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第五話 春冠祭での出会い

春の香りが街を包み、天黎国は春冠祭(しゅんかんまつり)の賑わいに沸いていた。


若者たちの成長と良縁を祝うこの日、都・景都(けいと)は華やかな空気に包まれている。


春分の日から数えて三日目“花暦三日”の日。

様々な儀式や街は、出店や催しで大変な賑わいだ。


「兄上、私たちもお祭りに出かけるお約束よ!」


私は、この日を心待ちにしていた。


この春冠祭では、若者は皆良縁を願う。


紅糸舞(こうしまい)という伝統舞踊が、中央広場の舞台で披露され、「縁を結ぶ舞」として途中で糸が絡まった二人は将来結ばれるという言い伝えがあった。


毎年一緒に行く相手は兄上だから、まだ誰かと舞いに参加したことはない。

姉上が、今年は皇太子殿下と行かれるのを聞いて、まるで自分の事のように心が躍る。


「雪児?今年の春冠(はるかんむり)だ」


「わぁとってもかわいい。ありがとう兄上」


春冠は親か兄や姉から手作りされることの多い、春冠祭の縁起物だ。

”心が込められた思いやりを(かぶ)る”という意味があり、

一年間大切に飾れば、良縁に恵まれると言われている。


私は大切な真心を、こうやって毎年 両親や兄から送られてきた。


今年の冠は、先に石細工で形作られた桃色の花びらやつぼみが散りばめられ、その隙間にある赤く埋め込まれた石の周りが、金細工がきらびやかに施されている少し大人っぽいものだ。


