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第七十九話 その時を待つ日々

私が覚悟を決め、叔父の開く「青霧(せいむ)()」の会に出席すると、そこで私は慶淵王の「実の息子」だという事が、皆に公言された。



そうすることで、信頼が生まれ結束が強くなることを目論んだのかもしれない。


恐らくその事実を知っていたであろう韓清之(かんせいちん)は、私が賛同することによって、自分の娘の行く末を、いくらか安堵したように見えた。


そこで私は全ての計画を聞かされたが、一番驚いたのは蒙成国(もうせいこく)とはかなりの連携ができていた事だ。


あちらから届いている文の数もそうだが、その会には「蒙成国」の将軍も二人集っていて、蒙成軍の情報をかなり綿密に共有している。



―――これでは…父帝と兄上は、本当に廃位されてしまうのではないだろうか‥‥。



私は帰宅後、寧王府にわが軍の三人の参謀を集める。

張季衡(ちょうきこう)韓文通(かんぶんつう)林瑛(りんえい)の三名だ。

彼らは我が軍の、軍師・参謀長、騎兵隊総長、隠密長で、軍の要だった。


書房に集められた三人は、神妙な面持ちで私の前に並んだ。



「今から話すことを、心して聞いて欲しい。もしも、私の話に納得が行かなければすぐに申し出よ。不服があったとしても決して悪いようにはせぬ」


三人は胸の前に手を組み、一斉に頭を下げ一礼した。



「此度、この天黎において戦が始まる。それは皆もうすでに周知しているであろう。陛下の命が下り、我が軍も戦支度を始めている事と思う」


「はい。軍営では、戦への準備は順調で、食糧確保もほぼ終わっております」


張季衡が真摯に答え、私はそれに小さく頷く。


「この度、天黎軍の動きを全て頭に入れていると思うが…」


三人は、私の口から何が言われるのかと、息を飲んで佇んでいた。


「私は…陛下ではなく、慶淵王軍に加勢しようと思う」


「殿下!それは成りませぬ!」


いち早く口火を切ったのは、張季衡だった。


彼は軍師であり、我が軍の最高責任者だ。陛下の為に忠臣を誓い、他の戦でも常に先陣を切って来た。そんな彼が、動揺を隠せないのは当たり前の事だった。


「殿下…そんな事をすれば殿下のお命もございません。その事がもし先に陛下のお耳にでも入れば、いくら皇子(おうじ)の殿下とは言え、ただではすみませぬ!」


韓文通が、一歩前に進み出て私に向かって声を張り上げた。

林瑛は、黙ったまま私の顔を正面からじっと見つめている。


「皇子か…」


「慶淵王殿下は、決して抱いてはいけない逆心を持たれたのです。絶対にそこに賛同してはなりませぬ!」


韓文通が、涙目で私に必死で訴える。



「…私は…陛下のお子ではないのだ」



「……。」

「……。」

「……。」


私の思わぬ言葉に、三人は呆然として押し黙ってしまった。


これから私が何を話そうとも、三人はもしかしたら最後まで聞かず、すぐにでも陛下の元へ走るかもしれない。

でもそれは、彼らにとって当たり前の任務だ。

裏切りでも何でもなく――



それが彼らの、責務なのだ。



―――だが…私は言わなければならない。



「私は…慶淵王殿下の子である」


その一言に、三人は一斉に息を飲み目を大きく見開いた。

驚きのあまり、何も声にならぬ様子だ。



「私自身も、この事実を知ったのはほんの少し前の事。

初めは半信半疑であった…。

恥ずかしながら、これは母の不義理でもあり命にもかかわる。ゆえに決して誰にも打ち明けまいと、姑息な気持ちを抱いていたのも事実だ」


「……。」

「……。」

「……。」


「数日前に、私は兄上に”必ずや力になる”とそうお答え申した。

例え、陛下のお子ではないにしても、それが”寧王”としての私の役目だと…信義を貫こうと思っていたからだ。しかしながら私は…実の父を討たねばならぬと言う現実を到底受け入れがたく…私は……」



思わず後ろを振り返り、そこにあったつくえに手をつくと、涙がこぼれそれをそっと指先で拭う。


「殿下…」

「……。」

「……。」



「すまぬ…。私はこれから…お前たちに陛下への背信を指示することになるだろう。もしそれが認められぬと言うのならば、お前たちは今まで通り、兄上の軍との連携しそのまま指揮を執り、己の忠義に従って欲しい」


