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第八十三話 地下牢での出来事

静まり返った薄闇の地下牢。


湿った石壁には冷たい水滴が伝い落ち、床には溜まった水が黒く光っている。

空気は重く淀み、かすかな鉄錆の匂いが鼻を刺した。


壁際には、頼りなく揺れる松明(たいまつ)が二本。

炎を小さく揺らしながら、私の影を歪ませている。


その明かりは牢の格子と石壁に縞模様を刻み、息を潜めたような静寂の中で、かえって不気味さを増していた。


牢前には二人の護衛が立っていて、瞬きすら惜しむようにじっと見張りを続けている。

翡翠居の温かな光景とはまるで別世界だ。


そこは、深淵に閉ざされた異空間であった。




――――私は今日、ここに連れてこられた。


きっと戦が始まり、寧王殿下が反旗を翻したことを、父と皇太子殿下に全て気づかれてしまったのだろう。


しかし、予想に反してここはとても温かだ。

充分な敷物や、飲み水も置いてあり体への気遣いも見える。


外の様子が全く分からないのが辛い…寧王殿下は一体どうされているのだろうか。

…私はそっと、手のひらで腹を摩った。


少し前は良く動いていたのに、最近ぴくりともうごかない。

もしかしたら、この状況に怯えているのだろうか…


そんな事を思い、深いため息をついたその時だ。



(りょう)大将軍…」


見張りの護衛の小さな声が聞こえ、足音がゆっくりと近づいてくる。


ふとそちらの方へ視線をやると、そこには父・凌孟昊(りょうもうこう)が憂いを滲ませて立っていた。


「父上…」


私は思わず、側に駆け寄り牢に手を掛ける。


父はその目を微かに揺らし、ゆっくりと一度目を閉じると深呼吸をした。

それからその後目を開き、矢を射るような視線で私を真っ直ぐに見据える。


雪児(せつじ)…」


「……」


「お前が知っている事を、全て父に話してくれないか。」


「父上…」


「あの寧王殿下が、陛下と皇太子殿下に反旗を翻すなど、どうしても理解できぬ。

慶淵王(けいぶちおう)殿下亡き後、無謀としか思えぬ行動なのだ」


「……」


「慶淵王殿下の指揮下にいた兵は、殿下の死後全てこちらに帰属すると思われていた。

しかし、何も変わらずそれどころか天黎(てんれい)の現状は窮地に立たされている」


「……」


「このままでは、天黎は蒙成(もうせい)に攻め込まれてしまうのだ。


しかし、いくら寧王殿下があちらの勢力の面に立とうとも、これは天黎と蒙成の戦。内輪揉めの謀反ではない。


もしも蒙成がこの戦に勝利しても、どのみち寧王殿下は、蒙成の赫連(かくれん)親子に殺されてしまうだろう」


「父上!寧王殿下をお助けする方法はないのですか?!」


「今伝令が、寧王殿下に“雪児が捕えられた”ことを伝えに行った」


「……」


「もしも、寧王殿下がここから先、正気を取り戻してくだされば、それはその後考えよう。皇太子殿下も弟君をみすみす見殺しにはせぬ」


「……」


「陛下も今、驚かれ悩まれている。だが勝てば、ご自身の息子に善処もするだろう。


だから雪児…寧王殿下を説得する為なのだ。事情を全て、父に話してはくれまいか。それがわからぬ事には、こちらは手の打ちようがない!」


「……あぁ…」


私は、どうしてよいかわからなかった。

この胸の中にある、離縁状と寧王殿下が書かれた皇太子殿下への文…



「雪児!!」


「…父上…」


父上は、目が覚めるような大声で、私の名を呼んだ。


「…雪児…頼む…全てを打ち明けてくれないか…。早く…」


父上の、見たこともないようなすがる声…

私はもう…自分一人ですべてを抱える事ができそうになかった。



「父上…。寧王殿下は…死ぬおつもりなのです…」


「なぜだ?!子も産まれ、これからではないか!?」


「……」


「陛下から、お前たちは仲睦まじいと聞いているが。まさか…皇太子殿下との事か…」


そう尋ねられて、私は小さく首を横に振った。


「寧王殿下は………慶淵王殿下のお子なのです…」


「何っ!?」


「なので…(かたき)を取ると…」


「……」


「でも父上…このことが他に知られてしまえば、蘇貴夫人(そきふじん)も無事では済まされません!」


「……」


「寧王殿下は、この離縁状と文を…」


私は胸からそれを取り出し、父に手渡す。

父はそれに一つずつ目を通すと、小さな声で「それほどまでに…」と…


「お前はこれで助かるかもしれぬが、殿下は…」


「父上、お願いでございます!寧王殿下をお助け下さい!私の事などどうでも良いのです!」


「……」


「殿下をお助け下さい…お願いします…」


「雪児…」


泣き崩れた私に、まるで小さな子供に話しかけるかのようにして声を掛ける。


「雪児…すまない」


父はそう言うと、その文を二つとも手に持ったまま踵を返し、地下牢から立ち去った。


その言葉には、私への配慮以上に、自身の責任を全うせんとする覚悟が滲んでいたように思う。

父は将軍として、きっと私情を挟まずに対処するだろう。





それを呆然と見送り、私はしばらく考え込む―――


父上はあの文を、一体どうするおつもりか。


皇太子殿下へ一つは手渡されたとして…離縁状は不本意だ。

私は死ぬまで、寧王妃でいる覚悟がある。



なのに…



そんな事を暫く、とりとめもなく考えていた。


どれくらい時が過ぎたのか―――


「凌雪…」


その時ふと顔を挙げれば、そこには皇太子殿下が立っていた。


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