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第三十一話  言えない想い

私が足の骨折で碧霞(へきか)山荘に療養に来て、すでに一か月が過ぎた。


歩けるようになるまで、三か月はかかるはずが、薬念神医の治療により“普通よりもかなり早く良くなってきている”と御医(おい)が驚いていた。


―――あと一か月もすれば歩行可能ではないかと。


ここには韓昭(かんしょう)と、煊王府(けんおうふ)のわずかな従者を従えて来た。


周りは竹林と山に囲まれていて、ひんやりと気温も低く、俗世と離れたような静かな場所だが、皇宮や街からも割と近い。


子供の頃は夏になると、母后とよく滞在していた。


足の怪我なので輪椅(りんい)(車椅子)があるとはいえ、思うように動けはしない。慌ただしく過ぎていた今までとは違い、ただ書を読んで過ごすだけの穏やかな日々だ。


初めの頃こそは良かったが、数日過ぎたころから本当に退屈になってきて、暇だからか、余計な事ばかり考えるようになる。


韓昭が“気晴らしに自分の刀稽古を見せる”と言って、庭で上半身脱ぎ、刀を振り回していたが、それを見て喜んでいるのは煊王府から来たばぁやの蘇嬢(そじょう)、一人だった。


その頃から凌媛羅(りょうえんら)が三日おきに来るようになり、時には蘇嬢が“遅いので泊って行け”と離れの客間を貸した。まだ日が高いだろうと言っても、山賊が出ると強引に押し切られる。


