第四章 刃と魂 ~生きることを選んでください!~
暴走するオールラウンダーゴーレム。
その前に、別の一機のゴーレムが立ちはだかる。
「『株式会社オオマツ工業・アイアンマウンテン支社』製警備用ゴーレム、『茶坊主』にござる! 暴走ゴーレム、いざ尋常に勝負!」
その機体の体格は、オールラウンダーゴーレム(暴走ゴーレム)より一回り小さい。だが暴走ゴーレムよりも人間のフォルムに近く、重心を取るために上半身の四倍以上はあるだろう重量を誇る『底面履帯装備脚部』、油圧シリンダーを装甲で覆った上半身、最低限の装甲が施され五指が装備された両腕、兜のようなデザインの燃料補給口になる頭部を備える。
ゴーレム・茶坊主のコックピットは胸部のひとつのみだが、ひまりをパイロットとして空とアレットも同乗する。レバーは多く、そのすべてを理解し的確に操るにはかなりの知識と技術が必要であることは明白。空もアレットも、それらを巧みに操るひまりをただひたすら称賛することしかできない。
「すげえッス、ひまり!」
「これでも『建設機械操縦免状』取得済みでござるゆえ!」
「何が尋常に勝負だ、ドワーフゴーレム! 俺が寝食も家族も犠牲にさせられて作り上げたこのゴーレムの威力を思い知りやがれ! うらああああああああ!」
襲い掛かる暴走ゴーレム。だがそのパイロットは暴走ゴーレムの性能を活かし切ることなく、その時装備していた切断用ハサミを無暗に振り回し、ひまりのゴーレム・茶坊主に襲い掛かる。茶坊主は巧みなフットワークでそのすべてを回避し、町の被害を最小限に抑えつつ暴走ゴーレムを工業地帯の外へと誘導する。
「その先の作戦は!?」
尋ねるアレットに、ひまりは答える。
「心配無用。その時まで、ふたりは茶坊主に乗っているでござる。オオマツ工業のコックピットは『特殊なカーボンフレーム』に守られており、そうそう限り死ぬことはないでござろう。更に言えば、ハッチが故障した時のために背部は簡単に破壊して脱出できるようにしているようでござる」
背部装甲が木製であること、そばに斧があることが、それを示している。
「さすがはヤマトの会社! 工業においてはどの国にも後れを取らぬ職人たちの国と聞くッス!」
市街地でもない、畑も耕されていない、広くなだらかな丘に出る。
ひまりの巧みなレバーさばきにより、茶坊主は舞踊を舞うかのような、あるいは空の戦い方のような、建設用ゴーレムとは思えない軽やかなフットワークで暴走ゴーレムを翻弄し、その背後に出る。いつの間にか手に持っていた鉄材を二本、暴走ゴーレムのアームの脇と履帯に突き刺して動きを封じ、左手で暴走ゴーレムのコックピットのハッチをつかんで引きはがし、更に右手でもしっかりと暴走ゴーレムの上半身をホールドする。
あらわになった暴走ゴーレムのコックピット。茶坊主のコックピットのハッチも開き、すかさず空がコックピットから飛び出し暴走ゴーレムに向かう。
「頼んだッス、空!」
「任せてください!」
パイロットが乱暴にハンドルを動かしても動かない暴走ゴーレム。その間に空がコックピットに飛び乗り、パイロットの脇を抱えて暴走ゴーレムから飛び降りる。空はジグラスの清掃に使った安全帯とロープを装備しており、茶坊主の左腕の途中にぶら下がる形で脱出に成功した。
「救出完了! ひまり、下ろしてください!」
「かしこまった!」
暴走ゴーレムは操り手を失い沈黙。空とパイロットも地上に降ろされ、これにて無事に事件は解決かと思いきや、パイロットはよろめいて暴れまわる。
「ふざけるな! てめー誰だよ! 俺の邪魔してんじゃねえよ!」
そのパイロットは若い男だった。まだ20代であろうか、月光の下でも若い顔つきであることが分かる。だが激務に次ぐ激務に祟られたか、髪は伸び放題、目は血走り隈ができ、スーツは汗臭さとカビ臭さにまみれ、息も臭い。空を見ているはずの目も、焦点が合っていないようにも思える。
「死ねよ。みんな死ねよ。俺の邪魔する奴はみんな死ねよ!」
「いいえ。死ぬつもりはありませんし、あなたを死なせることもできません」
そして空は言う。
「仁義礼智と信の字胸に、誇る力は活人が為。武の道行く我、地鳴らす一歩は天の采配のもとにあり。己が未来を切り開かんとするのなら、人を巻き込んでの死ではなく、あなただけでも生きることを選んでください!」
パイロットの男は腰から拳銃を抜き空に向かって引き金を引く。
飛び出す銃弾を見切った空は、半歩逸れただけでかわす。続いて襲い掛かってくる銃弾もかわすのだが、とは言え銃をどうにかしなければ近づくこともできない。
「近くに石礫でもあれば投擲もできるのですが」
だた周囲は暗く、それを視認することは難しい。
「どらぁ!」
「ッ!」
そして襲い掛かる三発目。空はそれも回避しようとするのだが、銃弾と空の間に割って入ったひまりが、何と刀を抜いて銃弾を弾き飛ばしてしまった。
「ひまり!」
「んだとぉ!?」
その刀身は美しく、よく鍛え上げあれ、よく磨き上げられ、よく研ぎ澄まされている。月光をまといてきらめき、銃弾を受けても傷ひとつつかない。
ひまりの黒髪は夜空に舞い、着物と袴の袖と裾が躍る。刀を抜くその所作も美しく、この瞬間、『月夜の下にピンク色の花が咲いた』。
「きれい……」
思わずつぶやいた空に、ひまりは言う。
「空。飛び道具に無手は分が悪すぎる。拙者に任せるでござるよ」
「はい、分かりました。あとはお願いします」
「心得た。しからば、空の武の心と共に……」
再び飛んでくる銃弾。それをもひまりは刀で弾き飛ばす。
「この河上ひまり、愛刀『肥田平口彦斎』と共にお相手つかまつる! とぁあ!」
「だーかーら! 死ねええええ!」
パイロットは二発の銃弾を連続してひまりに向ける。だが、ひまりは今度は弾き飛ばすのではなく銃口の向く先から弾道を予測、弾道から紙一重の距離で回避する。そして最後の一発を撃とうとした時、ひまりは刀で拳銃を弾き飛ばし、そのままパイロットの足元で急旋回。自らが得意とする技を以って、パイロットを討ち果たす。
「河上流剣術、『昇瀧』!」
それは、刃を返しての峰打ちによる左わきから右上に向けての『斬り上げ』。更に旋回による遠心力も加わり、打撃として繰り出すのであれば人の骨を折るほどの威力を発揮する。パイロットの男は強くうめき、暴走ゴーレムの履帯のホイールに背中から直撃。その衝撃はパイロットの意識を刈り取り、パイロットはついに動かなくなってしまった。
そしてひまりは刃を返し、美しい作法で刀を鞘に収めた。
「お主の言い分、後日じっくりお聞かせ願うでござるよ」