第九十七話 新たな皇帝 完
兄上が亡くなった――――
その報せを聞いた父帝は、まるで魂をもぎ取られたかのように衰えていった。
あの強大で揺るぎない皇帝が、息子を失った衝撃に耐えられなかったのだ。
日ごと痩せ細り、御帳の中でただ「煌…」と、亡き兄上の名を呼び続ける。
やがて――父も静かに瞼を閉じた。
天黎を照らした大いなる帝は、最期まで国と子を思いながら逝かれた。
だがその直前、父は私を呼び寄せ、「緋玉鑑親鏡」を差し出した。
「璿よ。これを以て、すべての疑いを絶つのだ」
私は震える指で父の血を受け取り、己の血を垂らした。
その側で、司天監の阿伽が鏡に念を送り始める…
鏡面に広がる緋玉の光――
二つの血は溶け合い、やがて揺るぎない絆を映し出した。
私はたしかに、皇帝李乾徳の子であった。
父は微笑を浮かべ、「そなたは我が血を継ぐ者。天黎を託す…」と囁き、そのまま息絶えられた。
胸が裂けるような思いだった。
兄も、父も、そして凌雪も――皆、私より先に逝ってしまった。
――――なぜ私だけが残されたのか。
だが、その答えは一つしかない。
この命に託されたものを守るために、生きねばならぬのだ。
そして今日、私は玉座の前に立つ――――
殿上の群臣は深く頭を垂れ、広間は静まり返っている。
私は、ゆっくりと歩を進め、その座に腰を下ろした。
「朕こそが、天黎の帝――」
声は震えていたが、同時に揺るぎない決意に満ちていた。
兄の犠牲も、父の想いも、凌雪の命も、決して無駄にはしない。
天黎を守り、民を守り、そしてこの玉座を汚さぬように。
広間に鳴り響く太鼓が、新たな帝の誕生を告げる。
広間に太鼓が鳴り止み、群臣たちが一斉に拝礼する。
「万歳!万歳!万々歳!」
その声の響きに、私は胸の奥で深く息を吐いた。
兄上、父帝、そして凌雪――。
亡き者たちの面影が、玉座に着いた私を見つめている気がした。
私は玉璽を手に取り、静かに、しかし凛とした声で宣した。
「朕の初詔をここに記す。
この玉座は、本来、兄上――皇太子煊王李煌が座るべきものであった。
その卓越した才覚と、誰よりも国と民を愛した心を、朕は生涯忘れぬ。
今より、天黎の暦にその功績を刻み、後世に伝えることをここに誓う。
また、朕の正妃・凌雪。
その純なる心は、己が身を犠牲にしてまで人を守った。
彼女の名を辱めることは決して許さぬ。
その魂は永遠に天黎を見守るであろう。朕は彼女の犠牲を無駄にはせぬ。
天黎の民よ、安じよ。
兄上と妃の遺志を継ぎ、朕は国を守る。蒙成を討ち、景国と和を修め、四方を鎮める。
忠義ある者には恩を、民には安らぎを。
今日より、血の涙に覆われたこの国に、静謐と繁栄をもたらすのだ」
臣下たちの嗚咽が、拝礼の声に混じる。
私は玉座に座したまま、目を閉じた。
――兄上、凌雪。
この詔が、朕から贈る鎮魂の言葉だ。
どうか、天より見届けていてくれ。
こうして私は新帝として初めての詔を発し、天黎は新たな時代の幕を開けた。
その音は、血と涙で刻まれた歴史の終焉であり、新たな時代の始まりだった。
――――私は天を仰ぐ。
蒼穹の彼方に、兄と父と凌雪の姿が見える気がした。
彼らの魂に恥じぬよう、私は歩む。
――寧王李璿は、この日、天黎の新たな皇帝となった。
完
ここまでお読みいただきありがとうございました。
ここで「悠久をめぐる恋」一章は最終回となります。
あと三話100話までおまけがありますので、もう少しお付き合いください。




