第十章 それぞれの一週間 ~わたしなりの仁義を胸に、これからも旅を続けていきます。~
事件終息後の夜。
バー、Ash。
空たち四人とドン・キュベレイ及びお付きのメイドが二人、合わせて七人でテーブル席にて酒を飲み交わす。
「改めて、探偵アレット・ドイル。世話になったのぉ。お前の報告が無かったら、今頃もっとえらい騒ぎになっとったやろなあ。調理場のタイルとトンネルを埋める土砂代だけで済んでよかったで、ホンマ」
「いえいえなんの。それに、元をたどれば自分に用水路汚染事件の調査依頼をしてくれた西区の皆さんさんのおかげッスから」
「そうか。やはりわしらは地元のカタギの衆の世話ンなって生かされとるんやな。感謝してもしきれへん。……そうや。なぜあの情報屋どもがトンネル掘っとると気付いた時点で奴らを制圧せんかった? その方が手っ取り早いやろ」
「何の根拠もなく乗り込んでいけば『イチャモンつけてきた』と反論され、名誉棄損でこちらが訴えられるッス。こういうのは現行犯で逮捕し、アジトが手薄あるいは無人になったところで『カチコミ』かけるのが一番ってことッスよ」
「納得や。毎晩寝ないで家中を張り込んどった甲斐があったってもんや」
「あははは。あいつらにトンネルを完成させてもらわなかったら自分らの首が取んでたところだったッス」
「いや」
ドン・キュベレイはマティーニを一口味わって答えた。
「情報屋は正確な情報がすべて。商売人としては信用しとった。せやけど人としては信用できんかった。あいつら、『金は見とっても人は見てへん』って目ぇしとったからな。薄汚い欲にまみれた、そんな感じの目ぇやった。せやから真っ直ぐな目ぇでお前らに奴らがわしを狙っとると聞いても驚きもせん、むしろ『あ~あ、うちに来よったか』って納得すらした。それに保安庁諮問探偵のにらみや、捜査協力を拒否する理由があらへんやろ」
「そッスか。改めて協力を感謝するッス」
そこに、カクテル『バートンスペシャル』を口にした空がドン・キュベレイに言った。
「あなたは、この町の守り手でいらっしゃいますか?」
「ほう? どうしてそう思う?」
「あなたは財と力があり、町民からも慕われていらっしゃいます。抗争だとか情報屋との取引とかよくないことも聞きますが、悪事があなたの本質ではないことは明白です。わたしは思うのです。『あなたは悪人の仮面をかぶった正義の味方である』と」
「は!? ……くくくくくく。だぁーっはっはっはっは! これは愉快や! まさかこのわしが正義の味方とか、生れて初めて言われたかもしれへんぞ。くくくくくく……!」
突然笑い出したドン・キュベレイに、店内の誰もが驚いて戦慄した。
だが、当人の空は平然としている。
そんな空に、ドン・キュベレイは答えた。
「アホ抜かせ。正義の味方っ言うんはなぁ、まさにお嬢ちゃんらのことを言うんや。わしらなんぞ、そろいもそろって『こないな生き方しかできひん落伍者』や。そんなやくざもんが人間として最低限の仁義を守っとる、ただそれだけや」
「そうですか。それは大変失礼なことを口にしてしまいまい、申し訳ございません。では失礼ついでに生意気に意見しますが」
まさに生意気な態度とも人を諭すかのような聖母のようにも純朴な少女のようにも見える静かな笑顔で、空はドン・キュベレイに言った。
「あなたの仁義に助けられた人は大勢いるはずです。こんな生き方しかできないなどと卑下なさらず、あなたのお隣に立つ町民の皆さまを、これからも大切になさってください。わたしもわたしなりの仁義を胸に、これからも旅を続けていきます」
「ほぉ。嬢ちゃんなりの仁義か。せやけど人の数だけそれはある。時に衝突するかも知れへん。わしもしょっちゅう誰かと衝突しとるが、悪党にも悪党なりの矜持ってもんがある。だがと言うべきかだからこそと言うべきか、譲れんもんは譲ったらあかん。ええな」
「はい、心にとどめておきます。あなたとこうして言葉を交わせたことは、わたしの大切な宝となるでしょう」
軍人や探偵として、反社会勢力とかかわりを持つことは許されない。
しかし『仁義を胸に宿す者同士』として、杯を交わすことくらいはよいだろう。
ましてやここは大人の隠れ家。時が穏やかに流れる憩いの席。
酒を一杯飲み交わせば、そこに敵も味方もない。
そんな彼らを、バーテンダーは静かに見守る。
翌朝。
旅荷物をまとめて車に積み、第八代レッドフォート伯爵ゼール・レッドフォートにあいさつに赴く。領主邸の錬金術工房跡地は、ススや灰を落として復旧中のようだ。
「そうですか。これから王都へ。寂しくなりますが、またいらしてくださいませ」
「はい。伯爵もお達者で」
「空さんたちも、道中ご無事で」
その後は冒険者ギルド、デントンの創作料理、バーAsh、雑貨屋シンハなど四人が訪れたところにも挨拶して回った。ドン・キュベレイに直接挨拶することはできないため、彼の屋敷を素通りする形で別れを告げた。
「空。おいしい料理もうちょっと食べたかったッスか?」
「それはもちろんです。ですが、旅立つと決めたら二度と振り返らない。そうしなければいつまでも名残惜しんでばかりで、新しいグルメと美景に出会えませんから。それに、わたしの過去だって」
北門から砦を出て目指すは東。ルートは砂漠の北を大きく迂回する形となる。
アレットは旅のプランを確認する。
「さてデッドデザートの北方を迂回して目指すは王都、今度こそ最後のジグラスッスね。そこに参拝してひまりの主人のご遺骨を奉納し、ひまりの旅の目的はここでひと段落ッスが」
「然様にござるな。それまでは空の過去を探すよりも拙者のジグラス巡りに皆に付き合ってもらう形となったでござる。そこから先は、今度こそ空の過去を探す旅へと進路を戻そう」
「ありがとうございます。それでは、次の目的地へ」
「はいなのです!」
寄り道も旅の醍醐味。
楽しい旅は、続く。




