第一章 武人と探偵 ~冒険者はじめました。~
アルミス州領主邸、執務室。
そこには出頭するべき空と彼女の保護観察官であるアシュレイはもちろんなのだが、どういうわけかアレットまでいる。
「あのぉ~アルミス辺境伯ぅ~。自分、まだここに居なきゃいけないんッスか~?」
「そうだな。またカリル屋で支払額を間違えたそうじゃないか。お前はどうして名探偵のくせに金勘定がまともにできないんだ」
「だ~って~、レアガルド王国の通貨って歴史上の偉い人の横顔がでっかく彫ってあって、額はその周囲に小さく刻印されているだけじゃないッスか。分かりづらいんッスよ。そこらへんどうにかならないッスか?」
「吾輩は無論、国王陛下に言っても無駄だろう。文句を言いたければ造幣局に行け。しかしお前たちにするべき話はそれだけではない。先の脱獄犯制圧に対する功を称え、そして当初からの予定であった呉空の身分証に関する話をしたい」
「えっ? 空氏って身分が無いんッスか?」
「昨日この町に流れ着いた記憶喪失者らしい。覚えているのは自分の名前と、身に修めた武術の流派だけだそうだ」
「確か、八極拳。見たことも聞いたこともない武術ッス」
すると空は口を挟んだ。
「わたしの身分って、どういうものなのでしょうか?」
「ああ。実はアシュレイを保護観察官としてきみの身柄を保護しようと思うのだが、きみさえよければ陸軍の女性兵として働いてみないか? その実力と女性ということを考慮して少尉として迎え入れ、強さを今一度示してくれたらそれ以上の昇格もあるかもしれん。もちろんいきなり徴兵するつもりはない。まずは『相当客人』として身柄を保証しつつ守るだけだ」
通常、軍での従事は二等兵から始まり、士官学校を卒業しないとそれ相応の階級は得られない。よって力関係の厳しい軍という職場は女性には厳しく、だからこそ女性は軍曹以上の階級からの従事となる。少尉の階級を与えられた、しかも記憶喪失の空は、異例中の異例の出世である。これも八極拳の強さと、それを駆使した脱獄犯制圧の功によるものであろうか。
「よかったじゃないッスか、空氏! 一気に軍の偉い人ッスよ! でもま、保安庁諮問探偵の自分を超えるにはまだまだッスけどね」
「外部協力者の個人事業主が何を言う。だがその頭脳のおかげで助かっていることも多い。恐れ多くも国王陛下に代わり、そして州の領主としても、引き続きの協力を頼む」
「了解ッス!」
アレットは陽気に敬礼を返す。
そして空には、『レアガルド王国陸軍少尉相当駐在員』の身分を与えられた。
帰り道の屋台。
大岑のグルメ焼餅を頬張り唇の脇から肉汁を垂らす空に、アシュレイは言う。
「とは言っても、ここ十年戦争は起こっていないし、戦争や盗賊団の襲撃に際していきなり戦場に放り込むつもりはないわ。あなたが本気で軍に入隊してくれるなら話は別だけど、今は身柄の保護、そして八極拳なる武術を用いた戦闘訓練参加の要請を最優先としているわ」
「そう言うことだったのですね。助かります。それにこんなにおいしい料理もご馳走してもらえるなんて」
「そうだね。あ、探偵ちゃんの分は建て替えだからね」
「しでえッス!」
食後、空はアレットと別れ、アシュレイに女性兵士宿舎まで案内された。
「一応しばらくは空き部屋に泊まってもらうわ。その後、クーちゃんがこの先何がしたいかを考えたらいいと思う。どこかへ働きに出たり商人やハンターとして独立したりするもいいし。できれば陸軍にいてほしいって思いもあるけどね?」
「はい、熟考したいと思います。今日は何から何までありがとうございました。ごはん、とってもおいしかったです」
「本当においしそうに食べるものね、特に屋台の料理は。困ったことがあったらいつでも相談に来てちょうだいね」
兵士宿舎は、空が保護された東門そばにある基地に併設されている。兵士の日々は、非番の外出申請時と任務での出動でもない限り宿舎と訓練場の往復で終わることが分かる。
宿舎の構造は、ほとんどが四人用の相部屋。ひとりひとつの勉強机が用意されているが、プライベートなどほとんどない。だが誰も使っていない部屋とあって空の貸し切り。多少埃っぽいが。
「それでもこんなにフカフカモフモフなものがある場所で寝られることが奇跡です。これは寝るためにある、のですよね……? ダメです、眠ってしまいます……」
