第二十九話 着せられた濡れ衣
狩場で、馬とはぐれた凌雪に”一度、二人で天幕に戻ろう”と、話していた時だった。
そこへ叔父の慶淵王がやってきて”あちらに良い狩場がある。鹿が群れている”と、私を連れて行こうと、何度もしつこく話しかけてくる。
叔父は以前私が、狩りで獲物を得る事ができず、父帝に罵倒されたのを知っているからか、気を使ってくれているのだろう。―――そう単純にしか、思っていなかった。
「少し寧王を借りても構わんだろう?」
そう彼に言われ、凌雪は小さく頷く。
「寧王殿下、慶淵王殿下と行かれてください。私はここで休んでおります。少し疲れたので」
凌雪は“川辺にいる”と言うので、私は彼女にすぐに戻るとそう伝え、しぶしぶ叔父について行った。
慶淵王に付き合った後、凌雪の所に戻ると、辺りを見回してもその姿が見えない。
“疲れた”と言っていたので天幕に戻ったのかと思い、私は馬をそちらに向かわせることにする。
天幕に戻ると凌玄珣がいて、凌雪の“馬”だけが戻ってきたと心配していた。
私が“馬とはぐれたので、凌雪は歩きだ”と伝えると、彼は探しに行くと言って、自分の馬にすぐに飛び乗った。
それを見送った後、自分ももう一度探しに行こうと思い馬の待機場に行く。すると、慶淵王が小屋の陰で、大臣の韓清之と小声で話しているのが耳に入る。
「殿下、獄風からの報告によると、皇太子は追い詰められて崖下に落ちたようです。あの高さでは、まず助かるまいと…」
「今回は成功したのだな」
「次は凌孟昊ですね」
「凌孟昊の娘は?」
「娘も一緒に崖下に」
それを聞いて、先ほど『凌媛羅』に天幕の前で会ったのを思いだした。
韓が言う凌孟昊の娘というのは、まさか…。
あれから私は、叔父上の”青霧の会”に呼ばれていない。
なので廬山峠以降、何かを企てているとは知る由もなかった。
…まさか今日の狩りで、また兄上を襲う計画を謀っていたのか?
「叔父上」
「寧王」
私は二人に、声を掛けずにいられなかった。
「今の話、どういう事なのですか」
初めは冷静になろうとした。
でもこれはどう考えても、兄上の暗殺に凌雪が巻き込まれたとしか聞こえない。
話によっては、慶淵王を決して許せるものではなかった。
私の拳が震えているのに気が付くと、韓清之は私を見て一礼し、慌ててその場を立ち去る。
「叔父上、兄上に何をしたのですか」
「お前の為に、私が手を下したまでだ」
「手を下した?」
「黒襲門に襲わせた。獄風の話だと皇太子は、崖から落ちて死んだらしい」
「兄上が死んだ?」
「これで、お前に皇太子が回ってくる」
そう言って悪びれもせず笑みを浮かべる叔父に、私はさらに詰め寄った。
「先ほど話していた、凌孟昊の娘とはまさか…」
「寧王、それは私も残念なのだ。お前が慕っている末娘だしな。
しかし、女子など吐いて捨てるほどいる。私がお前には、新しい…」
私は、そう言いかけた慶淵王の胸元を、両手でつかみ咄嗟に殴りかかりそうになってしまう。
でも今は、そんな事をしている場合ではない。崖から落ちた凌雪を、すぐに探しに行かねば。
きっと凌玄珣も、山の方を探しているはず。崖下は狩場でないため、誰も気づかないだろう。
そのような状況では彼女の安否もわからず、私はその時不安で鼓動が早くなり、胸が苦しくなるのを感じた。
叔父の事を殴りつけたい衝動を抑え、力の限り強く突き飛ばすと、私は踵を返し、そのまま自分の馬の傍に引き返す。
あれから慶淵王達は、すっかりおとなしくしていたので、廬山峠の一件で凝り、兄上の暗殺は諦めたものとばかり思っていた。
まさかこの翠陽遊猟で、事を画策していたとは。…しかも凌雪を巻き込むなど!母上の話では、私と姻戚になるので≪凌孟昊を陥れるのは止めたようだ≫とそう聞いていたのに。
「くそっ…!」
怒り任せに馬の側の柱を蹴ったら、その陰に兄上の侍衛・韓昭がうずくまっている事にふと気づく。彼は決して兄上から、離れたりしないはずだ。
「そこにいるのは、韓昭か?」
声を掛けてみると、彼はとても具合が悪そうで、真っ青な顔をしていた。
「一体どうしたのだ。大丈夫なのか?」
「今朝、配られた朝餉を食べたら…それからずっと腹の具合が…」
「朝餉?一体何を食べたのだ…」
確か、韓昭の食事は皇宮から支給されているもので毒見もされているはず…。
それが原因とは考えにくいのだが…。
「ちゃんと蒼羽隊に支給されたものです。なので、原因は私にあるのかと」
まさか、それも叔父上の仕業なのか?
