第二十七話 狩り場での危機
「…殿下をお慕いしております」
先ほどの話から、婚姻前でその心が揺れているのだなと思った。
殿下とは寧王の事だと。
―――「それは寧王に…」伝えよ。―そう私が言おうとした時だった…
「私は、煊王殿下をお慕いしているのです。…だから、寧王殿下に心が動きません。私がお慕いしているのは、煊王殿下なのです」
その凌雪の言葉に、一瞬私の時が止まった。突然の思わぬ彼女の告白に、足が止まり振り返ることもできない。
頭の中で、何を言ってやればよいのか、考えもまとまらず混乱していた。
私は、彼女を受け入れる事も、だからと言ってすぐに突き放すこともできず…
ただ黙ったままで背を向けていると、凌雪は続けた。
「それは私のわがままでしたね。この思いは姉上を悲しませてしまいます。父上の期待にも応えねば。これから寧王殿下をお慕いできるよう、私なりに精いっぱい努力します」
…それを背中で聞き≪そうだな≫とだけ返事をした。
そして真っ直ぐに玄風の所まで歩いて行き、凌雪には声もかけないまま振り向かず、その場を離れようと手綱に手を掛けた時だ。
一本の矢が目の前の木に刺さり、玄風が前足をあげて嘶く。
「誰だ!」
私の大声に、凌雪が振り返り慌て始めた。
木に刺さった矢を見ると、この狩りの為に用意されたものではない事がわかる。
この狩りでは何も起きそうにないと、沈嶺から報告を受けていた。だから護衛も今日は、韓昭だけだ。
その韓昭も、先ほどから全く姿が見当たらない。
「凌雪、来い!!一緒に山を下りる!」
そう言って彼女に足早に駆け寄り、玄風に乗せようとしたその時だ。今度は後ろから矢が飛んできて 玄風の横を掠めて飛んでいく。
それに驚きまた前足をあげた玄風に、凌雪が恐れて叫び声をあげた。
この状態はとてもまずい。今回は油断していた。もしかしてまた、慶淵王の策略か?!
玄風にしがみついている凌雪を抱きかかえるようにして、鞍に足をかけ飛び乗り、矢を避けながら手綱を緩め、玄風を思い切り走らせる。
今私の手にあるのは狩り用の矢数本と、護衛の剣一本のみ。出来るだけ早く、人がいる場所に逃げなければ、凌雪が危ない。
怖くて身を縮めた凌雪を胸に、矢の来る方を見定めながら走る。
道を下りたいのに、後ろから矢が飛んでくるから上に逃げるしかない。
木立の中からだから、敵の数がわからないが、このまま上に登って行けば、追い詰められてしまうだろう。
このままわき道から翠陽原の方に出るか…そうすれば蒼羽隊の援護が…
韓昭は、一体どこに行ったのだ?!肝心な時に何をしている!
そうしているうちに、今度は馬に乗った黒装束の集団が、横道からも一斉に追いかけてきて、次々とこちらに向かって矢を放ってくる。
前に凌雪を抱えていると、剣も抜けない。これでは逃げるのが精いっぱいだ。
後ろを気にしながら、行ける方に逃げていたら今度は方向感覚を失い、いつの間にか崖の上に出ていた。――――この先は行き止まりだ…
崖下を見れば生い茂った樹木に覆われているが、ここからかなり高さがある。もし飛び降りれば、私も凌雪も命はないだろう。
「皇太子煊王よ!!もうおしまいた!!油断したな!お前もこれが最後だ!」
私達を取り囲んだ刺客たちの中央で、馬上から叫んでいるひときわ体が大きな男が面を外し叫んだ。
あれは、黒襲門の獄風ではなかったか?!ならやはり黒幕は、慶淵王李昶か。
凌雪は恐ろしさのあまり、顔が真っ青で震えている。
怖いのだろう…このような目に遭わせたくはないのに、いつもこうやって巻き込んでしまう。
沈嶺は、この狩りには何も異変がないと言っていた。
夫人の参加も多く、慶淵王も夫人と参加している。事前に黒襲門も全く動きが無かったと…
「今日は、護衛が手薄のようだな!!おかげでこっちは仕事がやりやすい!計画通りだ!」
獄風は、隣にいる仲間に合図しこちらに向かって弓を構えさせた。
「まて!!狙いは私だろう!!私が馬から降りて残る。だから彼女だけは逃してくれ!」
私がそう言って馬を降りようとしたら、凌雪が泣きながら私を引き留める。
「殿下!やめてください!私が代わりに」
そう言って馬から降りようとするから、それを慌てて引き留めた。
「お前が降りて、どうするのだ!」
そう言って後ろから強く抱きかかえたら、敵に向かって叫びだした。
「もうやめて!!お願いです!助けてください!!」
「やめろ凌雪、言ってわかるような相手じゃない!」
「でも殿下が!!」
私達が馬上で揉めていると、獄風が叫ぶ。
「凌孟昊の娘だな!!お前も一緒にあの世へ送ってやる!!」
なぜだ。この間と同じでまた媛羅だと思っているのか?
どっちでも良いが、時間稼ぎはもうできない。
後ろの谷に落ちるか、凌雪だけ正面突破で、玄風と逃げさせるか…
「凌雪、よく聞け。この玄風は特殊な訓練をされている馬だ。
私が囮になれば、あの隙間を縫って翠陽平原まで一気に戻れる。
敵の狙いは私なのだ。
私が残ればお前は逃げられる。お前にできるな?」
「嫌です!!」
「怖がっている場合ではない!!」
「怖いのではありません。殿下を残していくのが嫌なのです!たった一人でここにいてどうするつもりなのですか」
そう言ってぽろぽろと涙を流している。
私だって凌雪を一人で行かせるのは、不安しかない。
でも一緒に残れば、どちらも殺される。お前を助ける方法はこれしかない…
「死んでもらうぜ!!皇太子煊王李煌!!」
獄風がそう叫び、今度は黒装束が全員一斉に矢をこちらに向けて構えた。
これではもう無理だ、間に合わない…私だけでなく、凌雪も命を失う。
こうなれば一か八か…
「凌雪、私にしっかりと摑まれ!」
私はそう言うと彼女を力の限りこの胸に抱きしめ、意を決し玄風の背から崖下へそのまま飛び降りた。その時、瞬時に右足で玄風の尻を蹴り、嘶きと共に玄風は黒装束めがけて走り出し騒ぎになっていた。
私は落ちる時、途中何度も、手にしていた唯一の剣を岩肌に立て、崖下に落ちる速さを緩めようとしたが、凌雪を抱えている為、二人分の重さでその勢いが止まらない。
このままの速度で落ちれば、二人とも間違いなく死ぬ。
あと少しの所で、木々の隙間に落ちそうだ。
私は更に両腕で凌雪の頭を守るように抱え、身を丸めそのまま樹木の中に落ちた。




