表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポンコツ魔王に人間とバレてはいけない  作者: 胃袋まんげつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/2

02 魔王と秘書の1日

 今日も、愛する幼馴染を騙す一日が始まる。


 ソラリア・シジルは、鏡の前で魔術を展開した。背中に小さな角と透明な翼が浮かび上がる。魔族の証。すべて、偽物だ。


 人間である自分を隠すための、嘘。


 鏡に映る自分を見つめる。亜麻色の髪。榛色の瞳。白い肌。どこをどう見ても、魔族には見えない。それでも、この角と翼があれば、誰も疑わない。何年こうしてきただろう。数えるのをやめて、もう随分経つ。


「……よし」

 小さく呟いて、ソラリアは部屋を出た。

 今日も、大好きなノクス様のそばへ。


 執務室に向かう途中、廊下でノクスとすれ違った。

「おはよう、ソラリア」

「……ノクス様」

 ソラリアは足を止めた。そして、目を疑った。


「マントが、裏返しです」

「え?」

 ノクスが慌てて背中を確認する。そこから見えるわけがない。くるくると回転する姿は、まるで自分の尻尾を追いかける子犬のようだ。

「……また侍従に怒られますよ」

 ソラリアはくすくすと笑いながら歩み寄った。

「いや、俺が勝手に着替えたから」

「勝手に、ですか」

「うん。早く執務室に行きたくて」

「……なぜ?」

「ソラリアに会いたくて」

 心臓が跳ねる。

「お前がいないと……、書類が片付かないからな!」

 朗らかに笑うノクスを見て、ソラリアは小さく溜息をついた。期待した自分が馬鹿だったと、脳内で苦笑した。


「では、直しますね。動かないでください」

 ソラリアはノクスの背中に回り、マントに手を伸ばした。裏返しになっていた生地を、正しい向きに整える。

 肩に指が触れた瞬間、ノクスの身体がびくりと震えた。


(……近い)

 ノクスの体温が伝わってくる。魔族の体温は人間より少し低いはずなのに、今の彼はとても温かかった。紅茶と、少しだけ甘い香り。幼い頃から慣れ親しんだこの匂いを嗅ぐだけで、胸がいっぱいになる。

 ノクスの穏やかな呼吸に合わせて、広い背中が上下する。それを見つめているだけで顔が赤くなるのが分かった。今、正面に回ったら絶対にバレる。


「……っ」

 ソラリアの脳内は大騒ぎだったが、ノクスがゴクリと唾を飲み込む音に、すぐさま冷静さを取り戻した。

「……これで、大丈夫です」

「あ、ああ。ありがとう」

 振り返ったノクスは、耳まで真っ赤に染めて照れくさそうに笑った。その顔を一瞬だけ堪能してから、ソラリアはいつもの秘書の顔に戻る。

「では、参りましょう。お仕事が待っています」



 執務室に着くと、案の定、机には書類の山があった。

「……昨日片付けたはずでは?」

「また増えた。一体どこから湧いてくるんだ、これ」

 ノクスが机に突っ伏す。ソラリアは呆れたように笑いながら、彼の隣に座った。


「国境警備、貴族からの嘆願、予算案、人事異動……すべてノクス様が決裁しなければならないものです」

「俺、書類仕事向いてないかも」

「魔王ですから」 


 ソラリアは呆れたように笑った。

「先代魔王様は、こういう書類仕事も完璧にこなされていたんですよ」

「父さんは化け物だから」

「ノクス様も魔王です」

「俺は父さんみたいになれない」


 ソラリアは、ノクスの隣に座った。

「なれなくていいんです」

「え?」

 ソラリアが静かに告げると、ノクスが顔を上げた。


「先代魔王様は強く、民を守ってくださいました。今の平和は、あの方の功績でもあります」

「……」

「でも、ノクス様は違う。民の声に耳を傾け、涙を流してくださる。先代魔王様が築いた平和を、優しさで守っておられる」  


 ソラリアが微笑む。

「昨日の貴族会議でも、農村の水不足問題を即座に解決されました。あの村長は、涙を流して感謝していましたよ」

「見てたのか」

「はい」


 ノクスが、ソラリアを見つめた。

「……お前、そういうこと言うの上手いよな」

「本心です」

「俺、お前に褒められると、なんか頑張れる気がする」

「では、たくさん褒めますね」

「恥ずかしいからやめろ」


 ノクスが真っ赤になって顔を背ける。その子供っぽさに、ソラリアの胸の奥がチリりと焼けるような感覚に襲われた。愛おしくて、けれど決して手が届かない場所。


「まあ、頑張りましょう。午前中は貴族会議ですから、それまでに目を通しておいてください」

「無理」

「無理じゃありません」

「絶対無理」

「ノクス様」


 書類に顔を埋めるノクスに、ソラリアは微笑みながら、彼の好きな少し甘めのハーブティーを淹れた。

 

 


