第一章 武人と探偵 ~決闘です! 仁義礼智と信の字を胸に!~
メインストリート。
屋台も出ておらず障害物のない広い場所で、空とゴールドメイルは向かい合う。
決闘には必ず立会人を立て、審判を兼ねてもらう。その人物はできれば社会的信用がある者が望ましく、保安庁諮問探偵の肩書を持つアレットが担った。
「ルールは刃を封じての攻撃。首から上への攻撃は厳禁。決着は、明確な一本を取る、相手を気絶させる、降参させる、その他には審判であるこのアレット・ドイルが戦闘続行不可能と判断した場合につけるものとする。勝っても負けても文句なしの一本勝負。今ここで異議を唱えぬならば、拳ないし武器を構えることで了承となせ!」
そして空とゴールドメイルは武器を構える。
「逃げるなら今のうちだぞ、小娘」
「別に逃げても構いません。わたしだってお金にならない戦いはしたくありませんから。しかしここで逃げればせっかくマイスターが調整してくれた槍に申し訳が立ちません。ましてやそのお店の前でケンカを売られては」
「ケンカじゃねえ、これは決闘で、分からせだ!」
「そうですか。ではこちらもそれに応じます。決闘であるのならば、正々堂々、全身全霊にてまいります。……『仁義礼智と信の字胸に、誇る力は活人が為に。武の道行く我、地鳴らす一歩は天の采配のもとにあり』。尋常に勝負。互いの誇りをかけて」
そしてアレットは手刀を振り上げる。
「双方見合え。……はじめ!」
先手はゴールドメイルが取った。
「『風薙ぎ』!」
それは相手の体格に合わせ、横一文字に確実に相手の胴を叩き折る一撃。それを空は跳躍することで回避するが、ゴールドメイルはそれすら見越して縦一直線の剛撃を繰り出す。
「『地割り』!」
「『三才歩』」
空も着地するなり素早いフットワークで左わきにズレる。すかさず槍を繰り出すのだが。
「『突き』」
空が繰り出す槍の穂先が、ゴールドメイルの眼前に迫った。だがそれは彼の目の前でぴたりと止まり、当たることはなく。
「一本です。これが戦場なら、あなたはすでに死んでいます」
「ふっ……、ふざけるな! 首から上への攻撃は反則のはずだ!」
「寸止めです。審判」
空はアレットに尋ねるが、アレットは頷いて答える。
「寸止めとは。それは考慮に入れていなかったッスね。考慮していたら空の勝利ッスが、とは言えこの状態では反則負けにもできないッス。試合続行。空、確実に相手を仕留めに行くのが良策ッスよ」
「了解。ならば今度こそ、あなたを沈めます」
距離を取る両者。そして再びゴールドメイルから仕掛ける。
「とくと味わえ! 多くの賊どもを屠ってきた必殺技、『群れ烏』!」
それは連続の突き攻撃。かわせば次の一撃が迫る、逃げ道封じの範囲攻撃。それを空はかわしながら槍で受けてゆく。だがその受けも次第に動きが小さくなり、まるでゴールドメイルの槍の攻撃を真正面から迎え撃ちながら回避している、不思議な動きになってきている。
「なるほど」
アレットにはその動きの理由が分かった。
――ゴールドメイルと比べて空氏は小柄で軽く、剛の力を剛の力で受け止めることはできない。柔の力で薙ぎ払うようで、実際は反発によって生じるエネルギーだけで敵の攻撃ラインの外に回避している。しかも槍の動きも精密で、ただ回避しているだけではなく『目に見えにくい何らかの力』で剛の力の攻撃力をそらしている。何なんッスか、空氏? その目に見えない力は?
そして、アレットが分析した『目に見えない力』が目に見える形で発揮された。
「『内纏』」
それは、槍を内回りに回して敵の攻撃をそらせる動作。ゴールドメイルの攻撃に合わせてその回転力をぶつけることで。
「なっ!?」
ゴールドメイルの槍は上方に叩き上げられ、ゴールドメイル自身の腕より下ががら空きとなる。このままでは、空の槍がゴールドメイルの胴に届いてしまう。
「しまっ……! だが、これならどうだ!」
ゴールドメイルは一歩下がることで空の槍術を回避しようとし、退きざまに一度打ち上げられた槍を振り下ろして空を叩き潰そうとする。だが空は槍の穂先でゴールドメイルの胴を撃つのではなく、ゴールドメイルの一歩以上の距離を瞬時に詰めつつ槍を振り上げて自らに向かうゴールドメイルの槍の軌道をそらす。そう、真っ向から打ち合うのではなくただ触れてそらしたのみ。
「なっ!?」
――隙あり!
それと同時に繰り出される攻撃が。
「八極拳、『裡門頂肘』!」
本来ならそれは、敵の防御を突き崩して(裡門=防御の内側)からの肘によるアッパー。体格が同じであれば、それは腹部を狙うものだ。
それを空は槍の柄頭側で繰り出し、柄をゴールドメイルの股間に直撃させてしまったのだ。男性の急所を狙われてはいくら屈強な男も悶絶を禁じ得ない。ゴールドメイルは目を剥いて大口を開け、叫びにもならない叫びをあげ、槍を手放して股間を押さえてのたうち回った。
「あ~あ……」
見物客の誰もが、ゴールドメイルの情けない姿を見下ろして唖然となった。
審判が勝敗を宣言するまでもない。空の勝利である。