第四章 刃と魂 ~何ッスか、あの化け物ゴーレムは!?~
その時だった。
ドン! と地面が波打ったかと思いきや、店中のテーブルや食器が跳ね上がって落ちて割れる。人々も騒然となるが、今度は町全体の空気が震え衝撃波となって襲い掛かり、何かが大爆発したような爆音が響き渡ってきた。
「なっ! 何なんですか!?」
「爆発!? 事件ッスか!?」
「地震でござろうか。いな、この地方で地震などそうそう……」
すると客のひとりが、「鉄工所かどっかで爆発が起こったんだ!」と騒ぎ立てる。客たちが店を飛び出せば、近くの飲食店からも人がわらわらとあふれ出していた。そして工業地帯の一角では黒々とした煙が立ち上り、火元の建造物からは赤い炎が噴き出している。
「なんてことでしょうか……。アレット! 鎮火と避難誘導があれば協力しましょう!」
「了解ッス。店長! お金、ここに置いとくッスよ! 釣りは割れた食器にでも充てるッス!」
「拙者もお供いたす!」
アレットはテーブルの上に金貨を一枚置き、空とひまりとともに火災現場に向かって駆け出す。ほかの客たちも俺も俺もと硬貨を置いて、アレットたちに続いた。
道すがら、ふふっと空は笑った。
「こんな非常時に何ッスか!?」
「いえ。珍しくアレットがきちんと支払いができたと思いまして」
「バカにしてるんッスか!? 金貨一枚置いとけば、間違いなく注文した額を下回ることも差額を保安庁に請求されることもないってもんッス!」
「旅人には痛い出費ですよ。しかし、人の命には代えられませんからね」
「そういうことッス。酔いは冷めたッスが、アルコールのせいで多少ふらつくッス。空、ひまり。絶対に無茶は禁物ッスよ!」
工業地帯では避難誘導が行われ、空たちが到着するよりも先に終わっていた。逃げ遅れた人がいても、火の勢いや爆発によるガレキ飛散の恐れ、視界不良などで、地元の消防官(民営の火消しギルド)たちも突入できない。アルコールが回った空たちに、できることはない。
「であれば冒険者ギルドです。ギルドはこういう時、炊き出しを用意しているものです」
「そうッスね。これも立派な被災者支援。やるッスよ!」
「炊事なら任されよう!」
アイアンマウンテンの冒険者ギルドは集められるだけの人員を集めて炊き出しのテントを展開、小麦とスパイスを鍋にかけてバーリー・カリル(カレーライスの小麦版)を使い捨ての紙皿で振る舞った。そのうちアルコールも飛んでいったか、空たちもいつもの行動力が戻り、手際よく被災者たちをケアしてゆく。
その時、火災が起こっている鉄工所で更なる爆発が発生。オレンジ色の炎が広がり、ガレキが周囲の施設を損壊させてゆく。
「あ~あ。こりゃ復興までどれだけかかるッスかね」
「ここまで被害が広がってはかなりの日数が、いえ数年かかるかもしれません。冒険者ギルドや王国議会は、長期的な復興支援を求められるでしょう」
その時だった。
炎の向こうから更なる轟音が響き、かと思いきや炎の向こうに黒く巨大な影が浮かんだ。何だ、何が起こっている? 誰もが戦慄する中、『それ』は姿を現した。
「ゴーレム!」
現れたのは、鋼鉄製の建設用ゴーレム。シャーシの左右の履帯、油圧ダンパーに支えられたコックピット、その左右から延びるアームは、まるで『正座する人間』。さらにアームにはリボルバーの拳銃のように回転する『アタッチメント変換シリンダー』が搭載されており、そのアタッチメントは人間の手のように動く五指のあるものから、ザリガニのごとき切断用のハサミ、杭打機、ドリル、ショベル、火炎放射器(右腕)と放水機(左腕)まで換装することが可能。履帯の間には、ロードローラーの役目を果たす鋼鉄のローラーとブルドーザーとしての役目を果たす排土板を、高さの調節で切り替えられるユニットを装備している。コックピット背後にはセカンドアームがあり、後ろ右腕にはクレーンが、後ろ左腕には高所作業を可能とするユニット(フォークリフトとしての役目を果たす爪、人を乗せることができるバスケット兼フォークリフト操縦席)を持つ。もはや、建設機械としてはオールラウンダーである。
