蛇族のジュカ
娼婦──ノラは、一年前からルナリアを追って旅して来たという。
ノラからルナリアに手紙を届ける術はなかった。
だというのに、手紙が送られた場所を地図上で辿り、目的地の予測を立て、馬で最短経路を駆けて来たらしい。
彼女とルナリアはひとしきり語り合って、泣いて、笑って、また泣きながら一緒に眠った。
翌朝、ルナリアがノラを部屋に残して外に出ると、火の番をしていた蜂蜜色が振り返って目元で笑む。
「水、飲む」
「ええ。いただきます」
倒した木にそのまま座っている彼に習おうとしたら、さくっとナイフで即席のひとり椅子を作られてしまった。
もう一つ作ってくれているのは、きっとノラの分だ。
「助けてくれてありがとう。ここ、あなたのおうち?」
きょとりと瞬いた彼は、何かを考えてから、首を傾げるように頷く。
「今は、ウチ」
「そうなの」
「あなた……あなた?」
また首を傾げる仕草に、思わず笑ってしまう。
大きな身体つきなのに、なんだかこの人はずっと可愛らしい。
「名前かしら」
「ソウ。私、ジュカ。友、ソウ呼ぶ」
「わたしは、ナナよ。今はそう呼ばれてる」
本当は『名無し』と呼称していたのだが、いつの間にかナナと呼ばれていた。
自分ではない人間になれた錯覚もあり、結構気に入っている。
「なな」
「ええ。ジュカは、わたしたちが住んでいる大陸に来たことがあるの?」
「アル。友、人族。会イに」
「仲がいいのね」
「ソウ。頭イイ、スゴクいい、あいつ、オカシイ」
「まあ、ふふ」
ルナリア──ナナのいた国では、獣人とは伝承の生き物と呼ばれていたが、親しく付き合う国もあったのか。
「言葉も、ご友人から?」
「チョット」
「まあ、そうなのね」
友人に会いに、数ヶ月の船旅をしたのか。なんだか微笑ましい気持ちになる。
「わたしね……呪師様に、願いを遂げていただいたの」
「あまリ、ナイこと」
「そうよね、本でもそう読んだわ。本当に有難いことだわ」
ほろ、とまた涙がこぼれて、あんなに泣いたのにとおかしくなる。
生きていていいと、言ってもらえた気がして。
今までのすべてが無駄ではないと、肯定された気がして。
ひどく幸福で、ひどく罪深く、ひどく安堵している。
無言で差し出された布で目元を拭き、水を飲む。さすがに水分を出しすぎだ。
「……あなた、帰ル?」
「わからないわ……」
なんだか、ずっしりと足が重い。
心地よい疲労が身体中を包んでいて、ここから離れがたい。
ぱちぱち爆ぜる音を聞きながら、ぼーっとする。
何もしない時間が贅沢だと、昔の自分が聞けば仰天するようなことを思う。
忙しなく、神経を張り巡らせ、思考を回し、駆け続けた人生だ。
「……少し、止まってもいいかしら」
許されたくない。許されるべきじゃない。許さないでほしい。
死ぬまで背負う覚悟はできている。
そのために、ほんの少しだけ。
「わたし……また、頑張るから」
どんなふうに頑張れるかは、まだわからないけれど。
今まで突っ走って来れたのだから、これからだってできるさずだ。
「……獣デモ、夜は寝ル。冬眠もスル。川辺で、寝たリ、遊ぶ」
「……」
「蛇族、『卑しまれて備え、恥に隠れて牙を研げ』と言う。ソウ、私も、思う」
言い伝えの部分だけやけに流暢なのは、友にも伝えたことがあるからなのかもしれない。
練習するほど何度も。
そうね。そうかもしれない。
備えるために、立ち止まることも、きっと必要なのだわ。
「……ジュカは、蛇族? なのね」
「ソウ」
一見、人間離れした巨体くらいしか特徴が見分けられないが、隠れた場所にあるのかもしれない。
隠しているのは、そう、来るべき時のために。
「ありがとう、ジュカ」
またこぼれた雫を、ジュカはただ静かに見ていた。




