第四章 刃と魂 ~わたしが、神話に登場する天使の青年、なのですか……?~
夜。
空、アレット、ひまりの三人は、やはり先日の居酒屋でマグロとサーモンの刺身を味わっていた。
「うむ! 大葉の代わりに地元の紫蘇の葉を代用しているのか。これもまた美味にござるな!」
「へー、そんな食べ方もあるんッスね。どれやどれや」
「……ッ! おいひいれふ! ひまい、ほえわおいひいれふれ!」
「そうでござろう。ここに清酒があればもっとよいのだが、先に来た冒険者や鉱夫、鉄工職人たちに取られてしまったようでござる。致し方ないが、この煙臭い街で新鮮な海の幸を食せることに感謝せねば」
それからも在庫が間に合うだけ冒険者たちは川魚や海の幸を注文してゆく。空とアレットは、「わたしたちはアンカーボルトで堪能してきましたので、皆さんにこの感動をお裾分けしたいと思います」と過ぎた注文はしなかった。
「では拙者は注文しよう。芋焼酎にシラス麦丼をお願い申す」
「おっ! シラス麦丼は美味いッスよ!」
「はい。ぜひ味わってください」
「二人が絶賛するならハズレはござらんな。頂戴致す」
そして満腹になったところで酒を追加注文。このタイミングで、ひまりが気にかけていたことを話す。
「おとといとその昨晩、レアガルド伝記と、空が八士のひとりのようだと言った話を覚えているでござろうか」
「はい、覚えています」
「そりゃまあ、それなりに気になってたッスから」
「うむ。実はあの古文書、レアガルド伝記は、ある程度まで拙者の中で答えが出ているのでござる。それについて空も気になっているようでござるゆえ、拙者の考察交じりで説明しようと思うのでござるが」
「はい、ぜひお聞かせ願います」
「自分もッス!」
「ん。では」
レアガルド伝記は、正確にはレアガルド王国及び周辺国家が建国される前からエイゼル大陸西方各地で語り継がれている『エンシェントエイゼルンサーガ』がベースとなっている物語である。
ある時、この地に『七つの角と無数の指を持つドラゴン』が現れ、そのドラゴンは人や家畜をむさぼり、炎を吐き、町と言う町を壊滅させた。
やがて、災いを鎮めてほしいと言う人々の願いが天に届いたか一柱の天使が信心深い女性に宿り、女性は処女でありながら子を産み落とし立派に育てた。赤子は立派な青年へと育ち、「実は自分は災厄を祓うべく地上に降り立った天使なのです。僕はその使命を果たさねばなりません」と母に告げ、旅先で七人の仲間を得、人を食らい過ぎて山のように膨れ上がったドラゴンを討ち果たした、と言うもの。仲間の中には魔法使いや精霊使いなど神秘的な力を持つ者もおり、八人が八人とも全く違うバトルスタイルの持ち主であった。
八士は人々に称えられ、感謝のしるしにと与えられた金銀財宝を資金に国を作った。そのうち天使の青年は八人を代表して王となり、信心深い母を王城に迎え巫女としての役割を与え、大陸各地に聖なる塔を建造した。その塔には八人の戦士の末裔たちが常駐し、幾代に渡って祈りをささげ、災厄を祓い続けている。
「そして」、とひまりは閉め括る。
「拙者は、空こそがまさに天使の青年のようだと思った次第でござる」
「わたしが、天使の青年……?」
「まあ、あくまでこれは拙者の空想にござる。はじまりは祈りの塔、世界各国を旅して戦う、その神話の青年に空を重ねてしまったのでござるよ。もっともこれは御伽話で拙者の空想。さて」
そして、ひまりはレアガルド伝記の自己流の考察を解説する。
「レアガルド伝記、そしてエンシェントエイゼルンサーガは、『黙示録』であると拙者は解釈してござる。と言うのもサーガの時代、小さな国々は手を取り合い、時に戦争し、併合や征服で国土を広げてきた。その中で暗躍する者があり、その者はせっかく国としてまとまってきた仕組みを我が物にしようとしている。そうさせないために物語という形で人々に警告し、この警告を正しく読み解いた者に国の未来を託したのでござろう。
ドラゴンの持つ七つの角とは、何かしらの権力を持つ者の数。おそらくは今でいう貴族のようなものでござろう。無数の指とは人脈で、それを駆使して国や人々を支配しよう、あるいは檻のようにして人々を閉じ込めようとしていたのでござろう。ドラゴンは人や家畜を食らい山のように巨大な姿になるが、国が手中に収まれば人も家畜もまさに権力者の食い物。そうなれば国は滅びの道を辿るでござろうな。
そして八人の戦士でござるが、数の八は大岑帝国では良き縁起の数で、無限、末広がり、広域、その他縁起の良い数とされてござる。商談において上の位に八を置けば間違いなく成立するほどに。たとえば拙者が注文したシラス麦丼が法外に高い物でも、三千八百ガルなどと言う価格を提示されれば美味を味わうためならと支払ってしまうでござろう。つまり、八という数字に希望を託したのでござろう。
……以上が、拙者の考察にござる」
その途端、「おぉぉ~っ!」と周囲の人々が沸き立つ。どうやら空とアレットに解説していた伝記の考察を聞いていたらしく、見事な考察に誰もが聞き入ってしまったようだ。
そんなひまりに、空は尋ねる。
「では今こうして国が成立しているということは、その黙示録を正しく読み解き、悪意のある権力者たちを退けることができたのでしょうか?」
「あくまで拙者の素人考察にござるし、そういう結末を迎えたとも考えられるでござるな。しかし権力を悪用せんとする者は今の世にも多少なりともいるでござろう。であるからこそ、民は自分たちを導く者を自分たちで選び、主君はそのような悪意を見過ごしてはならぬのでござる。そして拙者は『侍(官人)』として、ヤマト皇国の主の御為に微力を尽くすのでござる。……いや、もう拙者は侍ではござらん。今はただの放浪の剣客、冒険者でござったな」
「ひまりの主君とは、どのようなお方なのですか?」
「ある領土の主でござった。流行り病に伏せ、今はもう天に召されてござる。跡継ぎはなく、お家も断絶。遺言は、己の誇りに準じ、自由に生きよと言うものでござった」
「そっ……。それは、ごめんなさい……」
まさか主君が故人だったとは。空は謝りうつむくが、ひまりは焼酎を口にして首を横に振った。
「そして我が主には夢があった。ワシが領主でなければ外国の美術を見て回りたかったのう、そうおっしゃった。そのうちのひとつにジグラスがあり、拙者はせめてジグラス巡りを果たし、最後のジグラスに我が主の遺骨の一部をお納めせねばと、心に誓ったのでござるよ」
そう言って、ひまりは着物の中に隠していたお守りを見せた。
「拙者は主とともにござる。主がまことに死ぬ時は、拙者がこれを最後のジグラスに奉納した時。その誓いを胸に、拙者は旅をしているのでござるよ」
「そうだったのですね……。ありがとうございます。とても、胸を打たれるお話でした」
「何の。……そうでござる。拙者が志半ばで倒れた時、貴殿らに最寄りのジグラスまで拙者の骨ともども納めて」
「せっかくのお話が台無しでござるよ!」
今度は空がアレットに「口調……」とたしなめられた。