。

ふたりは力関係があからさまで、見ていて面白いとナナは思っている。


「そうだ、あんたに言うことがあったわ」


不意に声を落としたノラが顔を近づけ、自然、三人は円になった。


「あの男、まだあんたを探してるよ」


「あの男……?」


「あいつよ、あんたの婚約者未満」


えっ、と声が漏れたのは不可抗力だ。

もう二年も前の、婚約を結ぶまでに至らなかった関係で、しかもナナは国の重罪人の娘。

探されているなどとは露にも思わなかった。


「なんで……?」


忘れたことなどない。

離れてしばらくは胸を焦がした想いも、時と共に消化できるようになった。

でも、慕う心とは別の、幸福な思い出は変わらず抱いている。

忘れることは、生涯ない。


「さあね。でも、あたしにも追手は付いてたから。ここにいることは突き止められると思うよ」


「なんで姐さんにも……?」


「挑発したから?」


からっと笑うノラだが、まったく意味がわからない。


「あんたに何かあったら殺してやるって言ったのよ、あたし」


「え、直接?」


「そう。あたしがあんたの手紙もらってたのも知ってる。何回も来たよ。どこにいる、どうしてる、どうやったら会えるって」


周囲をすべて監視しているようだったと、ノラはあっけらかんと言うが、ナナには疑問しか湧かない。


「……ちゃんと、告発はしたのよね?」


「したんじゃない。領主が代わって、男爵まで落ちたみたいだけど、あいつは出世したって聞いたよ」


「なら、いまさら何を……?」


父は裁かれ、告発の手柄はおそらく彼のものになり、彼と共にいた兄は連座の刑が軽減された。

これ以上はないほどの結果を出しているのに、いまさらナナを探してどうしようというのか。


────輝かしいあの子の人生に、わたしはいらないのよ。


戻りたい気持ちも、未練もない。

ルナリアはただのナナになり、成すべき義務も自分なりにこなした。


美しく眩しい過去を抱いて、醜く淀んだ過去も背負い、これからも生きて行くのだ。

きっと、人はみな、いや獣人たちも、そうやって生きて行くのだ。


「知らないけど、あんたに会いたいんだって。会いたくないなら無理しなくていいんじゃない」


「会いたくないとかじゃなくて……会わないべきなの」


「なら、懲りずに会いに来たらそう言ってやりなよ。あんたたちは言葉を惜しみすぎた。あいつはあんたを何も知らないし、あんたもそうなんじゃないの?」


「……」


「半端だから燻んのよ。続けたいなら、素直に会いなさい。終わりたいなら、なおさらちゃんと終わらせてやりなさいな。一方的に投げつけるんじゃなくて」


確かに、婚約者になる予定だった彼との関係は、状況が許さないと決めつけて、向き合ってはいない。

逃げずにここまで来たはずのナナが、唯一逃げたことだと言えるかもしれない。


愛しくて恋しくて慕わしくて、美しいまま留めておきたかった我儘。

会わずに話さずに、終わりになるつもりだった。

会えば、揺らいでしまう気がして。──決して許されないことなのに。


「……そうするわ」


もう、あの子もわたしも、幼子ではないのだ。




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