第六話 思わぬ騒動
春冠祭りで出会ってしまった二人…
ついに物語が動き始めました。
誰かに腕を掴まれて、咄嗟に声を出して叫んだ。
「きゃぁ!!」
驚きで息が止まりそうになってしまう。
とっさに出た私の叫び声に、少し離れていた所にいたさっきの彼が気付き慌ててこっちを振り向いた。
手に持っていた剣を抜くと、咄嗟に走り出す。
私は一瞬で花河のほとりに引きずられ、気づくと黒装束の男が、背後で腰に細い冷たい剣を突き付けていた。
「…皇…の女だな…」
後ろから羽交い絞めにしている黒装束の男は、私の耳元でそうつぶやいた。
でも声が低いのと、舞の音楽と…それに動揺しているのとで、なんといっているのかよく聞き取れない。
「韓昭!韓昭!どこにいるのだ!」
香袋の彼はそう大きな声で誰かの名を叫び、こちらに向かって走ってくる。
羽交い絞めにしてきた男と剣を交え始め、私の横から男を切り倒した。
すると今度は次々に黒装束の男達が現れ、彼をただならぬ気配で取り囲む。
―――これではあの人が、みんなに殺されてしまう。
そう思って助けを呼ぼうとしても、恐ろしさのあまり全く声が出ない。
「殿下!」
今度はさっき声を掛けてきた兄の友人が、すごい速さで駆け寄ってきたかと思うと、彼を守りながら、颯爽と数人の黒装束の男に立ち向かっていき、一人で次々と切り倒していくではないか。
私は、前から来た逃げようとした男に突き飛ばされ、その姿を呆然と震えながら見つめていたら、その横から今度は兄が慌てて私の方に駆け寄ってきた。
「雪児!大丈夫か!!」
「兄上…」
「早くこっちに来るのだ、雪児!」
兄は慌てて、少し離れた安全な場所に私を抱えて連れて行くと、そこに座らせ頭や顔を恐れながら確認した。
「どこもケガしてないか?え?痛いところは??」
驚いて声が出ない私よりも 兄の方がずっと動揺していた。
「大丈夫…」
「ごめんな。私が目を離したばかりに…こんな事が起きるなんて」
私を抱きしめ背中をさすってくれている兄は、心から悔いている。
辺りは騒然とし、いつの間にか香袋の人と兄の友人は一緒に消えていて、思わず私はきょろきょろと周りを見渡した。
「兄上、さっきの韓昭さんって…」
「え?あ、特殊部隊にいる私の友だ」
「特殊部隊?」
怪訝な顔で見つめる私を、兄は話をそらそうと思ったのか、とりだした布巾であわてて私の顔を拭こうとした。
特殊部隊っで…それにしてもあの剣の腕前はただ物じゃなかった。
…さっき“殿下”って聞こえたようなきがする…?
気のせい…だったのかな…
「私と一緒にいたあの人、無事だったかしら」
「お前、なんで皇…あの人といたのだ。私はじっと待っているように言っただろう」
「舞を見ていたら、人ごみに押されてしまったの。
あのみんなが持っている赤い糸が、髪とか簪に絡まって本当に大変だったのよ」
そう言って唇を尖らせたら、兄は困ったような顔をして笑った。
「そうしたら、そこにいたあの人の頭にも、私の糸と絡まってしまって…だから取ってくれていたのだけど…」
「一人でいたのか?」
「だって、兄上が待っていろと」
「いや、その…糸を取ってくれた人が」
「うん、一人だったわ。
連れの人が”舞の糸を取ってくる”って、舞の輪に入ってしまったって」
「そうなのだな…」
何かを考えるようにしてため息を一つついた兄は、 私の手を取るとそっと立ち上がらせ、“家に帰ろう”とそう言った。
蘇璃が遅れて、甘酒を手に走ってきたけれど、私の様子を見て悲鳴を上げて驚き、結局兄がなだめ三人で無事帰路に就く。
黒装束達も普通じゃないけれど、剣裁きからしてみんな素人じゃなかった気がする。
父や兄たちを見ているからわかる。
熟練した、”剣術にかなり長けている人たち同士”の切り合い。
もしかしてあの香袋の人は、誰かに命を狙われているのかしら…
――すごく怖い…。
咄嗟に、私を助けようとしてくれたけれど、怪我とかしていないわよね。
…大丈夫だったのかな…
「でも、どうして私があんな目に…」
つぶやいた私に、兄の目がわずかに曇った。
それに兄は答えぬまま馬車は揺れ、春冠祭の喧騒が遠くなっていく。
家に着くと、皆が心配して出迎えてくれた。
私たちの話を聞いた父が、血相を変えて兄だけを書斎へ呼ぶ。
「雪児はお部屋で休んでいなさい。疲れたでしょう?」
母がとても心配して、優しく背中や頭をさすってくれた。
するとそこへ姉も浮かない顔で、春冠祭から戻ってくる。
「あら?媛羅も?早かったのね。殿下は…」
「父上と母上に、よろしくとのことでございます」
そう軽く頭を下げると、私に「…偶然なのかしら」と、少しにらんで自分の部屋へ行ってしまった。
「姉上、なんだか怒っているみたい。殿下とは楽しくなかったのかな」
「怒っているなど気のせいですよ。
でも殿下と何かあったのかしら?あんなに喜んで出かけたのに…」
母はそうため息をつくと、立ち去る姉上の後姿を二人で見送る。
その後ろ姿には、失望が滲んでいて、それ以上私たちは声を掛ける事が出来なかった…