蘇嬢は、私が幼き頃から『ばあや』として世話をしてくれていた老女だ。

皇宮から煊王府に移る時も、母后の指示で私と一緒に引っ越し、今でも小言が多く韓昭も頭が上がらない。


蘇嬢がひれ伏すのは、母后だけだ。だからなのか、やたら媛羅には気を使っている。


「殿下、凌媛羅さんまた来ましたね。また菓子と書をお持ちになったようです」


韓昭が私に耳打ちした。

屋敷の入り口の所で、媛羅が従者と蘇嬢とにこやかに話をしているのが聞こえてくる。


凌媛羅はあの狩りでの私の言葉に、喜びを隠せなかった。―――しかしあれは私の本心ではない。


韓清之(かんせいちん)や慶淵王に凌雪が責められ、あらぬ疑いを掛けられたからだ。


それに、あの時彼らが口にしていた言葉は、(あなが)ち嘘ではなかった。

私が媛羅に冷たいと言う話は、宮女の中で噂になりつつあり、母后がそれを悩まれていたのも本当だ。


当時はそれでよいのだと、そう思っていた。

心の中など、外からは見えない。


嫌っていようが好いていようが、婚姻は取り消せるものではないのだから、私が媛羅や凌雪をどう思っていようが、周りには勝手に言わせておけば良いと、そう思っていた。


しかし、私のせいで凌雪が非難に晒されるのは違う。


取り繕う事で、凌雪に難が及ばないのなら、私は嘘くらいいくらでも付けた。


韓昭はあれ以来≪本当に、それで良いのか≫と何度も聞いてくる。しかし、それ以外に何があると言うのだ。良くなければ、何かが変えられると言うのか。


「殿下、池の睡蓮がとても綺麗ですよ。見てみませんか?」


そう言った媛羅は、私の輪椅を押し庭にある池の淵に行った。


するとそこに、白い狐が私の足元に来て、片手でちょいちょいと怪我をした場所を触る。


耳先や、目の周りに少し変わった朱色の模様がある白狐だ。


媛羅が怖がり狐に向かって、その辺りの植え込みの葉を、ちぎって投げつけると、怒った狐は、威嚇して竹やぶに逃げていった。


「お前は動物が嫌いなのか」


「私は犬に噛まれたことがあるのです。ですから動物は怖くて…。臭いですし」


「凌家の福丸は?」


「福丸に、噛まれたのです」


あの犬は噛むのか?私が知る限りでは、いつも凌雪に抱かれて、まるで人形の様におとなしくしていたが。


「ふぅん」

――犬も人を選ぶのだな。


そんな事を思っていると、さっきの狐が竹やぶから私をじっと見て、ゆらゆらと尻尾を揺らしている。


それこそまるで犬のようだ。だからか。


「お前は一体、何が好きなのだ?」


そう言えば、彼女の好みも何も気にかけていなかったことに気づく。

媛羅は膝を少しだけ折り、頭を下げると≪殿下でございます≫と言った。


「他にもあるだろう?好きな食べ物とか、好きな色、好きな花など」


「そうですね。食べ物でしたら『蓮月居(れんげつきょ)』の露華餅(ろかへい)です」


それは高級老舗菓子店の、花びらをかたどった美しく繊細な練り菓子だ。私も何度か口にしたことがある。


春桃(しゅんとう)は、菓子を作ったりしないのか?」


「たまに作ることはあるみたいですが、侍従たちと食べています。私は口にしたことはありません」


「どうして?」


「職人ではなく、素人が作るものですから。それに侍女が作ったものですし…」


「……」


なぜか、どの話を聞いても凌雪と比べてしまう。凌雪は、蘇璃(そり)の作る桂花糕(けいかこう)をとても好んでいるし、狩りの時も懐に忍ばせていた。私が食してもとても素朴で美味だったが…


「まぁよい。では、私の何が好きなのか答えて見よ」


この理由は凌雪の口からはまだ聞いていないが、媛羅は何と言うだろうかと、興味本位から尋ねてみた。


彼女は照れながら、顔を真っ赤にして私に応える。


「皇太子殿下は、眉目秀麗であり頭脳明晰。皇族らしく華もあり誰が見ても素敵な方ですから」


その様なありきたりな誉め言葉なら、今まで腐るほど聞いている。


「他には?」


「え?あ、他には天黎一の若様で誰もがひれ伏し、殿下ほどの権力をお持ちの方は、他にはいらっしゃいません」


「では、私が華もなく、権力も持っていなければお前はどうしたのだ」


「そんな事はありません。皇太子殿下なのですから」


そう嬉々として答えた媛羅に、私は何も返事ができなかった。

この胸に、もやっと広がる虚しい気持ちは、一体何なのだろう。


前は何の疑問にも思わなかった、陛下の婚姻の勅旨が、まるで水入れに落とした墨のように、心にどす黒く広がっていく。


それから、媛羅が話しかけてくる言葉に何も感じなくなった。その代わり、腹を立てる事も無くなる。



――それから夜になり寝支度が終わる頃、韓昭が、私の部屋で軽い食事を取っていた時の事だ。


「韓昭」


寝台に腰を掛けていた私は、運ばれてきた薬盞やくさんを手に、目の前にいる彼に声を掛ける。


「はい」

彼はすぐに箸を置くと、口の中にあるものを急いで飲み込もうと慌てた。


「そのままで良い。少し聞きたい事がある」


「どうぞ」


「凌雪の好きな物は何だと思う。一番好きな物だ。思いつくもの何でもよい」


「贈り物か何か、されるのですか」


「いや、ふと思ったのだ」


そう言うと韓昭は、一生懸命頭を捻っている。


凌玄珣(りょうげんじゅん)から聞くには確か…もう御存じたとは思うのですが」


「なんだ」


「福丸ですかね」


少しは返事に期待したが、やはり思う事は皆同じのようだ。


「では好きな菓子は?」


「それは、蘇璃の桂花糕 でしょう!」


それも周知の沙汰らしい。


「では一番好きな『人』は」


そう尋ねたら韓昭が私をじっと見てくる。周りには、凌雪の気持ちがどう見えているのかが気になった。


「それは…」


「それは?」


「凌玄珣ですかね」


「……」


周りにはそう見えるのか。でも寧王だと言われるよりはましな気がする。


「殿下。気になっていたのですが、やはり凌雪さんの事をまだ…」


「聞いてみただけだ。昼間媛羅に同じ質問をした。皆にも聞いているのだ。お前の事も話せ」


「私は、一番好きな人は殿下ですか」


「凌媛羅のような事を言うな」


そう焦って言うと、韓昭は少し笑ってからすぐに真顔になった。



「殿下、少し調べてみたのですが」


「慶淵王の事か」


「いえ、殿下の高祖父に当たられる方をご存知ですか?」


「高祖父?祖父の父帝か?」


「はい。李景玄(りけいげん)帝でございます」


「それが何か?」


「殿下の高祖父・李景玄帝のご正室は、元々三番目の弟君李睿明(りえいめい)殿下の婚約者でした。しかし当時の皇帝陛下をご説得されてご正室「沈若蘭(しんじゃくらん)」を迎えられたのです」


