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第二章 海賊強襲 ~何だかいいなぁと思ったのです。~

 海賊船『虐殺のアーダルベルト号』、船尾。

 燃え上がりながら沈みゆくメイフラワー号を、空は憂いに染まる目で見つめる。

 そんな彼女のそばにアレットが歩み寄るのだが、空の心中を察してか何も言わない。だが、先に沈黙を破ったのは空だった。

「これは、生きるための戦いです」

「空?」

「わたしは放浪していた頃、生きるためにクマを殺したことがあります。クマはわたしを敵と認識して襲ってきたのでしょう。放浪していた頃に持っていたサンティーエ帝国の槍で一突き、罪なき命を奪ってしまいました。せっかくなので肉を食料に、毛皮を衣に変えてアルミスセントラルに流れ着いたのですが……、今回もそうだと思わなければ、正気を保てる気がしません」

「人を殺して正気でいられるやつなんて、それこそアーダルベルトみたいな根っからの悪党くらいなものッス。空はそんな奴らと比べるまでもない。今日はとにかく、生きて帰れることを喜んで、うまいもの食って寝るに限るッス」

「そうですね。しかし荷下ろしの確認まで頑張らなければ、それまでが仕事ですので」

「真面目ッスね。それが空のいいところでもあるし、あとはその真面目さに空が潰されないことが大事ッスよ。それだけは忘れないでほしいッス」

「ありがとうございます、アレット」

 ふっと微笑む空に、アレットは「んッス」と答えてデッキを去った。

 ついにメイフラワー号は沈んだ。

 亡き船に、空は拳を胸に当てて黙祷した。

「メイフラワー号。あなたは、素敵な船でしたよ」


 港町アンカーボルト。

 保安庁アンカーボルト分隊に海賊たちは引き渡され、海賊船も海軍へと返還された。海軍はその礼にと新しい船をメイフラワー号の乗組員たちに贈り、それを『メイフラワー号二世』と名付けた。

 冒険者ギルドも生き残った四人の冒険者とメイフラワー号のクルーたちに報奨金を授与し、町長からも別途褒賞された。空の冒険者ランクはFから一気に飛んでCに昇格し、陸軍での階級も『中尉相当非常駐兵』になった。報奨金だけで目玉が飛び出るほどのお金を手にしてしまった空とアレットは、9割を預金して1割残した手持ちで豪華な晩酌を味わおうとしたのだが。

「やあ、空にアレット。遅くなったが、今からアーダルベルト海賊団殲滅祝いをするぞ! さあ来い、とっておきの店を用意してある!」

 と、クリストファーに強制連行されてしまった。

 連れていかれたところは、アンカーボルトでも有名な大衆酒場『エクアトネシア』なのだが、ふたりともどうにも落ち着かない。アレットがクリストファーに尋ねる。

「あのー。大勢仲間が死んだのに、こういう派手なパーティーってありなんッスか?」

「ああ。普通だろ?」

「普通ッスかね!? もうちょっと喪に服すものかと思ったッス」

「まあ、お国や地域にもよるよな。だが船乗りは皆家族だ。ここに家族がいるつもりでわいわい騒ぎ、お前たちが天に召されても幸せにやっていけと、そして俺たちはお前たちの分まで商売という名の社会貢献に従事するから見守っていてくれと、そういう気持ちで宴会を開くんだ。いつまでもしみったれてちゃ、死んだ奴らも死に切れんだろう」

「そういう考えッスか。しからば、自分らも景気よく食うッスよ!」

 そして空も。

「では、クリストファーさんおすすめのお酒をまずは一杯。よろしければそれに合う海の幸もいただきたく」

「いいぞ! よーし、お酒初心者の空には何がいいかな。港町ならやっぱりビールだ。冷えたビールにこの店名物のカルパッチョ! まずはこの王道を味わうべきだな! マスター、注文だ!」

