第二章 海賊強襲 ~名探偵の出番ッス!~
その時、遠くから蒸気駆動車のエンジン音とクラクションが響いてきた。
「おいあれ、突っ込んでくるぞ!」
「みんな逃げろ!」
ルーフが無いタイプの蒸気駆動車は砂を巻き上げてレジャー客がいる砂浜を駆け抜ける。そしてその車を、別の蒸気駆動車が追うのだが。
「そこの車、停まりなさい!」
「速やかに停車しなさい、罪を重ねるだけですよ!」
魔導メガホンによる拡声魔法で呼びかけるが、逃げる車は止まらない。
そしてその車は、空とアレットに向かって走ってきた。
「前にもあった展開っすねえ!」
「ええ。アレット!」
「空、逃げるッス!」
「犯人逮捕に協力しましょう!」
「やっぱ!?」
空はあえて車に向かって走り、流木に飛び乗ることで跳躍力を増して空中旋回、車の後部座席に飛び乗って運転手の両脇を抱え、バックドロップよろしく持ち上げて車両後方の砂地に叩き落す。
「ぐべっ!」
「大人しくしないからです」
そして運転手を失った車は徐々に減速し、海に突っ込んだところで完全に停止した。
運転手は、トランクスに半そでシャツの普通の男であった。
アンカーボルト海岸第三救命テント。
「だから俺はやってねえんだって! 何かの間違いだ、身に覚えのない金庫泥棒にさせられたんだ!」
金を盗まれたと訴えるホットドッグ屋台の店主、アンカーボルト保安署署員、ライフセイバー、空とアレットの前で、アレックスと名乗った男は訴えた。
「やいやい、言い逃れしてんじゃねえ! 今白状するなら拳骨一発で許してやらあ。金のありか、さっさと吐きやがれ!」
「だから知らねえんだって! お嬢ちゃんたちも助けてくれ、この分からず屋たち何か言ってくれよ!」
アレックスは後ろ手に縛り上げられて連行されようとしている。空はアレットを見やり、アレットはひとつ頷いた。
「待つッス、保安官。その人、犯人じゃないかもしれないッス」
「えっ? どういうことだい?」
「保安庁諮問探偵アレット・ドイルが命じるッス。真犯人を特定するまで、アレックスさんの逮捕は待っていただきたい」
アレットはそう言って左腕に巻いた腕輪の紋章を掲げる。その紋章は王国議会保安庁の物であることを示していた。
「はっ! 失礼いたしました、ドイル卿!」
それまでただの通りがかりの協力者だと思っていた少女がまさかの探偵だったとは。保安官はその場で敬礼する。すると、保安官のひとりがアレットに尋ねた。
「ドイル卿、お聞かせいただきたい。この物が犯人ではないかもしれないとおっしゃった、その理由を」
「簡単ッス。本当に犯人なら、容疑を否認する態度でも、下手な言い訳を重ねて罪を逃れようとするッス。その際、だいたい目はあちこち泳いで言い訳を探しているッスね。犯人じゃない者が真っすぐ自分らを見て身の潔白を訴え助力を求めるなんてことはしないものッス。あくまでこれは心理的な働きを分析したものッスが」
そこに、ホットドッグ屋の店長がアレットに食って掛かる。
「否定否認することなら誰でもできらあ! だったら見せて見ろ、こいつが犯人じゃねえって証拠をよお!」
「犯人である証拠を探すことはできても、犯人ではないことの立証は複数人からの聞き取りによるアリバイの証明が必要ッス。そしてアレックスさんが本当に犯人じゃないのなら、どのみち盗まれた金のありかを聞き出すことは不可能ッスし、真犯人はその間に行方をくらまして事件は迷宮入りッス。急ぐは真犯人捜し。事件の内容を最初から説明してもらいましょうか!」
冷静に事件解決に向けてすべきことを整理してゆくアレット。そんな彼女に、感心したように空が言う。
「おーっ、探偵っぽいです」
「探偵ッスよ!」
事件のあらましは次の通り。
ホットドッグ屋『ワイルドビリー』は、海沿いにずらりと並んでいる屋台群のうちのひとつ。店の名の由来である店長ビリーは、ホットドッグ完売による店じまいのために持ち運びが可能な金庫を『機械仕掛けの自転車モートルラート(砂上走行用タイヤ換装済み)』の後部コンテナに積み込んだのだが、そこにアレックスが道を尋ねてきた。どうやらこの町に来たばかりで、冒険者ギルドを探していたようだ。
ビリーは親切を働き冒険者ギルドまでの道を口頭で説明し、アレックスはその通りに歩いてゆこうとした。そしてビリーもバイクに乗って走りだそうとした時に違和感を覚えた。モートルラートが軽い。特にいつもなら重い後方が。まさかと思ってコンテナを開けば、金庫がそのままなくなっていたのである。
ビリーはモートルラートをそのままに道案内したばかりのアレックスを問い詰める。何も知らないアレックスはビリーの形相に恐怖し、すぐ近くにあった蒸気駆動車を盗んで逃亡。その様子を見ていたライフセイバーがすぐ近くの保安署に駆け込み、保安官が二台の車で追いかけ、カーチェイスの果てに空にバックドロップを決められたのである。
そこまでの説明を聞き、ため息をついたアレットは一同に言った。
「どうしてアレックスさんが犯人じゃないと、少なくとも単独犯ではないと分からないッスか?」
「は? だがこいつが現れた直後に金庫がなくなったんだぞ! こいつ以外に誰がいる!?」
「共犯が考えられるとしたらッスが、アレックスさんは道を尋ねるふりをして共犯がビリーさんのスキをついて金庫を盗んだと言うことッス。でも自分なら、その策をもっと確実にするためにモートルラートとビリーさんの距離を遠ざけ、すぐ近くにある冒険者ギルドよりももっと分かりづらく案内が複雑な場所を尋ね、注意を絞るために地図を持ち出し、道案内に時間を割かせるッス。つまり、これはアレックスさんが道を尋ねた際に生じたビリーさんの不注意を偶然目にした誰かが突発的に犯行に及んだと考えるべきかと」
「なるほど……。じゃあ誰なんだ、犯人は!?」
「最悪、もうお金を持ち逃げしている可能性もなくもないッス。ビリーさん。金庫の中にはいくらあったか覚えてるッスか」
「そうだな。十一万五千ガルは少なくともあるな」
「それに近い額をこの近くの銀行に入金しようとしたやつがいれば、そいつを容疑者としてとらえるべきかと。保安官!」
アレットの指示で、保安官のふたりは二台の車で近くの銀行へと急いだ。