表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/100

第九十三話 凌雪の最期


「そこまでだ!!赫連 (かくれん)(けい)!」




砂煙を巻き上げ、一頭の馬が嵐のようにこちらへ突っ込んできた。




その美しい毛並みは風になびき、鍛え抜かれた四肢が力強く大地を蹴る。

全身からほとばしるただならぬ気迫だ。


天を裂くような声と共に、皇太子殿下を乗せた玄風が戦場を駆け抜けた。





白馬に跨る皇太子殿下が、気迫を纏い剣を振るいながら飛び込んでくる。



その殿下の刃が鋭く舞い、撃ち込んでくる矢を次々と弾き落とした。




矢はことごとく砕かれ、地に落ちていく…






――――その御姿は、剣を携えた戦神そのものだ。


噂に聞いてはいたが、まさかこれほどの武を持つとは…


誰もが、その場に立ち尽くし、ただ呆然とそれを見守るしかなかった。





「兄上!!!」





この時寧王殿下の目が、期待に満ちたように見開かれる。




皇太子殿下は、赫連 景を前にして玄風から降りると、彼の正面に剣を突き立てて立ちはだかった。


その眼差しは怒りと憂いに燃え、赫連 景を鋭く正面から射抜いている。




「叔父上を惑わせ、弟を脅し!この天黎を乱すは到底許せぬものではない――赫連 景!」




その声が轟き、戦場にいるすべての兵の胸を震わせた。

蒙成(もうせい)の赫連 景は血に濡れた口元を歪めながらも、必死に剣を構える。




その瞬間、寧王殿下は私を抱き庇い、皇太子殿下と岳珩(がくこう)さんの背後に回った。



戦場の空気は、さらに張り詰めている。

赫連 景は傷を押さえながら、血走った眼で門壁を仰いだ。





「まだだ……煊王(けんおう)の首だけは、必ず落とす!放て――!!!」




絶叫と共に、どこかに潜んでいた残存の兵が一斉に弓を引いた。

空気を切り裂き、無数の矢が皇太子殿下をめがけて殺到する。





「兄上!!」





寧王の叫びが、天空に響いた。





その声にふと横を向いた瞬間、私は不意に矢の軌道を目にする。

降り注ぐ矢の雨の中ただ一筋、意表を突く方向からその矢は飛来して来た。





―――皇太子殿下の背に向かって、確実に迫るその一本。




それを目にした時、胸の奥がえぐられるように苦しくなる。


私は咄嗟に寧王殿下の腕を振りほどき、皇太子殿下に駆け寄った。




「殿下!危ない!!」






「凌雪!!」


寧王殿下の私を呼ぶ声が、この背に呼びかける…





しかし私は、迷うことなく皇太子殿下の背に、自分の身を重ねていた―――




降り注ぐ凶矢は、そのまま私の背に深々と突き刺さる…


この身に鈍い衝撃と共に熱が広がり、世界が赤く染まるのを感じた。





――――皇太子殿下の背にいる私の胸を貫いたのは、たった一本の矢だ。


全身を凍てつくような冷たい痛みが駆け巡り、堰を切ったように鮮血が体から噴き出し力尽きる。


その光景に狼狽した皇太子殿下は、慌てふためき苦痛に顔を歪めると咄嗟に悲痛な叫びを上げた。





「――凌雪!!!」





私に駆け寄った皇太子殿下の瞳が見開かれ、底知れぬような怒りと哀しみで溢れて行く…


その中で、韓昭(かんしょう)さんの剣は稲妻の如く切り付け、岳珩(がくこう)さんの剣は嵐のように舞い、次々と周りの敵兵を血煙の中に葬り去っていた。


その壮絶な様はもはや戦いではなく、二人の人間離れした技が繰り広げる一方的な虐殺のようだ。






その混沌の中ただ一人寧王殿下だけは、私と皇太子殿下二人の背後を庇うように剣を振るっていた。


寧王殿下の背後には、心痛に耐えながら、もはや動けぬ私を腕に抱きしめる皇太子殿下の姿がある。






でも寧王殿下は一言も発することなく、ただ迫り来る敵を斬り伏せ、その悲しみに沈む姿を守り続けていた。





皇太子殿下は強く私を抱き支え、その目にはこらえきれない涙が溢れている。





矢の雨の中私の意識は、目の前の彼の表情を捉えたまま、まるで深い霧の中へと沈んでいくようだった。


――――その時私はただ、皇太子殿下の腕の温もりだけを感じていた。






「なぜ……!なぜ私を庇ったりしたのだ!」






その声は震え、怒号とも嘆きともつかぬ響きだった。

私は震える唇を開き、かすかな息で答える…





「……殿下のお命こそ、この天黎の希望……なのです……」





皇太子殿下の後ろ遠く視界の向こうで、赫連 景が狂気を帯びた眼光を光らせている。


「おのれ…赫連 景…許さぬ!!」




だが皇太子殿下の目が再び鋭く光を放った時、その赫連 景の表情は彼の手によって、炎に呑まれる影のようにかき消されていった…




――――周囲の喧騒は、遠い幻のように霞んでいく。


私は次第に意識が薄れ、優しい温もりに包まれるような安らぎに身を委ねた。


幼き日の記憶から今までの出来事が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。


そして……悲嘆に暮れた皇太子殿下の顔を最後に目に焼き付け、私は静かに瞼を閉じた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