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第五十八話 蕭烈微への違和感

父帝から“寧王が韓碧心(かんへきしん)を娶るらしい”と、聞いた私は、動揺しながら東宮の執務室に戻った。


韓碧心の父親は韓清之(かんせいちん)で、韓清之は慶淵王の学友であり親友だ。そして明らかな慶淵王側の人間だった。


その娘を娶るという事は、寧王が完全に慶淵王と繋がっているという事になる。


慶淵王は凌孟昊(りょうもうこう)をずっと疎ましく思っていて、“凌孟昊さえいなければ”と思っているのはあからさまだった。


寧王は、凌孟昊の娘を正室に、韓清之の娘を側室に迎える。


どちらも陛下に弓を引く意図と見なされかねない縁談であり、寧王にとって、これ以上ないほど最悪な選択だ。もしや慶淵王は、次に凌雪の命を狙うつもりではないだろうな…。


――なぜそのような事態に…。


それに、こんなに早く韓清之の娘を娶るならば、寧王はなぜ凌雪を娶ったのか。


そんな事を思い巡らせながら、ふと窓の外を見ると、そこから見える映月亭(えいげつてい)に寧王が、ぽつりと一人佇んでいるのが見える。


彼は幼き頃から、思い悩む時、よくあの場所にいた。


それを見つけて、いてもたってもいられなくなった私は、すぐにその場所へ駆けつける。



――やはり寧王は、韓碧心との縁談に思い悩んでいたようだ。


そして私は、そこで思わぬことを寧王の口から聞かされる。

彼は私の心を見透かし、“兄上に凌雪の事は心配無用だ”と…


それから私は、凌雪の為に何をすることもできず、寧王は韓清之の娘をすぐに側室として娶り、あっという間に年明けを迎えた。


そして天黎(てんれい)国は春節を迎え、景国から蕭烈微(しょうれつび)を娶る日がついにやって来る。あれから慶淵王の目立った動きもなく、父帝は安堵されていた。



その日は、澄み渡る凛とした冬の空で、王城の東門に面した広場には、整然とした儀仗兵と、煌びやかな旗が並び立ち、風にたなびいていた。


鼓の音が高く鳴り響き、遠くからゆっくりと進んでくる絹張の輿が、民の注目を一心に集めている。


白地に金糸を織り込んだ、豪奢な帳がかけられた輿の中には、景国より輿入れしてきた蕭烈微が鎮座しているはずだ。


私は正装のまま皇宮の石段の上に立ち、重々しく輿の到着を待ち受けていた。

左右に並ぶのは皇族や重臣、側近たち。


皇帝陛下はまだ御座所で控えており、この場は私が直接、公主を迎え入れる初対面の場であった。

静々と輿の()が持ち上げられ、中から現れたのは、白い面紗を掛けた蕭烈微だ。


「遠路はるばる、ようこそ天黎へ。烈微公主―――煊王李煌(けんおうりこう)、心より歓迎いたします」

その言葉に、公主はほんの一瞬、視線を伏せたまま静かに礼を返した。


私はふと、瞳の奥に潜む何か秘めた影に、言葉にできない違和感を覚える。自分自身が、意にそぐわぬ婚姻に到底納得していないからだろうか。


それに、この数日の側妃・媛羅(えんら)の取り乱しようは尋常ではなく、その対応にも追われ大層疲れた。蕭烈微を娶ることで、感情が抑えきれなくなったようだ。


そして景国との関係を考えると、蕭烈微を今後どう扱うべきか…それにも頭を悩ませていた。無下にもできず、かといって、凌雪の事が吹っ切れていたわけでもなく…


――――すると私は、翌日の婚儀の後の初次臨幸しょじりんこうで、想像もしていなかったことを蕭烈微から告げられる。



婚儀の日の夜、蕭烈微が待つ東宮の寝所には、金襴の帳が緩やかに揺れ、玉をあしらった燭台が柔らかな光を放っていた。


床には緋色の織錦、寝台には鳳凰刺繍の錦被。香炉からは白檀の香がほのかに漂い、まさに玉座にも等しい寝台に、面紗をつけた蕭烈微が座っている。


私はその部屋に足を踏み入れると、その前に立ち、隣に座るのを少し躊躇した。


今宵はどうすればよいか、悩んだからだ。

媛羅の時のように、簡単にはいかぬはず…もし、あの気性の荒い蕭烈微の機嫌を損なえば、両国間の争いにもなりかねない。


深いため息を一つすると、とりあえず横には座ろうとしたその時だ。


「皇太子殿下…」


蕭烈微の声を初めて聞いた。


少しかすれたその声に、何か異様な違和感を感じる。

風邪をひき喉の調子が悪いような、無理に高い声を出そうとしているような…


だからずっと、声を出さなかったのか?