皇太子専属の護衛韓昭は、普段から皇宮が用意した特別な物しか決して口にしない。
兄上が淹れた、お茶にでさえ口をつける事はなかった。体もかなり鍛えているので、簡単に具合が悪くなるなど決してないはずだ。
彼は、始め息もできないほどの痛みだったが、今何度か吐いたら楽になったとゆっくりと立ち上がった…
「今少し、あちらで休んでいた方が良いのではないか…」
「もう日が暮れると言うのに、まだ殿下と凌雪さんが戻られていないのです。一刻も早く探しに行かねばなりません。寧王殿下、何かご存知ないでしょうか…」
ここで知っていることを話した方が良いのは、重々承知していた。
しかし、そうなれば慶淵王の策略もすべて話さねばならぬ。
そうすれば叔父上も、もうただでは済まされない…
――私の中で、彼を裏切ることにまだ少し戸惑いがあった。
「韓昭、私も一緒に探しに行く」
「いいえ。今沈嶺と鋼龍隊が狩場に向かっています。
日が落ちた山は危険なので、どうか寧王殿下はこちらで待機してお待ちを。私は今から蒼羽隊を率いて、山を捜索する為出立します」
そう言うと息も絶え絶えで馬に乗り込み、彼は兄上の捜索に向かった。
私は天幕に戻り、母上に事の次第を報告する。
母上の蘇貴夫人は、“慶淵王は、なぜそのようなことを”と怒り心頭だ。
私の心の中にも、叔父上に対する憤りが渦巻くがどうすることもできず、ため息ばかりがこの部屋に零れ落ちた。
――どれほどの時が過ぎただろうか…
凌雪を探しに行った凌玄珣は、何の形跡もないと肩を落とし戻ってくる。
万が一の為、陛下により御医が宮廷から呼ばれ待機した。
凌孟昊が家に使いをやったので、心配した祖母が、凌雪の懇意にしている神医をよこす。
次に韓昭率いる蒼羽隊が、戻ってきた。
沈嶺はまだ山を探しているとの事で、天幕の前には不安が広がった。
その時ある大臣夫人が、≪崖から落ちる、皇太子殿下に似た狩衣の者を見た≫と言い出し、皇后陛下は気を失われる。
それを聞き、陛下も気が気ではない様子で、韓昭にすぐ崖下を捜索するよう命じられた。
私は“これでやっと崖下が捜索される”と、胸をなでおろす。
何もできない自分が、もどかしくてたまらなかった。
―――凌雪、どうか無事でいてほしい…
絶望的な状況は、刻一刻と過ぎていく。
祈りにも似た気持ちは、時の長さを数倍に感じさせた。
そこにいた誰もが、兄上と凌雪の安否を心配している。
その中で、慶淵王と韓清之は何食わぬ顔で、ずっとこそこそと話をしていた。きっと思い通りに計画が運び、腹の中では高笑いしているのだろう。
凌家は皆、私と同じで気が気ではないようだった。夫人などは涙を流し、凌孟昊と玄洵に詰め寄っている。この時ばかりは、さすがに凌媛羅も悲痛な面持ちだった。
少しして崖下を捜索に行った蒼羽隊が戻り、韓昭が陛下に報告した。
「くまなく崖下を捜索しましたが、殿下は見つかりません。生存の可能性がある場合、状況から遠くには行けないはずです」
「煊王の亡骸も見つからぬか」
「はい」
「すまないが韓昭、もう一度捜索してくれないか。何としても煌を探し出さなければ」
悲壮な様子の陛下に指示され、韓昭は深く頭を下げた。
彼も、まるで自分が全ての責任を負っているかのような、沈痛な面持ちだ。
その後凌孟昊が、韓昭と玄洵に≪崖下の捜索場所を変えよう≫と相談しているのが聞こえる。そこには、凌雪が懇意にしている神医の姿もあった。
