第六章 踊銃使いの錬金術師 ~探偵スタイルのアレットは凛々しいですが、お風呂上がりのベビードール姿はとてもかわいく思います。~
宿泊する場所は、はじめは相変わらずの安いホテルだったがピエリーナの父ジャコモの好意によって社屋上階アパートの空き部屋を使わせてもらえることになった。月ぎめの家賃は発生するが、ひと月ホテルに泊まるよりは格段に安い。
そして滞在開始から一週間後の夜。
「シャワー頂きました」
空が買い直したナイトウェアは、ワンピースシャツ型の簡素なパジャマ。先にシャワーを浴びていたアレットのナイトウェアはピンク色のベビードール。最後はひまりがヤマト製の浴衣を持ってシャワールームに向かう
「それにしても……」
「ん? 何ッスか、空?」
錬金術によって作られた櫛一体型ドライヤーで髪を整えたアレットは、自分のベッドにかけて旅荷物の整理をしていた。そんな彼女の前、自分のベッドに座って、空は言った。
「いえ。普段の探偵姿はアクティブかつ紳士的、と言うよりはボーイッシュな雰囲気ですが、夜のベビードール姿は本当に可愛らしいなと思いまして。下ろした髪もガーリーですし、クラヴィアのステージで踊っても絵になると、ふと思いまして」
「なっ!? くっ、空! いきなりそんなこと言うのは反則ッス! 照れるじゃないッスか! まっ、まぁ? 自分もいちおー女の子ッスし、可愛いって言ってもらうのはありがたいことではあるッスが、まぁ、その」
「ん?」
「旅の仲間にいきなりそんなこと言われるのは……、けっこーかゆいんッスよ!」
「湿疹ができましたか?」
「そっちのかゆいじゃねえッス!」
慌てふためくアレットを見て、空はふっと微笑む。
「……いえ、そう思う自分にも少し驚いているのです」
「え?」
「前までのわたしであれば、生きることと食べることにしか執着していませんでした。しかしアルミスセントラルでアシュレイさんやアレットと出会い、旅をする中で様々な人や文化と出会い、世の中には思わず目を引くものがたくさんあるのだと思ったのです。そして思ったのです。ああ、これが美しいと思う感情か、と」
「空……」
「だからアレット。わたしの旅の目的にひとつ追加です。美しいものは美しいと評する、それが新しい目的です」
空はそう言って静かに微笑む。
そんな彼女を見て、頭を掻きながらアレットも返す。
「そーゆー空も、可愛いッスよ」
「どこがですか?」
「自覚してないならいいッス。ってゆーか、髪乾かさないと!」
「そうでした。ドライヤーを貸していただいても構いませんか?」
「んッス」
アレットは中断していた荷物の整理を再開、空はドライヤーで髪を乾かすのだが。
「わたしの髪ってこんなに長かったでしょうか。少し切りそろえてもらいましょうか」
「旅してると髪って傷んでくるッスからねえ。明日、みんなで美容室とかどうッスか?」
シャワーを終えて浴衣姿で出てきたひまりにもドライヤーを渡し、美容室の話を持ち掛けて賛成を得た。その後は赤ワインとビーフジャーキーをつまみ、ガールズトークを楽しんで眠ることに。
翌朝。
株式会社アーラ・ビアンコでは、朝八時半にミーティング開始、九時開店。冒険者ギルドを介さず直接雇用されている空たちもミーティングに参加する。ピエリーナは学生でもあるため平日は通学、放課後になるとジェフリーに武術を習う。
「そう言えば、ジェフリーさんって何屋さんなんですか?」
尋ねる空に、ジャコモは答えた。
「ああ、彼とその一家はハンターだ。錬金術の薬剤や靴の素材などを採取してくれる。彼らがいなければ、弊社は無論、この町の大半の錬金術工房はたちゆかなくなるだろう」
「そうなのですね。でも演劇生まれの武術についても詳しそうでした」
「彼も娘と似たようなものでね、もとは舞台の演出家だったんだ。だが演劇に使うための衣装や各種道具を作る職人たちが盗賊の襲撃や動物の反撃を恐れて数を減らし、だったら自分がとハンターに転職してくれたのさ」
「そういう経緯が。普通、そこまでするでしょうか」
「それだけ舞台への情熱がすごいのだろう。我々だけじゃない、今でも演劇の関係者からは尊敬されているのさ」
「では、この町に来て素敵なバレエとピエリーナさんのダンスを楽しませていただいたわたしたちも、ジェフリーさんに感謝しなければいけませんね」
「ああ。本人が聞けば嬉しがるだろう」
その時、店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」
ジャコモが一礼すると、その客、ベレー帽の男性はカウンターまで駆け込んできた。しかもかなり切羽詰まっている様子だ。
「たっ、大変だ、社長!」
「お客様、いかがなさいました?」
「おりゃ客じゃねえ! ライブ居酒屋クラヴィアが大変なんだ! 何か知らんが、ガラの悪い男どもが客を追い出して占拠しだしたんだ! お前んとこの娘さん大丈夫なのか!?」
「なんと! しかし御心配には及びません。娘は今、ハンターのジェフリーさんのところで武術の稽古中ですから。しかしそのようなこと、いったいどうして……!?」
青褪めるジャコモ、そして社員一同に客たち。もちろん空たちも。
そして空は、アレットとひまりと目を合わせて頷く。
「店長さん。お願いがあります」
「……分かった。クラヴィアを頼む」
アレットは蒸気駆動車のエンジンをかけ、空とひまりは旅荷物の中から武器を取って駆け付ける。三人が乗り込んだところで、車はライブ居酒屋クラヴィアへ。