 午前中の貴族会議。

 大会議室には、魔界の有力貴族たちが集まっていた。長い楕円形のテーブルを囲んで、十数名の貴族が着席している。

 ノクスは玉座に座り、その隣にソラリアが控えている。


 玉座に座るノクスは、執務室での姿とは別人のように凛としていた。


 議題は国境警備の強化について。人間界との境界で、不法侵入が相次いでいた。

「では、まず現状報告から。マクシム卿、よろしいか」

 老貴族が立ち上がる。白髪で背の高い、威厳のある男だ。

 マクシム卿が報告を始める。国境での人間の侵入事例、警備兵の配置状況、今後の対策案。

 ノクスは真剣な表情で聞いていた。時々頷いたり、鋭い質問を投げかけたりしている。

「警備兵の増員が必要だと思うが、予算は?」

「現在の予算内で対応可能です」

「配置場所は?」

「東側の森林地帯に重点的に」

「人間が侵入する理由は把握しているか?」

「おそらく、魔界の資源を狙っていると」

「……ならば、資源の管理も強化する必要がある」

 ノクスの指摘に、貴族たちが頷く。


 ソラリアは、その様子を見ていた。こういう時、ノクス様は本当に魔王らしい。的確な判断、鋭い洞察。書類仕事は苦手だけど、こういう政治的判断は割と得意そうだ。


 会議は滞りなく進み、一時間後に終了した。貴族たちが退室していく中、ソラリアはノクスに近づいた。


「お疲れ様です」

「……疲れた」

「でも、素晴らしい判断でしたよ」

「そうか?」

「はい。資源管理の強化、誰も気づいていませんでした」


 ノクスが少しだけ嬉しそうに笑った。

「そうだろう、もっと褒めていいぞ!」

 調子に乗るノクスに笑い出したい気持ちを堪えて、ソラリアは現実を告げる。

「喜んでいるところ申し訳ございませんが、数分休憩後にまた会議です」

「うわー! 最近会議詰め込みすぎじゃないか!? 休む暇もない……」

 

 ノクスは執務室のソファに転がり、束の間の休憩という事実に頭を抱える。

「なあ、ソラリア」

「はい?」

「俺、お前がいないと何もできないなあ」

「そんなことはないですよ」

「だから、ずっとそばにいてくれ」

 ソラリアの胸が締め付けられる。

「……っ、はい。ずっと、ノクス様のそばにいます」

 ノクスが安心したように微笑んだ。


 午後は、国境警備の報告書を確認した。

 執務室に戻り、ノクスは再び書類の山と向き合っている。ソラリアはその隣で、報告書を読み上げた。

「先週に引き続き、人間の侵入が三件確認されています。いずれも国境の東側、森林地帯からの侵入です」

「また人間が侵入してきたのか」

 ノクスが眉をひそめた。

「はい。警備兵が発見し、追い返しましたが」

「……あいつら、本当に懲りないな」

 ノクスの声から温度が消えた。ペンを握る彼の手に、力がこもる。

「人間は、信用できない」


 ぽつりと呟いた。

「父さんも言ってた。人間は嘘つきで、平気で裏切る生き物だって。だから俺、人間が一番嫌いだ」


 ソラリアの指先が、持っていた報告書の端をぐしゃりと握りつぶした。

 指から血の気が引き、心臓が冷たくなる。自分を否定されたような、鋭いナイフで胸を抉られたような痛み。

(私も、その「人間」なのに)

 彼が最も忌み嫌う「嘘」そのもので、彼の隣にいる。

 ソラリアは、訓練された人形のように、完璧な微笑みを顔に貼り付けた。

「……そうですね。では、二度と彼らが入れないよう、さらに警備を固めましょう」

「ああ、頼む」

 ノクスが書類にサインをする。羽根ペンを走らせ、魔王の印を押す。


「ソラリア?」

「はい?」

「また顔色悪いぞ」

 ノクスが心配そうに見ていた。

「大丈夫か? 無理してないか?」

「大丈夫です」

「本当に?」

「はい」

 ノクスは納得していない顔だったが、それ以上は追及しなかった。

「……頼りないかもしれないが、何かあったらいつでも言えよ」

「ありがとうございます」

 優しい人だ、とソラリアは思った。



 その後、ソラリアは書類整理を続けていた。

 ノクスは執務机で、予算案に目を通している。時々溜息をつきながら、数字とにらめっこしている。

 窓の外は、すっかり暗くなっていた。魔界の夜は、人間界より早く訪れる。紫色の空が、深い藍色に変わっていく。

「ソラリア」

「はい?」

「今日も、ありがとうな」

 ノクスが、書類から顔を上げた。

「いえ」

「食事にするか?」

「……ノクス様」

「何?」

「私も、ノクス様がいないと無理です」

 思わず口にしていた。

 ノクスが目を丸くする。

「え?な、何だ、突然」

「あっ、その、秘書として、です。先ほど言われたことをずっと考えていて。ノクス様がいないと、私は秘書として存在できませんから」

 慌てて言い繕う。

 ノクスが少しだけ残念そうな顔をした。

「……あ、ああ、そうか」

「はい」

 気まずい沈黙。

 「き、今日の食堂の日替わりは味噌ラーメンらしいですよ!ノクス様お好きでしょう」

「あ、ああ!」




 ノクスと夕食を共にし、夜、自室に戻ったソラリアは、鏡の前に立った。

 魔術を解く。

 あの偽物の角と翼が、煙のように消えた。

 鏡に映るのは、ただの人間。亜麻色の髪、榛色の瞳、白い肌。魔族の特徴は何もない。

「……私は、人間だ」

 呟く。もし正体がバレたら、あの優しい瞳は、一瞬で軽蔑に変わるのだろうか。

「明日も、頑張ろう」

 ベッドに倒れ込み、ソラリアは目を閉じた。

 今日も、愛する幼馴染を騙した。

 でも、彼の笑顔を守れた。

 今はそれだけで、幸せだと思うことにした。


お読みくださり、ありがとうございます。

ブクマ、感想、評価などいただけると嬉しいです!


だいぶ空いてしまいましたが、またコンスタントに更新していきたいです!

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