そして空は、荷物を置いたまま服も着替えないまま、ベッドに横たわって夢の世界へと旅立ってしまった。
その後の空のライフスタイルは次の通り。
起きては槍を片手に食料調達……、をする必要はもうないので、アシュレイからもらった『配属手当(前払い給料)』を片手に朝市に出かけて満腹になるまで買い食いする。その後は八極拳の套路(型)と『気』を練る修行をし、また買い食いして陸軍の戦闘訓練と座学に参加、八極拳の戦闘理論を教えるとともに記憶喪失による知識の欠損を補う。
夜は陸軍の兵士たちとともに配給食。と言っても夕食はビュッフェみたいなもので好きなものを好きなだけ食べられるが、その実は争奪戦である。空も負けじと争奪戦に参加、余りものしかもらえなかったがその量は尋常ではなく、「よくあんなに食えるよな」と男性兵士からも呆れられた。
冬を超え、アルミスセントラルに流れ着いて約半年。この世界の常識もある程度身に着けたところで職業を探してみる。まずは男性兵士の勧めで『冒険者ギルド・アルミスセントラルカウンター』に赴くのだが。
「冒険者、ですか?」
冒険者ギルドにて、空は受付嬢に尋ねる。
「はい。薬草採取、樹木伐採、害獣討伐から食用獣捕獲、要人警護、身辺調査、陸軍海軍や王国騎士団発注による防衛任務や盗賊討伐、レア食材や鉱石探しなどなど、ちょっとしたお使いからその道の職人にしかできないことまで、依頼があれば受注して達成して信用と金銭を得る、そんな『時に危険な何でも屋』です。お客様は依頼主様ですか? 冒険者登録希望者ですか?」
「登録で。兵士以外の生き方があるならそれを見てみたいと思います」
「兵士ですか? では失礼ですが身分証を……。って、ちょっと待ってください! 少尉ですよ少尉!? そんな立場のお方がどうしてゼロから冒険者を!?」
「あくまで相当客人ですし、軍には自由がありません。見聞を広めるのも座学ではどうも限界があります。この世界を知るためには、旅をしながら金銭を得るのも大事かと思いまして」
「なるほど……。それは立派なお考えです。ではひとまず、こちらの用紙にご記入を。ご希望でしたら新人冒険者用宿舎もございます。軍の宿舎と違って雑魚寝ですが、それでも逐一外出許可を得ずに済む、つまり依頼受注、達成、報告と収入までスピーディーに事が運べるかと」
「ではそれで。雑魚寝でも野宿よりはましです」
「野宿……? はぃ……?」
そして、その日のうちに空はある依頼を達成してしまったのだが。
「新人冒険者向けクエスト、薬草採収。確認をお願いします」
空がカウンターに置いたのは、アルミスセントラルの防壁の外で採取が可能な三種類の薬草。それを規定量採取すればよいのだが。
「うそでしょう……!? これ、見つけるのもほかの雑草と見分けるのもほかの先輩冒険者に教わりながら数日かかると言うのに、何ですかこの正確さは、そして量は!?」
依頼書に書かれている数量は『ルシエルブルーの花』十輪、『コルカの木の実』三十個、『ギネー草』八十束。それを種類も必要数も一切間違わずに採取してきてしまったのである。特に間違えやすいのは、雑草とギネー草、そしてその数であるが。
「ああそれと」
「はい!」
「わたしが採取していると有り金全て置いて行けって言う人たちがやって来たので倒しておきました。軍人としては当然のこととはいえ、冒険者としては依頼も受けていないのに戦わされてタダ働きでしたけど」
だが、そこに先輩冒険者がカウンターに駆け込んできた。
「おい! その嬢ちゃんが退治したやつ、最近また賞金が上がった賞金首だぞ! 今すぐクエストを受注・達成扱いしろ! じゃないとほかのやつが知らずに受注して、そうなったらそれこそタダ働きだ!」
その途端、ギルドホールは騒然となり、受付嬢の女性も唖然となった。
「すげえぜ嬢ちゃん! 誰も挑まねえ凶悪な賞金首、どうやって倒したんだよ!?」
「交易路を狙う『バルカス盗賊団』じゃねえか、これで商品の価格も安定するもんだ!」
「かわいこちゃん! きみはこの町を救ったんだ! マジで感謝するぜ!」
「この子、ホントに誰なの……?」
そして空は、新人ではありえない額の報酬を手にしてしまったのである。
「こんな額、ちょっと頭がふらふらします……」