「……」


「殿下も皇帝陛下をご説得されて、凌雪さんと…」


「その話なら私も母から聞いて知っている。その時、李睿明は病で余命幾ばくも無かったそうだ。

だから、「沈若蘭」を高祖父の李景玄に託したのだ。当時まだ正室が決まってなかった李景玄帝は李睿明と皇帝陛下と話し合いの結果決めたと聞いた事がある」


そう言うと韓昭は肩を落とし、“そうだったのですね”と深くため息をついた。


「私はただ皇太子殿下に、幸せになっていただきたいだけなのです。ご自身のお気持ちを“仕方がない”で済ませていただきたくなくて…」


「韓昭…」


「殿下のお気持ちは、誰よりもわかっているつもりです。殿下の為なら、私はどのような事もいたす所存でございます」


彼は、私の足元に頭を下げすぐに跪く。


「私は、お前のその気持ちだけで良いのだ」


思わず韓昭の肩にそっと手を置いた。

そんな風に言ってくれる人が、ここに一人いると言うだけで、私の気持ちは救われるような、そんな気がした。


それから数日後、寧王から≪凌雪と一緒に見舞いに来る≫と文が来る。

日が経っていたが、寧王には公務を変わってもらっているので、その忙しさはわかっていた。


だから、見舞いに来ない事もさほど気に留めてもいなかったが、凌雪と一緒となれば話は別だ。退屈な日々に、少し心躍る気がした。



待ちわびていたせいか、その日はすぐにやって来る。


馬の(いなな)きが聞こえ、ふと外に視線をやると二人が到着した姿が見えて、凌雪が白狐に反応して寧王とにこやかに何か話しているのが見えた。


それからすぐに蘇嬢が、寧王達を奥の部屋に通したからと私に知らせに来る。


丁度その日、凌媛羅は前日から碧霞山荘に泊まっていて、二人が来るのをなぜか楽しみにしていた。


李煌(りこう)様」


蘇嬢が私に耳打ちする。


「決して、ご自分のお気持ちを悟られてはいけません。寧王殿下にも凌家のお嬢様方にも」


彼女の意外なその言葉に、思わず目を見開く。


「蘇嬢、いったい何を言っているのだ?」


「この蘇嬢の目は、節穴ではございませんよ。全てはわかっております。しかし、この世の中には天意という物がございます。逆らえば、血の雨が降るのですから」


「血の雨?」


「李睿明殿下がお亡くなりになったのは、李景玄帝が粛清したからでございます」


「……」


「ですからどうか…」


彼女はそう言って、私に深く頭を下げて一礼した。


蘇嬢は夕べ、私が韓昭と話していたことを、もしや聞いていたのではないか。

だからこのような事を…。


粛清?そんな事は初耳だが…

深く考える間もなく、凌媛羅が部屋に入ってきて、私の輪椅を押し始める。


「私めは、皆さまにお茶をご用意いたします」


蘇嬢はそう言って私達にもう一度深く一礼し、部屋を出ていった。


奥の部屋に行くと、私を心配した寧王が、すぐにそばに来て声を掛けて来る。

忙しいからなのか、少し見ぬ間に痩せたようだ。

あれから凌雪の怪我も気になっていたし、彼女も元気そうで安心した。


暫く当たり障りのない話をしていたが、寧王が、初めて来た凌雪の為に“碧霞山荘を案内する”と言い、二人揃って部屋を出ていった。


その間凌媛羅が、私にずっと寧王と凌雪の話をする。


凌雪は、時折薬念神医と恵仁堂(けいじんどう)の手伝いをしているが、私の代わりに公務で寧王が時々訪れているらしい。


今は忙しく、二人はなかなか会う事ができないけれど、一日置きに寧王から凌府に文が来るらしく、時には福丸のおやつも添えられていて、大層凌雪が喜んでいるとか…その話は延々と続く。


私は聞いているふりをして、他の事を考えていた。


福丸のおやつとは、何なのだ?ふかした芋は知っているが、寧王はそれを送るのだろうか?それとも他にも福丸が好むものが?犬が好むようなもの…干し肉とかか?


