第七十二話 揺さぶられる信義
あれから叔父上は、辺境の蒋玄庭や、大臣の韓清之、獄風や、狼牙寨の熊覇などを王府の地下部屋に集め、何度も密談を行っていた。
どうやら謀反の計画を、着々と進めているようだ。
しかし、最後の砦の私が、どうしても首を縦に振らないため叔父上は焦っていた。
軍営には足しげく通い、私に会いに王府にも度々来る。
今日も、自分の軍営には、ほんの少しだけ寄った後、すぐに寧王府に来たらしい。
私は書房で、”もうすぐ兄上が蒙成国の皇帝陛下に、親書を携え訪問する”と聞かされ、叔父上に“本気で蒙成国を巻き込むつもりか”と尋ねたその時だ。
「後は寧王が兵を出すと言えば、全てが進んで行くのだぞ!」
「私は、凌雪の為にも、子の為にも、兵は出しません」
もし私が、叔父側に付いて兵を出すとする。
そして、この天黎で戦が始まれば、陛下に付く義父の凌孟昊を敵に回すことになるだろう。
私は凌孟昊と“凌雪を守る”と約束したのにだ。
それに、もしも叔父上側に付いて謀反が失敗したらその時は…私も凌雪も、その子も処刑だ。
「お前は女々しいのだ!いつまでも、凌雪の機嫌を取ってばかり」
「自分の子を宿している愛妃に、冷たくする理由があるのですか」
「凌雪の子の父親は、皇太子かもしれないではないか!私はそれが我慢ならぬ!」
「そのような確証はどこにもない。それに今兄上は蕭烈微と仲睦まじいではないですか」
私はそう言うと書房の扉を開け、寧王府の回廊へと歩き出した。これから、皇宮の陛下の所に行かねばならぬからだ。
それを叔父上が追いかけるようにして、後をついてくる。
「煊王は、上奏文まで書いていたのだぞ。そう簡単に二人が切れるはずがないではないか!」
「私はもう、上奏文の事はどうでも良いのです。凌雪は本当の事を話してくれた。下手に隠すよりもよっぽどいい」
「凌雪なら、何をしても許すのだな。なら皇太子の子でも、許すと言うのか!」
「もし子が本当に兄上の子なら、私だって許しません。それが簡単に許せないのは、人として当たり前の感情だ!」
「ほれみろ。それが本音ではないか。なら私が証拠を持ってくる」
「だから、違うと言っているではないですか!凌雪の子は叔父上からしたら、孫ですよ!」
「孫?」
「もうこれ以上、兄上の事を逆恨みして、凌雪を責めるのをやめてください。私は兄上の上奏文の事ももう、納得しています」
「はんっ!そんな事を言っているから、いつまでたっても皇太子に舐められるのだ!」
「別に、舐められても構いません」
「舐められているから、凌雪に手をだされたのだーー!!」
「……」
「子は親に従うものだぞ!蒙成国と密約もある、あとはお前が兵を出すだけなのだ。そうすれば李乾徳の天黎は滅びる!政権交代だ!!」
「…本気なのですか…」
「お前もこちら側に付けば、凌雪を守れるではないか」
「凌雪を?」
「そうだ、そんなに大切なら、こちら側で兵を出せば凌雪を守れるのだ」
「……」
「遅かれ早かれ、天黎との戦のあと、蒙成国は景国を攻めるらしい」
「……」
「景国の国力が、弱まっているこの時しか機会はないからな。
今、誰もが景国はかつての強国、三十万の兵が動かせると思っている。
そう見せかける事で、景国も自国を守って来た。
しかし今や、半分の十五万の兵しか起動しておらぬ」
「それでも私は、自身の信義に背くことはできません!義父上とも約束したのです!」
「どうしても兵を出せぬと言うのなら、お前も李乾徳と李煌と共倒れになるぞ。そうなれば、どっちにしても凌雪と子も死ぬ!そんなに凌孟昊が気になるなら奴だけ政変後、罪を軽くすればよいではないか」
「叔父上!」
「もうこれ以上待てぬ!皇太子が蒙成国の皇帝に会う時、“蕭烈微の妹を返さぬ”と返事をするはずなのだ。
そうすれば天黎は、すぐに景国と一丸となって蒙成国を攻める。そうなれば私の赫連景との密約も破棄になるのだ!!それでは、今までの計画が、全て白紙になってしまう!」
慶淵王は実の父であり、私は本来なら“子”として、叔父の力になるべきなのだろうが…
“政変を起こす”と言う、理由が理由なだけに、“父帝と兄上を裏切ってわが軍を動かす”と言う決断が、どうしてもこの時できなかった。
その後、私は皇宮で、凌媛羅に偶然会う。
彼女は覇気のない顔で、ふらふらと回廊を歩き、それを不審に思った私は、金鑾宮の前で声を掛けた。
「凌媛羅、一体ここで何をしているのだ」
「あ…これは、これは…寧王殿下」
「一体どうしたのだ…その恰好は…?」
かつて艶やかだった髪を、結い上げることもせず、絡まりほつれた髪が、風に揺れるたびに彼女の異様さが際立つ。
衣は泥のような何かがつき、裾は引きずったまま。
「殿下も…凌雪を手放されたのですね」
「何?」
「凌雪は…今でも皇太子殿下と会っていて、皇太子殿下は凌雪を狂おしく慕っていて…私は、捨てられてしまいましたとさ…」
「一体何を言っているのだ。気は確かなのか?凌媛羅」
「凌雪の腹の子は、煊王李煌の子でございます」
「また何を根拠に、そんな事を!」
私は、彼女の様子が異様で、頭がおかしいのかと思いつつ、その言葉を真に受け血が上る。―――今一番聞きたくない言葉だからだ。
叔父上といい、凌媛羅といい…
一体何なのだ!この国には、誰も私や凌雪の味方は、いないのか。
「殿下…蕭烈微は、男でございます」
これは、いよいよ頭がおかしくなったと思い、私は凌媛羅から背を向けようと踵を返したその時だ。
「蕭烈微は、男なのでございます。皇太子殿下は、凌雪の為に男を正妃に迎えたのでございます。凌雪以外の女子には見向きもしませぬ~」
「大丈夫か?!凌媛羅!しっかりするのだ!凌媛羅!!」
私は、凌媛羅が気が触れていると思い、彼女の肩を両手で掴み、名を何度か呼んでみる。宙を見たその目は、ゆっくりと私の方を向きそして不敵に笑った。
「子はいずれ寧王殿下から離され、本当の父の元、この天黎の世継ぎになると。そう天のお告げがあったのです~~」
「凌雪の子は、私の子だ!」
「そう信じたいのは、寧王殿下だけ」
「うるさい!」
「私も…この広い皇宮で…凌雪の身代わりなのです…」
「身代わり?」
「あの交宿の日は偽りでした。皇太子殿下は何度も凌雪の名を呼び…。私を身代わりに…」
「黙れ!もう聞いておれぬ」
私は感情的になり、凌媛羅の肩を突き飛ばすと、そのまま踵を返し皇宮を後にした。
母上は母上で、手のひらを返したように、凌雪は裏切り者だとか、皇太子だけは許せないとか会うたびに言い、宮女たちは皆ひそひそと、「寧王の子は皇太子の子」と噂する。
叔父上は、初めこそ私から凌雪を切り離そうとしていたが、徐々に「孫ではないか」と思い始めたらしく、今度は凌孟昊を切るようにと言いに来る始末だ。
私にとってこの頃、隣にいる凌雪の笑顔だけが、心の癒しだった。




