1 圧倒的高校デビュー
環境の変化のタイミングこそ自分を変える良い機会であり、まさしく高校生活に突入する今日この日こそが、俺にとって人生を好転させる絶好のチャンスと言えるだろう。
「チャンス……の筈なんだけどなぁ」
そんな認識が有ったとしても、環境のように自分を変える事なんてそう簡単にできる訳がなくて、結局のところ等身大の 楠明人 という自分がシームレスにトレースされていく。
今日この日までこんな事を考えている時点で、色恋沙汰に縁のない灰色の高校生活への道が舗装されていると言っても良い。
……俺の親友と違って。
「このままじゃ高校でも全部渚に持ってかれるぞ。いやアイツなら良いんだけどさぁ……でもなぁ……」
秋瀬渚 という小学生の頃からの親友は、羨ましい事に滅茶苦茶モテる。
中性的で整った顔付きで男子にしてはやや長めの髪といったビジュアルが女子に受けているのか、それとも普段の立ち振る舞いが俺達とは決定的に違うのか、そのどちらもなのか。
とにかく渚という光の存在は俺達その他多勢の男子を灰色の青春へと誘う強キャラだった訳だ。
全部アイツに光が当たる。
親友じゃ無きゃ恨むね。
そしてそんな渚と進学先の高校が同じな訳だ。
これから三年間今まで通り馬鹿みたいにつるめる相手が居るのはありがたいが、それはそれとして困ったものである。勝てる気がしない。
……いやまあ勝てるように頑張る所存ではあるが。
「ああ、そうだ。勝つぞ俺は」
高校デビューなんて言葉が当て嵌められるような変化は、自分の身には起きていない。
そして親友兼ライバルは何もせずとも、変わらないアイツのままでも最強キャラだ。
勝てる根拠など何も無い。
……それでも新生活に向けた意気込位は、ちゃんと強い物を抱いて行きたい。
俺は勝つ俺は勝つ俺は勝つ。
絶対に可愛い彼女を作る。
と、そんな時スマホからラインの通知音が鳴る。
渚からのメッセージだ。
『あと一分程で着く』
いつも通りのメッセージだ。
中学の頃から大体いつも渚と、その弟の楓と一緒に登校していた。
当然楓はまだ中学生だからこれからも一緒にとはならないが、向かう先が一緒な渚がこうして迎えに来てくれるのは自然な流れと言える。
『了解。外出るわ』
そんな返事を返して俺は自室を出た。
……朝から色々とネガティブな事を考えはしたがとにかく新生活の始まりである。
進学先の高校は中学の同級生も少なく、渚が居る事以外は色々な事が変わるだろう。
色恋沙汰には不安が残るが、これから先の変化を楽しみに一歩踏み出していこう。
そう思って玄関を出た所で、こちら側に向かってくる人影が見えた。
「……ぇ?」
その姿を見て、思わず間の抜けた声が搾り出てきた。
出るだろうそれは。
出さない方が無理がある。
「おはよう、明人。良い朝だね」
歩み寄りながらそう声を掛けてくる人物を、俺は確かに渚だと認識した。
だけどそれと同時に……その人物の事を可愛い女の子だと認識したのだ。
中性的で整った顔付きでショートボブな……スカートを履いた渚を。
思わず視線を向けてしまうような胸元をした渚を。
確かに女の子だと、脳が認識しているのだ。
そして思わず硬直してしまっている俺に渚は言う。
「間の抜けた顔で固まってるね……でも一体どうした? なんて白々しい事は言わないよ。そういう反応をされる事は俺だって分かってるからさ。ちゃんと、歩きながら説明するから」
「……」
「まあ無言なのも致し方なし。それだけ我ながらこの状況は頭おかしいって思う。でもこれは答えてくれると嬉しいかな。此処から先に色々と説明するのにも支障出るし……その辺の方向性位は早めに決めときたい」
そう言って渚は……きっと渚な女の子は問いかけてくる。
「慣れはしたけど俺って一人称がやっぱりしっくりこなくてさ。此処からは私でいいかな。勿論明人がそっちの方が良いなら俺で通すけど」
「…………マジで頭着いてかねえけど、やりやすい方でいいんじゃね?」
何が何だか分からないが、それは本当に本人がやりやすいようにすればいいと思う。
何がどうあれ、それだけは間違いない。
「じゃあお言葉に甘えて。これで私は私だ。いやぁ、いいね。自分を出せる解放感」
そう言って、一歩前に踏み出し渚は言う。
「さ、このまま立ち話もなんだし、行こうか。質疑応答は答えられる範囲で答えるよ」
「お、おう…………分かった」
困惑しながらも、俺はそう頷いて一歩踏み出す。
……環境の変化と共にあまりにも大きく変貌を遂げた親友と共に。
良く分からない方向性の、圧倒的高校デビューを成し遂げた親友と共に。