去年の物は、姉にうっかり踏まれてしまい壊れてしまった。


「兄上、(せつ)は、これをまた一年間大切にしますね」


私はその冠を兄から受け取ると 一番目に付く書棚の中ほどに丁寧に飾った。


「そうだね。じゃあ雪児(せつじ)、そろそろ祭りに出かけようか?」


兄に頷くと、侍女の蘇璃(そり)を伴い皆で馬車に乗り込む。

その中から外を見ると、心が躍りだしてしまいそうなほど賑やかな街並みが、すぐに目に飛び込んできた。


「わぁ!お店がいっぱいよ!」


「雪児、身を乗り出すと危ないぞ」


「兄上、私この先で降りて、町を歩いてみたいわ」

私がそう言うと兄は微笑み、外の従者に指示を飛ばす。


通りには朝早くから市が立ち、桃やあんずの花びらを編み込んだ髪飾りや、色とりどりの春布で作られた飾り帯が、所狭しと並べられていた。


店先では、陽気な商人たちの声が飛び交い、笑顔の客が沢山歩いている。


「兄上、あの簪とてもかわいい!」


「これもかわいいぞ?こっちはどうだ?」


「これ蘇璃にどうかしら?」


「お嬢様には、こちらが似合いそうですよ」


市のお店でふざけて、髪飾りを沢山私と蘇璃の頭につけてみた。


蘇璃は小柄で、末っ子の私には妹の様な大切な存在だ。


春冠祭の賑わいは、景都一と言われていてとても賑やかだ。

人も笑いも活気も溢れていて、私達三人にも笑顔は途絶えなかった。


サンザシ飴や、鼈甲飴(べっこうあめ)、おやきに、炒った豆、包子(ぱおず)などなど…

兄上や蘇璃と楽しんでいると、一日が過ぎるのはあっという間。


夕方が近づき始めると、遠くの神殿で神官たちが鐘を鳴らし始め、春の到来と人々の縁を祝う祝辞を上げているのが聞こえる。


その音は風に乗り、都の隅々にまで響いていた。


「媛羅は楽しく過ごしているのだろうか…」


そんな時兄が思い出したように、その音に耳をすませそう言った。


「姉上昼間は作法院だって。夕方から、殿下と行かれると聞いたわ?」


「そうなのか?」


「一緒に、灯篭をながすのかしら。素敵…」


街を流れる花河(かがわ)の岸辺には、恋の願いを込めた灯篭を手にした男女が集まり、永遠の愛を誓いあう。


目の前のその様子を、私はうっとりしながら眺めた。

私もいつか愛する方と”一緒にあの灯篭を流せる日が来るのかしら”とふと思う。


「媛羅は、皇太子殿下と流すのかな?」


「他に誰と流すの。私は毎年兄上とね…家族の健康祈願だけ…」


「あはは。お前もいつか大切な人が現れるから、大丈夫だ!」


「だといいけど」


「大奥様も、毎年健康祈願ですけどね」


「お祖母様、願いがちゃんと叶っているわ」


三人でそう言いながら笑っていたら、ふと兄上の友達に声を掛けられた。


玄洵(げんじゅん)?」


「お?!あ、なんだ。お前、今一人なのか?」


兄が辺りを見渡しつつ『韓昭(かんしょう)』と名を呼んだ。

始めて見る顔だけれど、どうやら兄とはかなり親しそうだ。


「少しの間だけな。目は離してはいない」


そう兄に答えると、彼は私を見て小さく頭を下げる。

その後兄は、彼に何やら耳打ちをされ真剣な面持ちになり、私達に少しここで待っている様言いどこかへ行ってしまった。


私と居た蘇璃が、≪甘酒を買ってきてくれる≫と言う。

なのですぐ側の出店を、ぶらぶら一人で歩いて見て回る事にした。


すると何やら、春冠祭の本番である”舞台での舞”が始まったようだ。


日は更に暮れはじめ、通りの中央には花で飾られた花車が数台練り歩き、その上では、春の神にささげる舞いが披露されていた。


舞姫たちが、薄絹の袖を翻しながら紅糸を持って舞い踊る姿を、思わず息をのんで見入っていたその時だ。


遠くからこちらを怖い顔でじっと見ている、黒い服の二人の男の人が目に入る。


それに気を取られていたら、今度は誰かに背中を押され、手に持っていた山査子飴(さんざしあめ)を、人ごみに落としてしまった。


落とした飴を探していたら、更に誰かに押され 

花車が到着する舞台袖に、人込みで押し流され、身動きが取れなくなる。

息もできないほど、人が溢れていた。


すると隣にいた赤い糸を手にした女の人が、私にあっちへ行けと怒りだした。


どうやらその女性の相手が、私の反対側にいるようで邪魔になるらしい。


あわてて後ろに下がろうとしたら、周りの人も皆赤い糸を手に持っていて、それが私の頭に絡まった。


こんな時、――蘇璃やお兄様が、いてくれたら――と…


なんとかその人込みから、抜け出したその時だ。


私の隣で同じように、糸が頭の冠簪(かんさん)に絡まった男性が一人…


よく見ればその糸と私の頭の糸が絡んでいて、こちらも困っていたら、私の髪の糸を先に髪が崩れないよう優しくほどいてくれた。


その時ふんわりと、どこかで匂った事があるような、懐かしさを感じる香袋の香りが私の鼻を掠める。


