第三章 暗躍の赤蠍 ~お前たちのしたことはすべて、するっとまるっとごりっと世界の果てまで、Everythingお見通しッス!~
その時だった。
「あなたからどうぞ」
アースの脇を通り過ぎた黒い影がバンブーに迫り、途端、バンブーの首には槍が突き刺さっていた。
「……!?」
喉を貫かれ、息もできなければ声も発せないバンブー。
見下ろせば、そこにはひとりの少女が槍を手放して立っていた。
「遺言も残せませんか。ええ。あなたには弁明の余地などありません。冥府にて己が悪行を悔い改めなさい」
その人物こそ、空であった。
「お頭! そんな、お頭を!」
「何だこのガキ、どこから出てきやがった……!?」
まさか団長が何の前触れもなく槍の一突きで殺されるとは。うろたえる盗賊団だが、そんな彼らに空は言い放った。
「冥途の土産です、名前を覚えていってください。Cランク冒険者にして陸軍中尉相当非常駐兵、呉空と言います」
「ゴクウだと!? 小説のキャラみたいな名前しやがって!」
掴みかかる盗賊。だが空は彼らの攻撃をかわし、ピストルを持つ盗賊から優先的に拳にて地に沈めてゆく。その洗練されたフットワークと攻撃に、盗賊団は驚愕を禁じ得ない。
地に伏せた盗賊の前に立ち、空は言う。
「……仁義礼智と信の字胸に、誇る力は活人が為に。武の道行く我、踏み出す一歩は天の采配のもとにあり。尋常に勝負。この村の命運をかけて」
アレットも拳銃を持って参戦し、村の男たちに言う。
「反撃ッス! 戦える者は戦うッス!」
「うぉ!? おっ、やっ、やったるどー!」
アレットはまず拳銃を持つ盗賊を射殺し、弾切れになった拳銃を盗賊に投げつけつつ拳を一発。更に襲い掛かってくる盗賊に連続して拳を叩きつける。
「バーティツ、『コークスクリュー』!」
「げぶぉ!?」
渦を巻くアレットの拳は盗賊のみぞおちに深く突き刺さり、その威力のもとに盗賊は吹っ飛ぶ。バギーの窓に頭が直撃し、割れた破片が彼に降りかかってしまう。
バーティツの徒手空拳技はボクシングやサバット、柔術などからも動作を取り入れており、当然ボクシングの技であるコークスクリューを戦闘に織り込むことができる。
「八極拳、『小纏』」
空は盗賊の繰り出す剣を右手で薙ぎ払いながら手首をつかみ、そのまま自分の腕をぐるりと回しながら敵をその渦に巻き込み近くの盗賊に叩きつける。乱闘の中、大技を繰り出して自分の隙をさらすよりも最低限の動きで敵を薙ぎ払いつつ別の敵への攻撃手段としてしまったのだ。
村の男たちもスキやクワを手にし、盗賊につかみかかる。団長を失い思いがけない反撃にあった盗賊たちはすぐに一網打尽にされ、乱闘の果てに死体の山が出来上がってしまった。空とアレットが相手をした盗賊には生き残りがおり、彼らには残党の有無などを尋問しなければならない。
盗賊の束縛後。
「くそ! 何がどうなってやがる!?」
声を荒げ悪態をつく盗賊に、空は言った。
「あちらの男性、スプラウトさんとご面識は?」
空が顔を向ける先には、ひとりの村民がいるのだが。
「しっ、知らねえな、そんな奴」
「互いに顔を背ける態度で、それは嘘だと分かりました。ですが無駄です。最初から分かっていたことですから」
どういうことだと盗賊とアースが尋ねると、その先はアレットが引き継いだ。
「目つきッスよ。この村の人々は皆食糧不足で飢えている。猟師のガンズさんが動物を仕留めてきても、それを村の人たちに分配するにしたって限りがあり、正直おいしいとは言えないもみ殻のスープばかり飲まされては誰もが絶望や失意に心が蝕まれると言うもの。それは顔つきに、特に目に出やすいものッス。しかしスプラウトからはそういう失意感が見られず、それどころか盗賊のようにギラギラした目つきをしていたッス。今を生きるのに必死な村の皆さんには分かりづらいものッスが、まだ食料に余裕があった、そして村の外から来た自分らには一発でお見通しってわけッス」
