7.カスターとカサンドラの末路
卒業パーティー会場を後にしてウェントワース侯爵家へ向かう馬車の中、アシュリーは困り果てていた。
「あ、あのテオフィルス殿下」
「テオ」
「えっ?」
「テオと呼んでと言ったでしょう?」
「で、では……テオ殿下」
「テーオ」
愛称で呼んだが、それでも納得しないテオフィルスにアシュリーは目線をキョトキョトと動かす。
「え、えーっと……テ、テオ様?」
「“様”もいらないけど、まぁ今はそれでいいよ。なぁに、僕の愛しのアシュリー」
「!!」
『僕の愛しのアシュリー』と言われ、頬を赤くしたアシュリーは言葉を詰まらせた。けれど、この状況をどうにかしないと!と何とか口に出す。
この状況とは―――
「あ、あの、そろそろ降ろしていただけると嬉しいのですが」
「んー? ダメ」
テオフィルスの膝の上で横抱きにされている事だった。
さすがに恥ずかしいとアシュリーは羞恥に顔を染めるが、テオフィルスは離す気など更々ない。
「な、何故ですか」
「もう離さないって決めたから」
そういうのは比喩的に使うのであって、物理的に離さないという意味ではないのではとアシュリーは思いつつ、頑として譲らないテオフィルスに細やかに抗議する。
「あの、でもこの体勢は些か」
「アシュリーは気づいていないだろうけど、下手したら死んでいたかもしれないんだよ」
「えっ」
「やろうと思えば、あの令嬢はアシュリーを殺すことだって出来た。例えば、自殺に見せかけて首を括るとか、バルコニーや階段から落ちるとか、最悪は刃物で自分を刺すとか。君の身体を操れたというのは、そういう事だよ」
「あっ」
言われてアシュリーは事の重大さを理解した。
そして“死”を想像して、身体を震わせる。
「ごめん、怖がらせたかったわけでないんだ。ただ、僕がどれだけ心配したか知って欲しくて」
「……はい」
語気が弱くなるテオフィルスに、アシュリーは小さく頷く。
「君を失うのではないかと、怖かった。とても、とてもね。だから、今は君の無事を実感させて」
テオフィルスはアシュリーを抱きしめる力をギュッと強くする。
そう言われてしまってはアシュリーも「離してください」とは口に出来ず、大人しくテオフィルスに抱かれている事にした。
ただ、恥ずかしいのは変わらないので、紛らわす為にアシュリーは口を開く。
「でもカサンドラ様が、あそこまでするとは思いませんでした」
「あの令嬢は野心家だと言ったでしょう? 今回の事が上手くいって王太子妃なり、そして王妃になった暁には国を牛耳ろうと思っていたんだろうね。あの王子は少し頭が緩いようだから、その気になれば禁術を使うまでもなく簡単に操れただろうし」
「そんな、まさか」
「そのまさかだよ。まぁ、あの令嬢が一人で今回の件を企てたとは思わないけど。禁術をどうやって習得したのかとか調査すれば、協力者も判明するでしょう」
アシュリーは驚いたが、テオフィルスは当たり前というように言い切る。
「あの二人は、どうなるのでしょうか?」
「アシュリーを害した令嬢と愚かな王子のこと?」
「は、はい」
テオフィルスの『愚かな王子』という言い方に、アシュリーは少し躊躇った。
自国の王子を『愚か』と言われて肯定してもいいのかと。
「令嬢の方は禁忌を犯した罪人だから極刑だね」
「き、極刑! そ、そこまでしなくても」
「優しいアシュリーのことだから『命までは奪わないであげて欲しい』なんて思っているんでしょう?」
「は、はい。その通りです」
まさにその通りだとアシュリーは頭を縦に振る。
「でも、それは無理だよ。大罪は厳重に処罰しなければ周りに示しがつかないからね。まぁ、本来なら即刻処刑になるところだけど、今回はちょ~っとキツイ実験施設行きかな」
「実験施設ですか?」
「そう、禁術を犯した術者だからね。色々調べて有益な情報を得たいんだよ」
「そうなのですね」
テオフィルスの話を聞いて、命まで奪われるような事はないのだとアシュリーは胸を撫で下ろした。
しかしテオフィルスの言う実験施設は、アシュリーが想像する生易しい施設ではなかった。そこは囚人や罪人が収容され、時には非人道的な実験も行われる。
実験対象に人権は存在しないと言われており、いっそ死刑の方がマシと噂される場所であったが、極秘施設なのでアシュリーは知る由もない。
「それでは、カスター様は」
「あぁ、あの王子は罪を犯してはないとはいえ、禁術の使用に気づくことなく罪人と婚約してしまったからね。廃嫡、そう王位継承権は剥奪されて、すこ~し不便な生活を送る事になるんじゃないかな」
「そうですか」
カスターの刑は軽いと聞いて、やはりアシュリーはホッとした。
(でもカスター様にとって廃嫡されてしまうことは、お辛いことでしょうけど)
問題なのはテオフィルスの言う『すこ~し不便な生活』の方だとアシュリーは思いもしない。
テオフィルスはアシュリーを蔑ろにしたカスターを許す気は当然なかったので、北の地にある過酷と言われる環境下で一生幽閉する手筈を整えようと考えていたが、これもまたアシュリーが知る由もないことだった。