再会
夢だ、とわかる夢を見た。
愛しくて恋しくて慕わしい、たった二年の幸福な日々の夢を。
橙の瞳が弾けるように笑って、幼い姿の元義弟が手を引いている。
ああ、あの光の方へ行きたいのね。あなたに似合いの場所だわ。
だけどね────
ひゅっと息を飲むのと同時に、急激に意識が浮上する。
慌てて身を起こして初めて、自分が寝ていたことに気づいた。
ばくばくと騒ぐ胸を抑え、慎重に周りを見渡す。
平民として働きながら暮らして来たルナリアは、それなりに危険な目にも遭ったことがある。
スリには何度も財布をすられたし、真夜中に宿の部屋に男が踏み入って来たし、連れ去られかけたこともある。
けれど、どこか暖かみのある木の小屋には、他人の気配はない。
片付いた、というより、驚くほど物の少ない部屋。
チェストと椅子の他には、今ルナリアが寝ているベッドだけ。
そのどれもが大きな造りであることから、ここがまだ獣人の大陸であることは察した。
ごん、ごん。
妙な間をあけたノックが響き、ルナリアはびくりと肩を揺らした。
「……誰?」
「私。目、さめタか?」
片言の、遠慮がちな低い声に、思わず息が漏れた。
返事を聞いてから、また妙な間をあけて、そろーっとゆっくり扉が開く。
大きな体躯をできる限り縮めているであろう体勢で、部屋に踏み入ることはせず、蜂蜜色が顔を覗かせた。
「あなた、気持チ、ドう?」
「……気分、ということかしら。大丈夫よ、落ち着いたわ」
「ソウ。水、あるヨ。オ腹、へった?」
「お水をいただきたいわ」
頷いたのに、彼は部屋に入って来ない。
あれ? と首を傾げると、彼もまた同じ方向に首を傾げた。
「ジョセイ、男、……むり?」
「ええと、あなたが怖いかと聞いている?」
「ウン。入る、怖イ、ダメ」
もしや、淑女の部屋に異性が踏み入ってはいけないとか、そういう話だろうか。
それなら、とベッドから降りようとすると、ぎょっとした蜂蜜色が慌てて部屋に入って来た。
「ダメ、あなた、落チル!」
「え?」
確かにベッドの足は高いが、ひょいとブロック一つ分下に飛び移るようなものだ。
下町で揉まれまくったルナリアには慣れたものだったが、あまりに焦った様子を見せるので、手を差し出した。
「じゃあ、支えてくださる?」
ピシッ。音が立つほど、見事に彼が硬直した。
ややあって、わずかに解凍された蜂蜜色は、ぎこちなく首を横に振った。
拳を握って拒否の意思を示す。
「むり。あなた、折レる」
「そんなわけないじゃない……」
「アル」
「ないわよ」
ふふっと笑みがこぼれた。
そういえば、こんなふうに気安く笑えるのはいつ振りか。
市井で覚えた砕けた言葉遣いも、なぜだか素に戻ってしまっている。
「お、オ客! 来テる!」
「客?」
「この馬鹿ー!!!」
突然水を持って突撃して来た人影に驚いて、思わずベッドを飛び降りて蜂蜜色を盾にする。
ぴしりと背中が硬直したが、今は構っている余裕はない。
「……姐さん?」
ぐしゃぐしゃに泣きながらルナリアに飛びついてきたのは、二年前領地で別れたきりの娼婦の彼女だった。
びっくりしすぎて、今もまだ夢の中だろうかとぼんやり考えた。
「この馬鹿、お馬鹿、ひとりでこんなとこまで来て、無茶して、わかってたけど、このお転婆娘が!!」
「えっと……姐さん、なんでここに?」
「あんたを追って来たに決まってんだろ!」
確かに、世話になった娼婦には何度も手紙を書いた。
わざと代筆屋に頼み、出す時期をひと月後にずらしてもらって、娼館宛に何度も。
だけど。
「何通目かで思い当たったんだよ。あんたが、ここに向かってんだって」
「なんで……」
「あんた、頑固だから」
泣きながら笑って、娼婦がまた強くルナリアを抱き締める。
「一つ確認。今までも、今この時も、あんたはあんたの意思でここまで来たんだね? 誰にも何にも誘導されたり強制されたりしたんじゃないんだね?」
「もちろんよ」
「呪師に願ったことも、あんた自身が決めたことだね?」
「そうよ」
想定していたより強い声が出た。
父の罪を暴くと決めたあの時から、ルナリアはなりふり構わず意思を貫いてきた。
それはもしかすると、我儘や傲慢といった側面もあるかもしれない。
「わたしが、決めたのよ」
「そう」
「姐さん、聞いて。呪師様は、わたしの望みを遂げてくれたの。わたし、やっと、やっと、ここから始めるんだわ」
「……わかったよ。あんたの望みなら、あたしは何も言わない。よく頑張ったね」
傷ついて荒れた手を、これまた汚れた娼婦の手が優しく撫でる。
こんな遠いところまで、こんなに身体中を砂だらけにしながら、この人はルナリアに会いに来たのだ。
「姐さん……会いたかった」
呪師がルナリアに見せたのは、もしかすると予言の類だったのかもしれない。
「馬鹿だね」
こつりと額を合わせて、掠れた声がまた『馬鹿だ』と嬉しそうに呟く。
ふたりはしばらく、そのまま涙を交わしていた。
しばらく読みづらい台詞が続きます…