それが気になって、ふとその人の顔を見上げたら、

同じように私を見た彼と目が合い、思わずじっと見つめてしまった。


初めて会ったのに、とても懐かしい気がする…

――兄上以外にこんな近くに男の人が――

そう思うと胸の鼓動も早くなった。


彼は長身で、兄玄洵と同じか少し高いくらいだろうか。


その眉は剣のごとく凛々しく、切れ長の瞳は、

深い夜を湛えた琥珀のような、冷静さと憂いを同時に宿している。


高い鼻梁に薄く引き結ばれた唇は、寡黙さと誠実さを物語り、

彼は言葉少なくしても威を放っていた。


この時は、私が出会ったこの人が、

天黎国皇太子殿下・煊王李煌(けんおうりこう)だとは、夢にも思わず…


その後彼は、“少しかがむので自分の頭の糸を取ってくれ”とわたしに頼んできたので、髪が崩れないように、丁寧に糸をほどいてあげる。


隣にいるとあんなに背が高かったけれど、しゃがんだ姿は子供のようで、上から見ているとなんだか可愛らしく感じた。


「私も本当に助かりました。お互い大変でしたね」

そう言ったら少し困ったような顔をして、“この祭りは毎年このように人が多いのか”と聞いてきた。


皆景都の者なら誰でも知っている事を、あえて尋ねるなど思わず笑ってしまう。


「お祭り、初めてこられたのですか…」


「え、あ…この人の多さに、連れとはぐれてしまったので。


何やらあの“花車の上から投げている糸をもらいに行く”と言って、この人ごみの中に入って行ってしまった」


「あぁ…」


「ここまで人が多いとは」


その人はため息をつく。


そして私の頭にいくつか舞い降りたであろう、小さな桜の花びらに気が付き、そのきれいな指先でそっと取り払ってくれた。


私が笑ってお礼を言うと、その人はじっとこちらを見入っている。

あまりにも見つめられて、咄嗟に下を向いてしまった。


「何か、私についているのですか」


そう尋ねたら、彼も気まずさを感じたのか咳払いを一つし、取り繕うように話しかけてくる。


「あなたはおひとりなのですか?まさか、迷われたとか?」


物腰の柔らかな、優しい凛とした声だ。


「あ、兄がここで待っているようにと」


「そうですか。では後ろに下がってここでお互い相手を、待っていましょう」


そうその人に言われたが、二人話すこともなくしばし沈黙のまま。


彼は腕を前に組んだまま、花車の上の糸の舞をじっと見つめていた。


「あの…」

「あの…」



人波が引く一角で、偶然重なった視線と声。

思わず同時に発した声に、互いに笑みがこぼれた。

互いに言葉を探す間も、祭りの音楽と人々の笑い声が賑やかに耳に届く。


「…いえ、お先にどうぞ」 そう言って小さく首を振ると、彼は少しだけ口元を緩めた。


そしてわずかな間を置いて、私の香袋について“何という香りか”と尋ねた。


「香袋ですか?」


「さっきふと香ったのですが、なんだかとても懐かしいような…

誰の香りだったのか…思い出せるような、出せないような」


「私もさっき糸を取ってくださった時、同じように感じました」


「私の物は、生まれた時に母が揃えてくれた唯一無二の物だ」


「私も…。同じ香りのものは、他にありません」


彼の香袋の香りは、本当に不思議だった。


初めて会ったはずなのに、どこか懐かしく安心する落ち着く香りだ。

――まるで、ずっと前から知っていたかのような…。


「お互いとても大切に思われ、育てられたようですね」


そう言って笑うと、彼は少し背伸びをして人ごみを見渡した。


連れの人が戻ってくるのを、探しているのだろうか。

…一緒にいるのは、きっと女の人だろう。


その時ふと後ろに誰もいないのに、押されたような気がしてよろめき転びそうになる。

するととっさに彼が、肩を抱いて支えてくれた。


「危ないですよ。大丈夫ですか?」


「あ、ごめんなさい。…すみません」


この時も彼の香袋の香りが鼻を掠め、なぜか胸が高鳴るのを感じる。


「ここは人が多いから あなたは少し離れた場所に下がっていた方が…」


そう言われて、喧騒から少し離れた、河そばの大きな木の下に一人で移動した。


すると、花河(かがわ)で灯篭を流す、恋の願いを込めた灯篭を手にした男女が、沢山集まり始めるのが目に入る。


灯りがひとつ、また一つと水面(みなも)に浮かび、まるで夜空に浮かぶ星々が、川に降りてきたような、幻想的な光景が広がっていた。


――あの人の連れは、まだ戻ってこないのかしら…――


そう思いながら、ぼんやりと彼の後姿を眺めていたら、突然背後から誰かに腕を掴まれる。


この後、想像もしていなかった出来事が、私達を待ち受けていたのだった…

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