第二章 海賊強襲 ~食べることがわたしの幸せなのに……~
翌日。
アンカーボルト冒険者ギルド。
空、アレット、アレックスの三人を出迎えたのは、冒険者ギルド・アンカーボルトカウンター長である髭面の老人のタイダルであった。
「ほっほっほ。よーぐおいでなすった。おらがここの長タイダルだ。昨日のことは保安庁の分署長から聞いてるだよ。おめさんも災難だったなあ」
「あっ、いえ。私の方こそ大変申し訳ございませんでした」
署長から聞いているとはいえ、改めて探偵の立場からアレットもアレックスを咎めないでもらいたいと願い出、その甲斐あってかタイダルはアレックスを責めることはなかった。
「ところで依頼の物流ギルドでの長期雇用だが、おらからも事情を話して今日から従事してもらえるよう頼んでみるだ。探偵の嬢ちゃんにも一緒に頼んでもらっていいかい?」
「それはもちろんッス! 困っている人は見捨てない、それが探偵っス!」
アレットに続き、空も。
「同じく。それが武人です」
そんな空とアレットの協力もあって、アレックスは無事に港に拠点を持つ『物資輸送ギルド・ウミネコ定期便』に雇われることとなった。
遅い朝食の後。
「さて、空。昨日は窃盗事件のせいで観光も満足にできなかったッスが、今日くらい観光に費やすッスか?」
「いえ、いつまでもだらだらと観光していてはいつまでもその気分に浸ってしまいます。この世界を知ることは働きながらでもできますし、冒険者ギルドに行って仕事を探しましょう」
「了解ッス。それなら、一緒に受けられる仕事を探すッスかね」
「はい、そうしましょう」
そしてふたりは冒険者ギルドに赴く。アンカーボルトカウンターにて、空は冒険者ライセンス、アレットは探偵ライセンスの腕輪を掲げてクエストが無いかと尋ねるのだが。
「そうですね。今残っているのは荷運びの護衛ですね。しかし新人冒険者である呉様は最低の『Fランク』にございますので、何らかの形で実力をお示しいただかなくては受けられないクエストでございます。ドイル様を含めた、最低二名の推薦が望ましいですね」
「では自分だけの受注はどうッスか?」
「アレット様のお立場であれば、この護衛任務が受注できます」
「そッスか。最低ひとり分は稼げても、とは言え数日空を見知らぬ港町に放って数日かかる護衛クエストを受けるのは」
「……わたしのこと子どもだと思っていませんか?」
「世間知らずであることは変わりないかと」
そこに、ひとりの男性が声をかけてきた。
「俺がそこの嬢ちゃんの実力を保証するぜ」
空とアレットが振り返れば、そこには傭兵と思われる男性がいた。武器は剣。装備は軽装。軽戦士型だ。
「あなたは?」
「名乗り遅れた。見ての通り、元傭兵でBランク冒険者、クラッシュだ。昨日の奴隷商殲滅、見事な手際と実力だった。受付の姉ちゃん、俺からの推薦だ」
「かしこまりました、クラッシュ様。では、ドイル様と連名でこちらに推薦状をお書きください」
クラッシュと名乗る冒険者の推薦のおかげで、空はアレットと共に護衛任務を受注することができた。
「んじゃ、俺は別の依頼に行く。気ぃつけてな」
「お世話になりました。クラッシュさんもお気を付けください」
「感謝するッス!」
そして空とアレットは、依頼主のもとを訪ねた。
『蒸気帆船メイフラワー号』。
ふたりを出迎えたのは、背が高く細身だが引き締まった体を持つ白髪の男性だった。
「ようこそ、ふたりとも。俺の名はクリストファー・ロバーツ。こいつの船長、そして『海上輸送ギルド・メイフラワー』のギルド長をしている。任務は荷運びの間、盗賊たちが荷物を奪わないか、陸上運送屋が商品の窃取や金勘定のちょろまかしなど変な動きをしていないか、そして船に乗って海賊が来たらそいつを追っ払う、とかだな」
「はい、心得ております。ふたりとも戦いは得意ですので、何なりとご用命ください」
「礼儀正しい嬢ちゃんだ。安心して任せられる」
メイフラワー号は輸送船であり、アンカーボルトからさらに南の大陸にあるキュルスという港町に荷物を届け、キュルスで預かった荷物をアンカーボルトまで届けるまでが仕事となる。メイフラワー号はアンカーボルトを拠点とする運送屋であり、受注も発注もアンカーボルトで行っている。
「そういうわけで、頼んだぞ」
「はい」
「了解ッス!」
敬礼に際し、陸軍や保安官など陸での任務にあたる者は右肘を外に張り出すが、船乗りは右腕を引き締めて縦にする。陸軍兵士ではなく冒険者として働く空の敬礼は『拱手(左掌に右拳を当てて「以後お見知り置きを」と示すもの)』であった。
任務開始。
奴隷商の船乗りを駆逐した空の評判が広がったのか、「盗っ人ども、いつもより大人しいな」とメイフラワー号のクルーがつぶやく。それはそれでありがたいと、ほかの冒険者もうなずいている。
リストにある通りの木箱が積み込まれ、チェック漏れがないことをクルーが確認。金銭管理も問題なく、ここまでが従事契約の冒険者とメイフラワー号のクルーが預金のためのお金を持って銀行に行く。
「さて、ここからは船の旅だ。船酔い経験者は?」
「わたしは船に乗ること自体が初めてなのですが」
「構わん、酔い止めがある。気分が悪くなったら無理はするな。海賊が出てきたら戦ってもらいたい。船酔いしないコツは、食べ過ぎないことだ」
その途端、空の顔は真っ青になった。
「食べ……」
「食べ過ぎ厳禁ッスよ! 食べるなとは誰も言ってないッス! 本当に空は満腹になるまで食べることしか頭にないッスね!?」
「食べるのが、食べることが、わたしの、幸せなのに……」
満腹が許されないとはと愕然となる空だが、そんな彼女を見てクリストファーは「こいつ大丈夫か?」と若干不安になる。