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第六十二話 皇太子と凌雪の秘密

ある日、凌媛羅(りょうえんら)が、我沈貴夫人(しんきふじん)と茶会をすると装い、慶淵王府を訪れる。

本当は、どうやら私に話があるらしく、その足で執務室を訪ねて来たが、大層機嫌が悪い。


「それで、何の話なのだ」


どうせ凌媛羅(りょうえんら)は、皇太子が蕭烈微(しょうれつび)に熱を上げていることについて、気が気でないとでも言うのだろうが、私にとってそんな話は、もはやどうでもよかった。


むしろこれからは、李璿(りせん)が“私が実父である”と言う真実を知ったことで、計画はより進めやすくなるはず。


凌媛羅など、大した情報も持たぬ上に、ただ目障りなだけだった。


初めは、皇太子の情報を得る為、凌媛羅も利用できたが、兵の準備も進み、後は寧王の囲い込みだけ。


間者の調べでは、景国はかなり国力も落ちている。30万どころか、今や15万ほどしか兵を出せないそうだ。


それに私は、狼牙寨(ろうがさい)狼主(ろうしゅ)熊覇(ゆうは)と手を組むことができた。


狼牙寨は、獰猛で危険な勢力で、山間部などに築かれた要塞化された村や砦を拠点とした、外部から隔絶された独自の勢力圏を持つ自治区だ。


それは景国(けいこく)天黎(てんれい)国、蒙成(もうせい)国が、最も警戒している民族でもあった。


その力が加われば、景国が皇太子に兵を出したとしても、我側の兵も負け劣らぬ算段が付く。


熊覇(ゆうは)との密約は、私の計画に確かな重みを与えた。

長年、誰も手出しできなかった、狼牙寨(ろうがさい)の戦力が味方についたのだ。


奴らは地の利を活かし、まさしく獣のように戦う。正規軍の規律とは異なる、予測不能な彼らの動きは、景国の兵を攪乱するだろう。


もちろん、彼らの力を借りるには相応の代償が必要となるが、それも全ては天下を手中に収めるため。取るに足らぬ犠牲だ。もはや、この流れを止められる者はいない。あとは時が熟すのを待つばかり。凌媛羅のくだらない詮索など、私の目指す高みから見れば、埃ほどの価値もない。


「殿下は、私のため凌雪(りょうせつ)を葬って下さると、お約束してくださいました!」


「しかしあれは、寧王が凌雪を娶る前の話ではないか?今や李璿(りせん)は凌雪に骨抜きで、迂闊(うかつ)に手出しすれば、私が恨まれかねない」


「それでは、先に蕭烈微(しょうれつび)を始末してくださいませ」


「何!?お前はどうかしている!たかが皇太子の女の一人や二人!」


「されど、お約束です!」


「ならぬ!今蕭烈微に手を出せば、景国が黙っておらぬ!」


今この時期に、景国に攻め込まれれば、全ての計画が水の泡で終わってしまうではないか。

蕭烈微を殺されて、景国王が天黎の失態を追及してくればその時は…

天黎が痛手を負い、政権交代どころではなくなってしまう。


「私は…どうやっても皇太子殿下には、振り向いてもらえないのですか…」


凌媛羅は震える声でそうつぶやくと、私の前で膝をつき泣き崩れた。


まったく…!皇太子も適当に、凌媛羅の相手をしていればよいものを。あの親子は、それができないのか。


皇后に熱を上げていた李乾徳(りけんとく)が、蘇貴夫人を蔑ろにしたように、皇太子も蕭烈微に熱を上げ凌媛羅を蔑ろに…


「あぁ…わかった。わかったから、もう泣くではない」


「……」


「蕭烈微の事は、何とかしよう」


そう言って時間稼ぎをするしかないな。

そのうち凌媛羅の口を封じねばなるまい。本当に面倒な女に、関わってしまった。


私の言葉で、凌媛羅は顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃになった顔には、それでもわずかな希望の光が宿っている。


「本当でございますか、慶淵王殿下……!」


その声には、すがるような響きがあった。私は内心で舌打ちしながらも、表面上は穏やかな笑みを浮かべた。


「ああ。そなたの苦しみは理解する。皇太子の寵愛を取り戻すため、私が手を貸そう。だが、これ以上、余計な騒ぎを起こすではないぞ」


凌媛羅は何度も頷き、感謝の言葉を述べた。


蕭烈微を始末するなど、本気で考えているわけがないし。景国との全面戦いくさなど、今の私には最も避けたい事態だ。

せいぜい、皇太子の目を蕭烈微から逸らす程度の策を弄し、凌媛羅を一時的に満足させるだけのこと。


そして、この女がこれ以上、私の邪魔をするようなら……。

私は、立ち上がって部屋を出ていく凌媛羅の後ろ姿を冷めた目で見送った。

彼女が去った後、静寂を取り戻した室内に、私の冷たい笑いが響く。


「はんっ!お前など、利用価値がなくなればそれまでだ!」


あの愚かな女は、自分が利用されていることにも気づかぬまま、自ら破滅の道を歩んでいるのだ。私の計画に、これ以上の障害は必要ない。


時期が来れば、凌媛羅もまた、天下を手中に収めるための、取るに足らぬ犠牲となるだろう。この様子ならその日は、そう遠くないな!