私は彼になんとなく、不思議な感覚を覚える。心配をしているようには見えるが、すべてを知っているかのような落ち着きが備わっていて、他の誰よりも冷静に見えた。
韓昭が出立しふと気付くと、先ほどまで凌家と一緒にいた神医の姿が忽然と消え、どこにもいない。
それからはその日、神医の姿を目にすることは一度もなかった。
時が過ぎ、そこにいる誰の顔にも、絶望の色が漂い始めた。
私も今すぐに、凌雪を探しに行きたいのに、煊王の二の舞になってはダメだからと、父に止められそれすらも叶わぬ。
夜も更け、いよいよ絶望的だと、誰もが思いかけていたその時だ。
「陛下!!皇太子殿下、見つかりました!」
馬車を率いた韓昭が、皇太子が無事だったと戻ってきた。
「煌よ!無事であったか!!」
陛下と皇后は一斉に立ち上がり、転がるようにして馬車に駆け寄ると、兄上の帰還を涙ぐんで喜んだ。
聞けば、兄上は歩けぬほどの怪我を脚に負っていたので、蒼羽隊が馬車を用意したりしていたらしく、その間報告ができず今に至ると。
凌家の人々も、涙ながらに凌雪の無事を喜び、その馬車に駆け寄る。
無事にそこから降りて来た凌雪を、家族皆が安堵の涙を流し抱きしめていた。
それを見て、私もすぐに駆け寄りたかったが、叔父上の事で罪悪感が浮かび、側に行くのが憚られる。
するとその時、皆の背後から韓清之が、大声で思いもよらぬことを言い始めた。
「皇太子殿下が危険な目に遭われるのは、いつも凌孟昊の末娘と一緒の時だな」
それに陛下が、すかさず反応した。
「韓清之、何を申すのだ」
「陛下、凌孟昊の娘凌雪は寧王殿下をも魂縛(身も心も夢中にさせること)させ、臣下の間では“魔性の女子”と噂になっております。
凌孟昊の娘が、皇太子殿下のお命の危機に必ず巻き込まれるのは、少し妙だとは思いませんか」
そこにいる誰もが、その話で一斉に凌雪を見た。
「陛下。宮中では皇太子殿下が、“婚約者凌媛羅よりも凌雪を気にかけている”と言われているのをご存知でしょうか?まことしやかにささやかれている話でございます。
凌雪は寧王殿下の婚約者。これは、この国の災いの火種にはならないでしょうか」
そう言って深々と頭を下げた韓清之に、父帝が凌孟昊の方を困った顔で見た。
「そのような話は、初耳だ。皇太子に限ってそのようなことはあるまい。
寧王も凌雪と仲睦まじいと蘇貴夫人から聞いておる。適当なことを、申すではないぞ」
そうたしなめた父帝に、今度は伯父の慶淵王が口火を開く。
「いいえ。同じ家から二人も皇室に嫁ぐなど、普通はありえない話でございます。寧王は、凌雪に騙されているのです!」
――何を言うのかと思えば。
叔父上は私と凌雪の事を最初から反対していた。
ここにきて兄上を陥れるだけでなく、私の邪魔までするつもりか。
「皇太子殿下も寧王殿下も、凌雪に惑わされている間に凌孟昊が謀反を謀っているのではないでしょうか!皇太子殿下が凌媛羅を薄待ち(ぞんざいに扱う事)しており、皇后さまも手を焼かれているとか!今回の件は凌雪を牢に入れ、即刻お取り調べを」
畳みかけるように続けた、韓清之のその言葉に頭に血が上り、咄嗟に私は母上を見た。
―――悪いが、これ以上叔父上の味方はできない。
自分たちが陰で画策しておきながら、全てを凌雪のせいにして侮辱するなら、私にも覚悟がある。
私が反論しようと口を開けたその時だ。馬車の中から冷静な兄上の声が発せられその場の空気が張り詰めた。
「お待ちください」