「そうです。彼はレッドスコーピオンが差し向けたスパイなのです。だからこそこれまで村の隠し資材まで余すことなく、生かさず殺さず定期的に食料を略奪でき、今回も毒殺作戦を盗賊の団長に報告し、団長は作戦を見破ることができたのです。報告方法はおそらく、食料運搬作業中にスプラウトが団長に手紙などをこっそり手渡すなど気づかれにくいものでしょう。その時点で団長は作戦に気付いたのです。もし最初から分かっていれば、積み込ませる前にこの村ごと焼き払っていたでしょうから」
「もしスプラウトが食料略奪に先駆けて村を抜け出してボスに報告しようとしたら、その時点で自分が射殺する手はずだったッス。さて、言い逃れは?」
観念した様子の盗賊、歯を鳴らしてうつむくスパイ村民スプラウト。
そんなスプラウトに「テメエ、この裏切り者!」と村民が食って掛かる。当然、弁明の余地もなくスプラウトはリンチに処され、やぐらの柱に縛られて全村民に殴られた後、生きたまま駆け付けた保安庁に引き渡された。
「スプラウトの扱い、俺より酷くね……?」
「よかったですね、あなたの相手がわたしで」
「心底そう思うわ……」
そして盗賊の残党も一緒に引き渡された。
数日後。
王国議会『農林水産庁』からの支援物資が届き、しばらくは支援だよりで村民たちは食いつなげそうだ。
村長のアースは、空とアレットに深く頭を下げた。
「ありがとう、お嬢ちゃんたち。いや、呉少尉にドイル卿。おかげで村は救われた。何分こんな有り様でろくな謝礼もできんが」
「いいってことッスよ! この村が復興したら、今度こそおいしいものを食べにくるッス! そッスよね、空?」
「はい。この村のグルメを楽しみにしています」
「うむ、承った。道中ご無事でな」
ありがとうございますと礼を言い、空とアレットは蒸気駆動車に乗り込んだ。その際、次の町まで足りるだけの食糧だけを持って。
道中。
「アレット、次の町はどこになりますか?」
「最寄りだと、またセントラルに逆戻りッスね。そこで食い扶持を稼いで旅支度を整えて、また新しい街に旅に出るとするッス。仕事、何がいいッスか?」
「しばらく戦闘はしたくないので、護衛任務は休もうかと。そうですね、飲食店で皿洗いと言うのもいいかもしれません」
「いいッスねえ。自分は探偵なもんで、この車にカウンターを積んで人々のお悩み相談窓口でも開こうかと」
「お悩み相談とは、具体的にはどのようなものがあるのですか?」
「探偵の仕事と言えば、紛失物捜索、脱走ペット捜索、浮気調査などの身辺調査、殺傷事件捜査などッスね。探偵は武力よりも頭を使うッス。空と同じく、しばらく戦わずに済む日々が続けばいいんっスけど」
と思った矢先。
「はい、怪しいやつ発見」
車脳行く先、大きめの石をゴロゴロと置いて道端で武器を構える男たちがいた。
「このまま猛スピードで突っ切ろうとしたら車が吹っ飛び、減速すれば乗り込まれるッス。どうするッスか?」
「であれば決まってます。彼らも略奪者。『奪うからには奪われる覚悟を決めていて然るべき』かと。それがたとえ、命でも」
「そうッスね。ま、空ならそう無暗に人を殺すとは思えないッス。せいぜいセントラルまで引きずる程度で許してやるッスか」
車を止めたアレットは伸縮棒を手にして車から飛び降り、空も槍を抜いて車から飛び降りる。
「おっ!? 嬢ちゃんたち、やる気でちゅか~?」
「積み荷と車を明け渡せ。そうすりゃ命までは取らねえよ」
「安心しました。ではこちらも、命を奪わない程度に痛めつけるくらいで容赦しましょう」
「そッスね。んじゃ!」
そして、したくもない戦いが始まる。
「……仁義礼智と信の字胸に、誇る力は活人が為。武の道行く我、地鳴らす一歩は天の采配のもとにあり。尋常に勝負。そして食い扶持欲しくば、働きなさい!」