それよりも李璿だ。

韓清之の娘を側室に娶らせても、凌雪への寵愛は変わらず、こちら側に耳を貸そうともしない。

このまま寧王の軍が動かねば、計画は頓挫する。

何としてでも、寧王をこちら側に就かせねば…


だとすると、凌雪と寧王を引き裂くしかなさそうだが、一体どうすれば…


結局皇太子が凌雪を慕っていただけなら、寧王には痛くもかゆくもなかった。

そして今や、蕭烈微に目移りしているなどとなれば、皇太子は使えぬ。


私としては、蕭烈微よりも、先に凌雪を始末したいくらいだ。

何とかならないだろうか…。

それから数日後、私は細作(さいさく)(スパイ)の魅影(みえい)を使って凌雪の弱みを調べさせた。


寧王の為に、命は取らないまでも、何か言う事を聞くような、弱みがあればそれに越したことはないと思ったからだ。


それに私も接してみると、凌雪は心優しい良い娘で、蘇貴婦人の言うように、息子寧王の幸せを考えたら悪くないような気がしないでもない。


しかし、凌孟昊の娘であるがゆえ、寧王が謀反を起こすのを許すはずもなく…


「ああ!!凌雪が、韓清之(かんせいちん)の娘なら良かったのに!!」


私が、そう言って目の前の軍報を叩きつけたその時だ。



「殿下」


魅影(みえい)!待っておったぞ。何か収穫はあったのか」


「はい。とんでもないものが見つかりました。皇太子殿下と凌雪は間違いなく関係があったようです」


「何?!それは(まこと)なのか!!」


「はい、これが動かぬ証拠でございます」


そんな私の所に、魅影が驚く物を持って来た。

それは、皇太子煊王李煌(けんおうりこう)が書いた上奏文だ。


それは媛羅との婚姻を破棄するものと、寧王李璿と凌雪の婚姻を取り消すものだった。



「これは…」


「おそらく、皇太子殿下は凌雪と恋い慕い合い、寧王殿下との婚姻を取り消されようとされたかと」


その上奏文を読みながら、私は手の震えを止める事ができずにいた。


我が息子寧王李璿(ねいおうりせん)の愛妃が、皇太子と…


「凌雪も…皇太子を慕っていたと言う事か…」


「はい。これを見つけ詳しく調べたところ、婚姻で太子府に移られる前、煊王府(けんおうふ)には凌雪の姿があったと…。従者の者が…」


「……」


「皇太子殿下は、絵にかいたような品行方正で有名ですが、婚姻の数日前妓楼(ぎろう)に行かれたと証言したものがあり、その妓楼を少し調べてみました」


「皇太子が妓楼??」


「はい。皇太子と妓楼が結びつきませんでしたので、不審に思ったのです」


「……」


「そして、孤峰(こほう)(男の細作)に妓楼へ潜り込ませ、事の次第を調べましたが…驚くことがわかりました」


「それはなんなのだ!」


「皇太子殿下は瑞祥寺(ずいしょうじ)で、その日凌雪と婚儀を行ったそうです」


それは、言葉にならない衝撃だった。

まさか…あの小娘がそんな大それたことを李璿に隠れて行っていたとは…


思わず上奏文を握りつぶし、私は魅影に迫った。


「煊王が婚儀??何かの間違いではないのか?!一体どうすればそのような事ができるのだ」


「いえ。妓女(ぎじょ)の一人から聞き出したものです。孤峰が脅したわけでもありませんので確かな情報かと。その日の皇太子の不在證(ふざいしょう)(アリバイ)を証明するために客を取らなかったと。妓楼に行くふりをして二人して瑞祥寺で落ち合っていたのです。凌雪は祖廟(そびょう)に参ると言って同じく寺に」


「……」


「殿下。この上奏文がなくなった事に、凌雪が気づくのも時間の問題かと。一刻も早く寧王殿下に、お知らせいただきたく存じます」


「え…あ…あぁ…」


私の返事を聞いた魅影は、小さく頷き一礼すると、音もなくその姿を消した。


私は、皇太子が書いた上奏文を強く握りしめると、頭から血の気が引いていくのを感じる。


おのれ…皇太子煊王李煌(けんおうりこう)…!!


どこまで李璿を馬鹿にすれば、気が済むのだ。


幼き頃から、弟としてかわいがるわけでもなく…文武において勝るからと、いつも李璿には傲慢な態度で…許せぬ!!


凌雪は寧王が望んだ唯一のものではないか。それを…何食わぬ顔で皇太子を装い、寧王をあざ笑っているとは…。


だから私が何度も言ったのだ。蘇貴夫人も寧王も盲目になりおって!!


あの小娘は…凌媛羅どころの騒ぎではない…寧王妃を気取りながら、腹の中で李璿を笑っているのだ…

ウサギの皮を被った女狐なのだ!!


「誰か!!誰かおらぬか!!」


「はい」


「すぐに寧王を、ここへ呼べ!今すぐにだ!!」


私は居ても立っても居られず、すぐに寧王を呼ぶように従者に声を掛けた。


軍営にいるらしく、それから二刻ほどまち寧王李璿が慶淵王府を訪れる。


そして私は、皇太子煊王李煌が書いた上奏文を目の前に突き出し、魅影から聞いた全ての事を説明した。



「これを見よ」




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