第五章 悪魔の仮面 ~これがヤマトの文化でござる。~
アイアンマウンテンと次のジグラスの間にある町、マグ。
これまで訪れた町々とは、明らかに景観が異なる。
「ここは、かつて大倭皇国の技術者たちが開拓した町なんッス。百年ほど前からレアガルドとヤマトは国交を結んでいて、錬金術や機械製造の技術を互いに提供し合うことで発展してきたんッス。アイアンマウンテンにヤマト系の会社があるのも、それゆえッスね」
「然様にござるか。では、拙者の刀も砥いでくれる鍛冶師がいるかもしれぬでござるな」
「武器の手入れは武人にとって必須ッスからね。いるといいッスね」
マグの景観はヤマトのものに近いが、ヤマトの建築技術が八割、レアガルドのものが残る二割、販売されている商品や人々の装いも大体その割合だと、ひまりは分析する。話されている言葉もヤマト語が聞こえる。
「アレット、車を止めていただきとうござる。……そこの御仁。鍛冶屋をお尋ねしたい」
「ああ。それならこの路地を右に曲がってすぐだ」
「かたじけのうござる。……アレット」
「右ッスね、了解!」
「今のがヤマト語ですか。不思議な響きですね」
蒸気駆動車を路肩に止め、訪れたのは鍛冶屋『あずま』。
小屋のような木造一階建ての建物に、足を踏み入れれば土間で、商品が並ぶカウンターの奥にはハンマーにペンチにそのほか様々な道具があり、炉のさらに奥には小さな祠のようなものがある。ヤマトの『神棚』になじみがない空とアレットだが、「何か神聖なものを祀っている」と言うことは分かるようだ。
「御免」
「ん? 客か? この町じゃ見ねえ顔だな」
鍛冶屋の主人と思われる小柄だが筋肉のある白装束の男が、麦茶の入った湯呑を置いておもむろに立ち上がった。
「拙者、旅の剣客でDランク冒険者、河上ひまりにござる。刀を研いでいただきたく、貴店をお尋ね申した」
「そうか。じゃあまず刀を見せて見ろ」
「肥田平口彦斎にござる」
「ほう、あの名匠たる平口彦斎のな。前の所有者を倒したのか? 誰かからもらったのか? さすがにお前の年齢で買ったはねえだろ」
「父にして我が剣術の師匠より、河上流剣術免許皆伝と元服(成人)の祝いにと賜ったものにござる」
「河上の名字、平口彦斎の刀。そうか。『河上定助』の娘だな」
「父を知っていらっしゃるのか?」
「別に。剣客としちゃあ鬼のように強い『鬼ノ定助』と評判なだけだ。お前さんもなかなかの腕前のようだな。その立ち居振る舞いだけでなーんとなく分かる」
「恐悦至極にござる。して、おいくらになる?」
ひまりからカウンター越しに刀を受け取った鍛冶師は、刀を抜いて刃を見つめ、あらゆる角度から刀を見てひとつなずいた。
「一万五千ガル。夕方に取りに来てもいいが、そちらのお嬢さんがたは刀に興味があると見た。ぬるい麦茶でよければくれてやる。黙っている、店のものに触らないと約束するなら見学を許す」
鍛冶師のヤマト語をレアガルド語に訳し、空とアレットの見学が許された。
一時間以上かけて静かに刃が砥がれ、刀の引き渡しと支払いののち、「ケガに気を付けるなら棚の刀を抜いても構わん」と言われ、空とアレットはカウンターに並んだ刀を抜いてその美しさに見入る。鍛冶屋あずまでは刀のほかに剪定鋏や包丁などの日用品も取り揃えており、「料理に使うナイフがダメになって来たから」と、それまで使ってきたナイフを下取りに出して新しい包丁を購入した。
「包丁の使い方は刀と同じ。引きながら切るんだ。骨切り包丁みたいに勢いと力に任せて叩っ切るんじゃねえ。分かったか?」
丸めた『ヤマト紙』を野菜に見立て、鍛冶屋は包丁の扱い方を伝授し、「こうして切ってきちんと手入れすれば、ここまでひでえ有り様にゃなんねえよ」と言う。
「んじゃ、砥石も一緒に購入するッス!」
「ありがとさん。これでうめえ料理作って食いな」
その夜。
ヤマト式旅館『しんじゅく』。
大風呂では宿泊客全員が裸になってひとつの巨大な湯船につかるという風習にアレットは驚きを隠せなかったが、陸軍では全員でシャワーを浴びていた空とヤマト出身のひまりは気にした風でもない。
風呂あがり、『浴衣』に身を包んだ空とアレットは、同じく浴衣姿だが着慣れており絵になっているひまりに見入り、自分たちに変なところはないだろうかと身だしなみをチェックする。
そして、宿泊する部屋は『梅の間・2-5』。旅の荷物が雑然と置かれ、丸いちゃぶ台の上に用意されていた湯飲みとヤカンで濃い目の緑茶を淹れて味わう。
「はぁー……っ。何でしょう、とてもなごみます」
「いいッスねえ、風呂上がりの緑茶! ビールも悪くないと思うんッスけど」
「悪くはござらんが、やはりここは清酒でござろう。さて風呂では存分に話を楽しんだ。もう少し緑茶を味わったら、少し大事な話がござる。お時間をちょうだいできるでござろうか」
空もアレットも構わないと返し、三人とも緑茶を飲み干したところでひまりは改まる。
「先日も申した通り、拙者のジグラス巡りはあと七か所で終わる。大陸は広く数十年はかかると思いきや、案ずるより産むがやすしとはこのことか、齢十八を前にして達成しつつある。貴殿らとの出会いがそれを加速させてくれた。拙者の旅も急ぐものではなくなったゆえ、この町、その先の町には貴殿らの望む日数で滞在したい。拙者に構わず、観光も美食も存分に楽しんでいただきとうござる」
「そうッスか? それはありがたいッス。それじゃあ、お言葉に甘えて存分に楽しませてもらうッスよ。しかしヤマトの文化にはかなり疎いもんで、ひまりもご一緒していただければありがたいッス」
アレットの言葉には、空もうんうんとうなずいた。
「承った。では、貴殿らの観光にご一緒させていただくと致そう。よろしくお頼み申し上げる」
「ん。こちらこそお頼み申し上げるッスよ」
そして茶葉を改めて二杯目の緑茶を入れ、せんべいと共に味わう。中居の女性が布団を敷きに訪れ、三人は感謝の言葉を述べて床についた。