「殿下は…どうされるのですか…」


張季衡が、震える声で尋ねて来る。



「私は…一人ででも、叔父上の所へ行こうと思う。なので遠慮なく申せ」


「私は…殿下の臣下です」


その時、林瑛が重い口を開いた。


「林瑛…。」


「私は…今まで殿下に忠義を尽くしやってきました。お役に立てるかわかりませんが、私は最後まで殿下と共に参ります」


「林瑛…無理をするな…」


「無理はしていません」


彼はそう言うと、もう一度胸の前で腕を組み、深く一礼する。



「殿下…我が騎兵隊も最後まで殿下にお供いたします」


「私も…殿下の指示に従います。殿下の御高誼(ごこうぎ)は、我らの心に深く刻まれ、万死ばんしに値する恩義と存じます」


韓文通の後に、軍師の張季衡も続き、三人は一斉に腕を前に組み、深く頭を下げる。


「お前たち…」


私のしようとしている事は…決して誰にも許される事ではあるまい…。

だが…彼らはそれに忠義を尽くすというのか…。


「すまない…」


私はそれに、そう答えるのがやっとだった。




―――私は、それから兄上との軍会議にも顔を出し、天黎軍の動きも全て把握した。


その為、叔父上を先に蒙成に逃亡させることにも成功し、今や両国の緊張状態は極限まで高まっている状態だ。



「寧王…おそらくこのままだと、五分五分の戦いだ。寸部の油断がこちらの命取りになる」


神妙な顔の兄上の横顔を見ながら、私の中で、兄上に対する気持ちが冷ややかになっていくのがわかる。



幼き頃から何事にも秀でていた兄上に、私が敵うものは何もなかった。


軍略図を広げながら、凌孟昊(りょうもうこう)や、他の将軍たちと軍会議をしている様子を見ていても、兄上の作戦は流石だなと思う。まるで戦の神のようだ。


英知に長け、人望もあり、冷静沈着で…そして高潔だった兄上が…



凌雪にはあのように心乱された事…


それが唯一の瑕疵(かし)だ。



廬山峠(ろざんとうげ)翠陽原(すいようげん)黒襲門(こくしゅうもん)の攻撃から凌雪を守り抜き、自分の怪我も省みず、そして…常にその目は凌雪を追っていた…。


…そして媛羅との交宿を拒み続けた事…

それから…男である蕭烈微を娶ったふりをした事。皇太子としてあるまじきその愚挙は、全て凌雪の為だった…。


「聞いているのか?寧王」


「え?あ…はい兄上。すみません…」


「此度の戦では、凰影門(おうえいもん)はもう叔父上の手にあるため機能せぬ。だが、あそこは蒙成の入り口。なので寧王の軍には、あの場所を堰き止めて欲しい」


「…はい」


「その間に、西から攻めて来る辺境の軍を、私の軍で対処する」


「皇太子殿下。そこは私の軍が。辺境の蒋玄庭(しょうげんてい)は私の部下。よってその手の内は誰よりもわかっております。なので殿下は景都をお守りを。もしも凰影門を蒙成が突破すれば景都が血の海になります。そのようにならぬよう、全てを国境で食い止めねば」


凌孟昊が神妙に答える。

兄上は、少し考えてからそれに一つ頷いた。


「わかった。では蒋玄庭の動きについて、もう少し詳しく策を立てよう。

後、凰影門は兵の数が二万足らず…寧王の兵は半分そちらに向かい、半分は景都に残らせよ」


「わかりました」


私は、平然とした顔で兄上に答えると、この後もずっとそこで全ての策を頭に叩き込んでいた。


寧王府に戻ると、それを全て文に書き記し、叔父上の細作(さいさく)魅影(みえい)に託ける。

彼女は、私が皇宮での軍会議に出席する日の夜は必ず寧王府に忍んできた。


凌雪は、ただ淡々と毎日楽しく過ごしている。


穏やかに、蘇璃や神医と過ごしている様子を見ていると、まるで戦の事など嘘のようだ。


このまま無事に子が生まれる事を祈ってはいたが、運命の日は、刻一刻と近づいていた。




私はその日、雲一つない寧王府の上の青空を、中庭で見上げる。

初夏のまぶしい日差しが、温かく私を包み込み、生きている事を実感させた。


大きな深呼吸を一つして、そこにある穏やかな気を感じる。




「殿下?」


そこへ神医を見送った凌雪がやって来て、私に声を掛けて来た。


「凌雪…。なんだかずっと何年も顔を見ていなかったような気がする」


「大袈裟ですね、殿下は」


そう言って笑った凌雪の肩を、私は笑顔で抱き寄せた。


「殿下…子が腹の中で動きました」


「まことか?」


「はい」


そう言って笑った凌雪の顔を、私は一生忘れないだろう…

誰よりも可愛らしく、清らかで…優しかったその笑みを…


「早く、父に会いに来るのだ」


そう言って、彼女の腹の前に顔を寄せ声を掛ける。

ーーーこの穏やかな日常が、もうすぐ崩れ去ろうとしていた。


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