 そして人数分のビールと大皿のカルパッチョが届き、それぞれの皿にカルパッチョを取り分けたら乾杯となる。酒場には同業者もいたようで、「それはご愁傷さまだが、仲間たちを笑って送ってやろうぜ!」「アーダルベルトのくそったれどもを退治してくれたんだってな、祝わずにいられるかってんだド畜生め!」と騒ぎ立てる。同業者たちの騒ぎぶりを見れば、アーダルベルト海賊団がいかに厄介であったか、そしてクリストファーがいかに人望ある船乗りであるかが分かると言うものだ。

「……空?」

「はい」

「何か面白いこと、あったんッスか?」

「いえ、そうではありません。言葉にできませんが、何だかいいなぁと思ったのです」

「何だかいい、ッスか。そうッスね。船乗りは皆家族。本当の家族のように遠慮なく笑い合える、そういう関係って得難いものッス」

「ありがとうございます、言葉にしてくれて」

「んじゃ、自分らも家族になりますか」

 そう言ってアレットは、ビールの樽ジョッキを掲げる。

 空もまた、彼女に応えてジョッキを当てる。

「自分らの未来に」

「家族に、乾杯です」


 そして夜は更けて行く。

 これは永久(とわ)の送別ではない。

 絆を結んだ『家族』は、常に共にあるものだ。


 その後。

 冒険者としては戦いのリスクのないお困りごとのお手伝い系のクエストを受注しつつ港町を観光して回り、町内の荷運びクエストがてら美食を堪能する。その合間を縫って医者を尋ねて記憶喪失の治療法などを尋ねたのだが、「いわゆる『健忘』は治らないこともあるシフトしたはずみで思い出すこともある。手の施しようはないが、日常生活に支障が無いのなら悲観はしないことだ」と言われた。

 ならばと、空は自分の記憶が戻らないことを思い悩むより今を楽しもうという結論を出した。結局やることは変わらないが、知らない過去にとらわれるよりも前を向く方が建設的だとアレットも賛成する。

 そして仕事と観光と美食を味わい、気が付けばアンカーボルト到着より一週間。

八日目の朝、空とアレットの意見が一致して旅立つことを決めた。

 ホテルにて荷物をまとめ、チェックアウト。蒸気駆動車に荷物を詰め込み、忘れ物無きことを確認。地図を見ながらアレットが尋ねる。

「どこかの旅人は、同じ地にとどまるのは三日までというルールを課してあちこち旅をしているそうッス。何を思ってそう定めているかは分からないッスが、まあいつまでもだらだら観光しきれないと惜しんでいるより、キリよく旅立った方が結果として世界を見て回れるかも、ってことッスかねえ?」

「そんな旅人がいるのですね。しかし町の規模によっては、三日は長いか短いか。その町の規模で滞在日数を決め、見るだけ見て旅立つというルールを我々に課すのはいかがでしょう」

「それもいいッスね。アンカーボルトでは海の幸を毎日三食堪能したッスし、次は……、農業の盛んな町なんかどうッスか?」

「それでお願いします。内陸の食べ物が恋しいですね。そう、牛・豚・鶏の肉や、野菜に果物、ソースたっぷりの粉物を味わいたいと思います」

 そう言う空の唇からは、よだれが滝のようにあふれていた。

「おぅ……。んじゃ、北に向かうッスかね!」

「よろしくお願いします!」

 道案内は助手席のアレット。彼女に運転を習った空がアクセルを踏み、蒸気エンジンの音痴な鼻歌を楽しみながら港町アンカーボルトを後にする。

 ここでは様々な冒険があった。冤罪を解き、海賊に襲われ、あたたかな人たちの心に触れ、グルメと美景を楽しんだ。

 次の町はどんなところだろう。どんな出会いがあり、どんな発見があるだろう。

 空もアレットも、高鳴るエンジン音のように期待で胸がいっぱいになる。

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