「それから、今度の狐火豊祭に一緒に行くみたいで…凌雪はそれをとても楽しみにしていて…」


延々と語られる、寧王と凌雪の話。

二人の事は、これ以上聞いていたくもなく…


「その話はもうよい。二人を呼んできてくれ。先ほど凌夫人から頂いた菓子を食べよう」


凌媛羅を遮るようにして、私は蘇嬢にお茶を用意するよう指示した。


凌媛羅が部屋を出た後、私は外の景色を見ながらため息を一つつく。

彼女は、ここに来る時に必ず寧王と凌雪の話をして聞かせた。


私の気持ちなど、媛羅は知らないはずなのだが、まるで“諦めるように”と、念を押されている様に聞こえなくもない。


それに、媛羅の事では気になっていることがある。


韓昭の調べでは、”慶淵王”に凌雪の事を吹き込んだのは凌媛羅ではないかと。宮中の噂も、元は媛羅が流し、それを直接聞いた宮女がいたそうだ…。


ここにきてすぐの頃だったか、侍女の春桃に≪凌雪が嫌いだ≫と、そう話しているのを、私は直接聞いてしまった。廬山峠の事もあるし…

だから、媛羅が凌雪に向ける笑顔も全く信じられない。凌雪は本当の妹だと言うのに、その心根も引っかかっていた。


何もかもが、私の中で凌媛羅への嫌悪につながる…。


それからすぐに凌媛羅が浮足立って、私の部屋に戻ってきた。


「殿下、聞いてください!!」


「なんだ」


次は何を言うのだろうか。


「寧王殿下が、凌雪と!」


それだけ言って、両手で自分の口元を覆う。

“凌雪と”…その続きは、なんなのだ?!途中まで話して顔を真っ赤にしているが、思わせぶりだし、これ以上あの二人の話は、聞きたくもない!


そこへ蘇嬢がいそいそと茶と菓子を運んできて、寧王と凌雪も後ろから入ってきた。


二人の様子は特に変わったところもなく、どちらかというと凌雪は全く元気がないように見える。意気消沈しているではないか…


「凌雪、お茶が熱いから気を付けるのだよ」


そう言って彼女にお茶を渡す寧王を、思わずじっと見入った。

見ていると甲斐甲斐しく、ずっと凌雪の世話を焼きまるで侍女のようだ。


仮にも一国の皇子であるのに、一体何なのだ。


すると凌媛羅が対抗してなのか、私にお茶を飲むときもお菓子を食べる時も、つきっきりで世話をしてくるから、こちらもうっとうしくて仕方がない。


“やめてくれ”と言おうと思ったが、その時凌雪が私をじっと見ていることに、ふと気が付いた。そしてその凌雪の後ろに、蘇嬢がいて、更にじっと蛇のようにこちらを見ているのが、視界に入る。


なぜだか、あの蘇嬢から聞いた≪粛清≫の言葉が浮かび、不本意ながら凌媛羅の口元についた菓子くずを、そっと指先でぬぐい寧王の真似をした。


私はもしかして、一生これをやらねばならないのか?凌雪と媛羅の目を気にしながら……


「凌媛羅は、本当に兄上が好きなのだな」


寧王がまた余計なことを、と思ったが黙っていた。


「寧王殿下こそ。凌雪しか目に入っていないでしょう」と凌媛羅もご機嫌だ。


私も凌雪しか目に入っていないと言ったら、凌媛羅は一体どんな顔をするのだろうか?