――「皇太子殿下だ。ご無事なのか…」
――「意識はあるようだ」
口々に兄上を心配する声が漏れ、皆の視線が馬車に注がれている。
すると韓昭に抱えられて、煊王がやっと姿を見せた。怪我は酷いようで、一人では立つこともできない。
「煌や」
その姿を見て、皇后が涙ぐんでいる。
歩くのがやっとの痛々しい姿に、傷だらけの顔を見て、誰もがその御身を心配した。
「皆にも、心配をおかけした。
経緯は追ってお知らせするつもりでしたが、先ほどの話を黙って聞いてはいられません」
「皇太子殿下も、凌家の末娘の肩を持つつもりか!」
兄上に向かって、韓清之が大声をあげる。
その声にも冷静に、兄上は応じた。
「私がいつ凌媛羅をないがしろにしたと?誰がそのようなことを言っているのです。
確かに初めは、決められた婚姻に戸惑いました。しかし幾度と顔を合わせるうちに、私が凌媛羅を慕うようになったのは事実です」
その言葉を、そこにいた誰もが息を飲み聞いていた。
「確かに凌雪は、私と二度も命の危機に巻き込まれた。それはどう見ても、私と凌家を狙っている者の仕業かと。
もし凌家が仕組んでいるのであれば、私を陥れる為に自分の娘を犠牲にする必要があるのでしょうか?
このような危険な目に遭い、娘が死ぬかもしれないと言うのにです。
それに言っておくが、私から見れば“弟の大切な婚約者”であり、この心は凌媛羅を大切に思っている。
韓清之と慶淵王は戯けた事をもうすでないぞ!凌媛羅に失礼である!」
兄上がそう言い放った時、二人は苦虫を噛み潰したような顔になり、そのまま黙ってしまった。
その後韓昭に支えられて、ゆっくりと馬車から降りる煊王に、凌媛羅は駆け寄りそれを手伝った。
群臣の面前で兄上に宣言され、その顔には喜びが隠せない。
「韓清之。煊王はそう言っているが、まだ反論はあるか」
そう言った陛下に、韓は深々と頭を下げ慶淵王と顔を見合わせた。
「皆の者。此度の婚姻は、朕が決めた事なのだ。凌孟昊は逆に大層憂慮しておった。
ゆえに、この婚姻に反論するという事は、朕に反論しているという事。どうか我が息子たちの婚姻を、温かい目で見守ってやってほしい」
父帝の言葉に、どこからともなく拍手が沸き上がり、韓の言葉はかき消されていった。
それから兄上は、皇宮から用意された別の馬車に乗り、媛羅と御医に付き添われ、煊王府に帰って行く。
本来なら宴会が催され、和やかな刻を過ごしているはずだったが、このようなことが起きては、仕方あるまい。
皆それぞれに帰り支度をし始める。
その時の私には、あの慶淵王と韓清之の話が、何度も頭を駆け巡っていた。
このままではまずい。
叔父たちの計画が兄上の暗殺だけでなく、今や凌孟昊や凌雪にも矛先が向いていると感じる。――
―いったいどこまでやるつもりなのだ。私は皇太子になど、なるつもりはないとあれほど言ったのに。
その時ふと凌玄珣と目が合い、頭を下げられたので、私は凌家のそばまで遠慮がちに歩いて行った。
家族は私が来たのに気が付くと、皆一礼し凌雪を残して下がる。
「凌雪、怖かっただろう。無事で本当に良かった…心配したのだよ…」
そう声を掛けると、彼女は力なく私に微笑み頭を下げた。
「はい、寧王殿下。大変ご心配をおかけしました」
「あの後、一体何があったのだ…」
きっと慶淵王が、私と凌雪を引き離したのは、意図的だったに違いない。
「あの小川のそばで休んでいたら、煊王殿下が馬で通られたのです。すると黒装束の一行が急に現れて…」
