5.人を呪えば穴二つ
テオが指を振ると、アシュリーの頭上で魔法陣に封じ込められていた黒い塊が解き放たれた。そして塊は迷うことなく、真っすぐカサンドラへと向かい―――
「ぎゃ~!!!!」
その場でカサンドラは、のた打ち回った。
「なっ、貴様! 何をする!」
「『何を』って、術者に呪いを返しただけだが」
「嘘を吐け! お前がカサンドラに仕向けたんだろう! 何故、こんな事を!」
「ハァ。王太子ともあろう者が、ここまで愚かだとは」
テオは盛大に溜息を吐きつつ、呆れたように首を振った。
「何だと!!」
「いいか、さっき言っただろう。これは呪いだと。術者が解除せずに呪いが解呪された場合、それは術者に返るんだ。『人を呪わば穴二つ』と言われるのは、そういう事だ。王太子であれば知っていて当然の事だろう」
そう、王太子教育を真っ当に受けていれば無論知っていることであったが、残念ながらカスターは勤勉なタイプではなかった。
それを補うため、代々優秀だとされるウェントワース侯爵家から婚約者が選ばれるぐらいに。
アシュリーとの婚約理由はカスターを補助するためであったが、そんなこと露程も知らないカスターは国王に許可もなく、婚約破棄を言い渡していた。
「なっ、そんな……カサンドラ、違うよな。呪いだなんて、そんな事してないよな?」
確かめようと声を掛けるが、当のカサンドラは俯きながら全身を襲う痛みに呻き声を上げるだけだった。
「それだけ苦しんでいるということは、それ相応の呪いを掛けたということだ。アシュリーの痛みが少しでも分かったか、愚か者め」
テオは忌々しいとカサンドラを睨むが、カスターはまだ信じられないようであった。
「カサンドラを悪く言うな! 大体、カサンドラが何のためにそんな事を」
「そんな事も分からないのか? お前を手に入れるためだろう」
「俺を?」
自分が原因と言われて、カスターは呆気に取られた声を上げる。
「そうだ。お前を手に入れるためにはアシュリーが邪魔だから、排除しようと禁術に手を出しだんだ。アシュリーに酷く虐められた可哀想な令嬢と同情を引くためにも、乗っ取りがちょうど良かったんだろう」
「そ、んな……」
「その令嬢は大した野心家だな。元から、より身分の高い令息に目を付けていたみたいだが王太子に近づけると分かった途端、全力で狙いに走ったようだ」
テオが「でも、まぁ結果的には僕にとって都合の良い形になったが。いや、それでもアシュリーを苦しめたことは許せないな」と呟くのを余所に、カサンドラに裏切られたと知ったカスターは肩を落とした。
「そんな、カサンドラは俺を愛してくれて、立派だと褒めてくれて」
「全く愚かな王子様だな。そうやって権力に擦り寄ってくる輩は多いから、見極める目が大事だというのに。まんまと策に嵌るとは」
“王子様”と皮肉を込めたテオの馬鹿にした物言いに、カッと頭に血が上ったカスターは声を荒げる。
「貴様、さっきから王太子である俺に向かって何だ、その態度と口調は!」
「それは、こちらの台詞だが?」
二人が睨み合った時「殿下!」と大きな声と共に、何人かの騎士が会場に駆け込んできた。
「は、早すぎます。追いつけません」
「仕方ないだろう。一刻も早くアシュリーを救いたかったんだ。それより」
息を切らしながら走り寄ってきた騎士に、テオは顎で促す。
「そこにいる令嬢が禁術を犯した罪人だ」
「あ、あれが。直ちに捕縛いたします!」
言われて騎士達がカサンドラを取り押さえようと近づく。その頃にはカサンドラも少し落ち着き、話せる状態になっていた。
「やめて、離して! カスター様、助けて!」
助けを求めて顔を上げたカサンドラを見て、カスターは悲鳴を上げる。
「ひぃ、化け物」
呻いている時は俯いていたから見えなかったカサンドラの顔が、取り押さえられたことで晒された。
その顔の半分は焼け爛れたように皮膚が引き攣り、よく見ると腕や足もドス黒く変色している。その姿に生徒達は顔を青くして後退った。
「な、何を言っているの? カスター様」
カスターと周りの様子に異変を感じたカサンドラは、ふと視界に入った自分の手が変色していることに気づきワナワナと震える。
そして痛みの残る顔を恐る恐る撫でた。拘束しようとしていた騎士達も同情からか、それを止めようとはしない。
「な、何これ。わ、私の顔はどうなっているの?」
触っただけでは凹凸しか分からないようで、より不安気な声を上げる。
「誰か、鏡を見せてやれ」
テオの言葉に応える令嬢はいなかったが、代わりに騎士の一人が剣を抜く。
顔面近くに刃を翳されカサンドラは小さく悲鳴を上げたが、綺麗に手入れされた剣身に自身の顔が映し出されているのに気づくと、目を見開いた。
それから、確かめるように頬を擦ると叫んだ。
「な、何よ、これ! 嘘でしょう……嫌、嫌! 私の顔が、綺麗な顔が……嫌ー!!!!」
カサンドラの悲鳴が会場中に響き渡る。絶望に打ちひしがれるカサンドラに声を掛ける者は誰もおらず、騎士達も落ち着くのを待つだけだった。