そんな事を思いながら、残りの菓子を口に入れた。


自分の気持ちに嘘をつき続ける事が、このように苦しいとは…そう考えると深いため息が思わず漏れる。


それから寧王と凌雪は、池のほとりで何やら仲良く話をしていたが、日が暮れるまでに帰ると言って、二人は馬車で碧霞山荘を後にした。


ついでに≪疲れて体の調子が悪い≫と言って、凌媛羅も追い返す。



夕餉の後、私は“少し夜風に当たりたい”と、韓昭に輪椅を押してもらい、庭に出て一人で夜空を見上げていた。


山の中という事もあってか、そこには満点の星が広がる。

その横の竹やぶの上に、大きな満月も上っていた。


昼間よりも気温がぐんと下がり、少し肌寒い。


蘇嬢が、足を冷やさないようにと膝毯(したん)(ひざかけ)を持ってきて、中に入る時は呼んでくれと屋敷に戻って行った。


風にそよぐ青竹の匂いが鼻を掠め、思わず大きく深呼吸をする。


――今日は本当に疲れた。


私ではなくても、凌雪は寧王と幸せになれるだろう。それをまざまざと見せつけられたような、そんな気になった。


それに凌媛羅と凌雪が二人並んでいるのを目の当たりにすると、媛羅の事を、ますます受け入れ難くなる。私が大きなため息をつき、頭を抱えたその時だ。


足元に昼間見た狐と同じ、変わった色の白狐が丸くなって蹲った。


まるで人慣れしているかのように、尻尾をふさふさと揺らし頭を摺り寄せて来る。私は思わず、その狐に微笑みかけた。


凛宸(りんしん)


どこからか、耳に響くような声がする。


思わず辺りを見回したら、誰もいなくて、気のせいかと再び狐の方に視線をやった。


狐は耳の先と目の周りがほんのりと朱色で、全身が白く銀色に光っている。


月夜で見るからだろうか。なぜか普通の狐とは違うような、神々しさがあった。昼間はすぐにいなくなったが、此度は機嫌が良いようだ。


「お前は、この森に棲んでいるのか?」


そう声を掛けても、ぺろぺろと自分の毛繕いをし、逃げる様子もない。


「出会ったついでに、私の話を聞いてくれないか?」


狐に話しても仕方がないが、誰かに打ち明けたかった。誰にも告げる事のできない、この気持ちを…


「白狐よ、私には想い人がいる。その人は決して結ばれる事のない人だ。

弟の妻になる人なのだよ…

私はこの先も、側でずっとそれを見なければならない。

誰かを見初める事が、このように苦しい事だとは思いもしなかった…」


不思議なことに、白狐はずっと黙って私の話を聞いている。

そして何か声を掛ける度、返事の様に尻尾を揺らした。


「私は凌雪の事を、心から愛しく思っていると気づいてしまったからな」


そう言うと、またどこからか声がした。


『そうなのだな』と…


同時に竹やぶが、さやさやと揺れ、また空耳かとそう思う。


「まぁお前に話しても、何も変わらないけれど…少し心が楽になった。感謝しているぞ」


そう言って笑った時、狐はまた私の足の怪我の場所に両手をちょこんと置き、ちょいちょいと何度か触った。


そのしぐさがとても可愛らしくて「凌雪が見たら喜びそうだ」と思わず声に出す。


白狐は最後にゆらゆらと尻尾を揺らすと、何度か振り返り竹やぶの方に消えていった。


『凛宸~その願いを叶えてやるぞ~』


今度は割とはっきりと聞こえ、恐怖心が湧き上がる。

慌てて庭の周りを見回すが、暗闇に木々と竹やぶがそよいでいるだけで、目を凝らしてみても、何も見えずほっとする。


背筋に少し寒気が走り、きっと気温が下がってきているからだと言い聞かせ、叫んで韓昭を呼んだ。


その次の日、不思議なことに私の足は立てるようになっていて、痛みもほとんどなくなっていた。


理由はわからなかったけれど、蘇嬢が≪このあたりのお狐様のご利益かしら≫と言っていたので、まさに狐につままれたようなそんな気になる。そのような事が本当にあるのだろうか?


そう言えば、確かにあの狐は少し不思議だった…


それでも御医が驚くからと、しばらくは治っていないことにしていたが、元気になると碧霞山荘が退屈すぎて、少し早めに煊王府に戻ろうと決める。


韓昭は、玉狐神君(ぎょっこしんくん)白玉廟(はくぎょくびょう)が近くにあり狐火豊祭(こびほうさい)がそこであるから、煊王府に戻る前に気晴らしに行きましょうと言うので、その日が過ぎてから戻ることに決めた。


その後の狐火豊祭で、私の運命が大きく動き出すなどと夢にも思う事なく。



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