「黒装束?」
「煊王殿下が、私を助けて下さったのですが、二人で追い詰められ、崖から転落を…」
それを聞いて、私は思わず凌雪を抱きしめた。
崖から転落したのは事実であった。これでは、助かったのが奇跡ではないか…。
恐らく今回も、黒衆門の仕業に違いない。
叔父上たちは、本気で兄上と凌雪を殺すつもりだったのだ。
「そのような事が凌雪に…本当に助かってよかった」
絞り出すような私の声に、凌雪が小さく頷く。
「生い茂る樹木の中に落ちたので、とても運が良かったようです…。皇太子殿下が咄嗟に判断されたようで…」
もし兄上がいてくれなかったら…凌雪は死んでいたかもしれない。これは、本気で慶淵王と話し合わねば。慶淵王の謀反を止めないと、いつか本当に凌家に害が及ぶ。私が皇太子になる意思はないと、もう一度はっきりと伝えよう。
「凌雪、今日は帰ってゆっくりと休むが良い。本当に無事でよかった…」
「はい、寧王殿下」
「明日、凌家に見舞いに行くので、凌孟昊に伝えてほしい。気を付けて帰るのだよ」
「はい」
私は凌家の馬車を見送ると、その足で天幕にいる慶淵王を尋ねた。
「叔父上、失礼します」
一礼して部屋に入ると、叔父の慶淵王は、私を見るなり、憮然とした顔で大きなため息を一つつく。
「何の用だ。私を笑いに来たのか」
「どうして、いつも凌雪を巻き込むのですか!!」
詰め寄った私に、叔父上は悪びれもせず、そばにある剣を抜き正面から私に向けた。
「前から言っているだろう。女の一人や二人…なんだと言うのだ」
「まだ、言うのですか!」
「凌孟昊がいると、李乾徳は絶対に引きずり下ろせん!」
叔父は、私に当たるか当たらないかの、ぎりぎりの場所に剣を振り下ろすと、外にまで聞こえてしまいそうな声で叫んだ。
剣の先が喉元に迫る。だが、もう私に怯えはなかった。
「もう、全て諦めてください。私は皇太子になるつもりはありませんので」
「何もかも煊王に奪われたとして、そう言えるのか」
「別に私は、兄上に何も奪われてはいない」
「果たしてそうだろうか。先ほどの韓清之の話も、強ち間違ってはいないのでは」
「どういう意味ですか」
「凌媛羅によると、煊王は自分に目もくれず妹ばかりだと」
凌媛羅、まさか叔父上にも話しているのか?
あの女の妄想は度が過ぎる。
話を聞いてやったのに、まだ兄上を疑っているのか。
「あの女は、私にも相談していました。兄上の事を思うばかりに過度な心配をしているのです」
「でも皇后も、煊王が媛羅に冷たく、手を焼いていると愚痴っているぞ」
「……」
「お前も盲目にならず、凌雪を警戒した方がよい。寝首を欠かれて、命を落とすことの無いよう、言ってやっているのだからな」
「兄上は先ほども“凌媛羅を慕っている“と、皆の前で言っていたではありませんか」
「あのような戯れ言を信じているのか?まあよい。そう思っていればよいではないか。いずれすぐにわかる!私の言っている事が真実だとな!!」
――叔父上が言うような事はないはず。慶淵王はどうかしている。もはやたくらみが無謀だと分からないのか。
私はそのまま何も言い返さず、口元を固く結ぶと踵を返し、その天幕を後にした。
外には何事もなかったかのように、満点の星が輝き穏やかな夜空が広がっている。
「兄上が…凌媛羅ではなく、凌雪を?まさか…」
この時感じた、まだ少し肌寒い初夏の風が、わずかに、私の心に不安の色を落としたのを感じた…。