「な、なんて化け物を作り上げたんッスか、この町は!?」
「ひまりが言った八士でなければ倒せないのではありませんか?」
「然様にござるな。更にはあの鋼鉄の装甲を水のように切り裂く神剣もあればなおよいでござる。しかし、あのようなゴーレムを倒せる手段がほかにあるでござろうか」
「陸軍の座学で学んだ通り、エネルギー切れを待つしかないのでしょうか。ギルドの判断次第では、炊き出しではなく町民全員の即時非難が考えられ」
その時、ゴーレムから拡声器による声が響いてきた。
「おい! 聞いてるかこのクソ工場長! もういい加減うんざりなんだよ、俺ひとりに全部の責任押し付けて、てめーはジグラスの清掃員をもてなす海の幸にありつくために仕事もほったらかしでさっさと帰りやがって! なあ? 俺が取引先にどれだけ頭下げてっかてめーに分かるか? 理不尽な要求突き付けられて、自社の社員を守るために最低ラインを死守して、徹夜に徹夜を重ねて寝る暇もねえで、それで一部署の部長でしかねえ俺に『経営者の立場になって考えてものを考えろ』だぁ!? だったら経営者相当の手当てよこしやがれ! 初任給から全然変わんねえ最低月給を役職相当に上げやがれ! 徹夜手当出せや! つーかほかのやつにも仕事振って俺を休ませろ! 家族との時間を設けろ! そもそもてめーだけ文字通りおいしい思いしてんじゃねえ! 俺にも魚食わせろ! 排煙まみれのくそまずい牛肉じゃねえ、潮風香るマグロ食わせろや! だー、もう何もかもうんざりだ、全部ぶっ壊してやる! 見やがれクソ工場長! この町やお前と俺の人生を終わらせてやるぜ、ざまーみろ! ひゃーっはっはっはっはっはぁ!」
それは、狂気。
狂気に満ちた男の声が、アイアンマウンテン全域に響き渡った。
これには、空もやるせなさを覚える。
「……陸軍で習いました。軍人は、我が国に生きる国民のために命を懸けて戦う兵士。国民の命に対する責任と自らの命に対するリスクがあるからこそ、明日に戦いがあれば命を落とす可能性を鑑み、今宵に美酒をたしなむ権利、遺す家族に対する手当、すなわち高給を手にすることができる」
「空? 何を言い出すッスか?」
「報酬の話です。軍の在り方は国民と国家との関係においてイコールであり、軍人は命の対価を頂いて働いているのです。冒険者の在り方もまた、依頼主とギルドとイコールの関係で成り立っています」
「はぁ……。それは、道理ッスね。って!」
「はい。あのゴーレムのパイロットの言葉を聞くに、会社と従業員のイコールの関係性が崩れているように思えます。労働に対する対価が正しく支払われていないと言うのであれば、その組織は不健全と断じざるを得ません。町を壊すのは在り得べからざることですが、しかしあのパイロットの言い分が理解できてしまうのです。このやるせなさ、どうすべきか」
その時、ひまりが空の前に立った。
「それでも、まずはこの惨事を止めねばならぬ。そうでござろう?」
ひまりの腰には湾曲した剣が提げられている。だがそれは鞘に納められた状態とは言え、まるで美術品のように洗練されていた。
「ひまり……?」
「動くなら今でござる。空、アレット!」
彼女の言葉に、空とアレットは力強くうなずいた。
ひまりに、アレットが尋ねる。
「作戦あるんッスか!?」
「お任せいただきとうござる!」