首を軽く傾げ、今度こそ隣に腰を下ろそうとした瞬間、目の前の蕭烈微がいきなり私の前に跪き、深く土下座した。

頭を床につけたまま、顔を上げようとしない彼女に驚き、肩に手を掛け咄嗟に起こそうとした、その時だった……


「煊王李煌殿下…どうか…どうか…この蕭烈微のお話を聞いてくださいませ…。お許し下さるなら、私に発言の機会を…」


そう悲痛な様子で、私に懇願する蕭烈微…


「わかった…。とにかく話は聞くので、(おもて)を上げよ」


そう言った途端、彼女は面紗を勢いよく外し、膝をついたまま真っ直ぐに私を見上げた。


白く透き通るような肌に、大きく黒い瞳が印象的な顔立ち。

黒く長い艶やかな睫毛に、整った眉と通った鼻筋、そして紅に色づく唇。

その凛とした美しさには、なぜか拭い去れない違和感がずっとまとわりついている。


昔、荒々しく暴れていた蕭烈微の面影が脳裏をよぎり、私は思った。


――この厚化粧は、一体何を隠そうとしているのかと。


そしてふと、その違和感の正体が、目の前の「彼女」が実は男であるという事実だと、その時私ははっきりと確信した。



天黎国皇太子てんれいこくこうたいし煊王李煌(けんおうりこう)殿下。私は、景国第二皇子(おうじ)蕭烈微でございます」


そう言って頭を下げた蕭烈微に、私は一瞬耳を疑う。

今、景国第二皇子と申した…やはり…。蕭烈微は男であったか。


「どうか、どうかお話だけは最後までお聞きくださいませ。その後斬首されようと、それは私の本望でございます」


「今…第二皇子と聞こえたが…」


そう聞き返すと、蕭烈微はさっきまで発していた声を普通に戻し、はっきりと男の声で返事をした。


「天黎国の皇帝陛下、皇太子殿下を欺きここに来たこと。決して許されるものではないものと、承知しております。

私がここへ参った理由は、妹を取り返すため、天黎のお力を借りたいがゆえでした。妹蕭烈月(しょうれつき)は蒙成国へ囚われ、私は―――その身代わりでここへ参った所存でございます」


「でもお前は、女子(おなご)として数年前にも、何度も我が天黎へ来ていたではないか」


「私は、内乱の犠牲にならぬよう、父と母に「女子として」育てられたからなのです。

お恥ずかしながら、わが国では全ての皇子が暗殺や粛清の犠牲となり、今や残っているのは、私第二皇子と、末の九番目の幼き皇子のみ」


「……」


「…命を守るための、苦肉の策だったのでございます」


「そのような事が許されるはずがない!天黎を軽んじているとしか思えぬ」


「無事に蒙成(もうせい)国より蕭烈月(しょうれつき)が戻り次第、全てを正しく戻します。ゆえにどうか…」


そう言った蕭烈微に、頭の中が追い付かない。

―――蕭烈微が、男だったとは…。


確かに、前見た蕭烈微は、幼かったせいもあるが化粧もせず男の様な眉毛に、乱暴なふるまいが目に余った。

しかし寧王もまさか、あの娘が男だとは思ってもいないだろう。

あの時は十という年齢からして、ただのじゃじゃ馬娘だとばかり思っていたが…


私は…これから先どうすればいいのだ…?これは父上にすぐ話すべきか…

そうしたら蕭烈微は、恐らく斬首だ。


「どうか、この蕭烈微にお力をお貸しいただき、蕭烈月奪還のその暁には我が景国は天黎国に全てを捧げる事を、ここにお誓いいたします」


「……」


「もし許されぬのであれば、この命もすぐに投げ出す覚悟でここに参りました」


目の前の蕭烈微は、床に額をこすりつけるようにしてもう一度私に頭を下げた。一国の皇子が…自分の命も省みず、ここまでして…


ん?

蕭烈微が男?


蕭烈微が男なら、私は今日の夜は何もしなくてよいではないか?

それどころか、これから先も交宿で頭を悩まさなくて済む。表向き装っておけばいいのだから。それは何かと好都合だ。


「蕭烈微、(おもて)を上げよ」


私が再び命じると、蕭烈微は恐る恐る顔を上げた。

まぁ、知ってしまえば男に見えてしまうが…景国も、うまく仕上げたものだな。


背も高いし、多少の違和感はあったが、天黎の者誰一人として、蕭烈微が男だとは気づいてもいない。


それにしても、眉目秀麗(びもくしゅうれい)な顔立ちで、男としてならかなりの男前だろうに…このような格好で今まで女を装い我慢して来たとは…私なら絶対に耐えられぬ。


「皇太子殿下…」


蕭烈微は、自分の顔をじっと見つめる私に不安げに声を掛けて来る。


「私には、お前が男で何かと好都合だ」


「え?あ…。え??」


「気にせずともよい。こっちの話だ」


「……」


「これからは皇太子妃として、天黎と私に何事も全て協力せよ。決して裏切るではないぞ。そうすれば、その願い聞き入れよう」


「あ…はい」


「他の者には、決してお前の正体を言わぬ。私の侍衛の韓昭(かんしょう)という者には話しておくが…その他の皆の前では絶対に女を演じよ。側妃凌媛羅にも話さぬゆえ。わかったな」


「わかりました。必ずや」


蕭烈微は、そのまま頭を深く下げた。


「全ての事が終われば、お前の処遇はその時考えよう。まずは蕭烈月(しょうれつき)を無事に景国に取り戻さねば」


「殿下…。本当にありがとうございます…。ありがとうございます…」


「ちょうど天黎からも、公主がもうすぐ蒙成国に嫁ぐ。もしかしたら、それを通じて何か策を練ることができるかもしれない」



こうして私は、蕭烈微を助けるため、しばらく彼が男であることを皆に伏せていた。


交宿日と称し足しげく蕭烈微のもとへ通い、凌媛羅は、それを見て一層感情的になり暴れる。

しかしその日は、蕭烈微と蒙成国のことで策を練る日と決めており、私たちにとっては好都合の日だった。


だが、やはり蘇嬢の目だけはごまかせなかった。

蘇嬢はすぐに、蕭烈微が男だと気付き心配したが、深い事情を離せば納得してくれた。


それでもこんなことは、そう長く続けられない。

父帝に知られる前に、早く蕭烈月を景国に戻れるようにせねばならないため、私は蒙成国に文を書く。


国境近くで、皇太子同士で話がしたいと…。




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