第二十五話 皇太子暗殺計画
廬山峠での皇太子の暗殺計画が未遂に終わった為、私たちは次の機会を狙っていた。
ここ慶淵王符「青霧の間」で開かれる、秘密の会合はもうこれですでに何度目か。
同じ先帝の子として生まれ、栄華を極めている、兄の今上皇帝陛下・李乾徳。
まずは皇太子を暗殺し、李乾徳を皇帝の座から引きずり下ろした後、私慶淵王李昶は、寧王李璿を帝位につけようと画策している。
寧王李璿は、実は私の唯一の血が繋がった息子だ。
ゆえに皇太子・煊王李煌ではなく、我が子に皇位を継がせたい。
ずっとそう目論んでいる。
そして私は皇太子の後見人として影の権力者となるつもりだ。
―――私と李乾徳は、実は双子の兄弟であった。
昔から双子は災いを呼ぶと信じられていて、本来ならば後に生まれた子は始末される。
しかし当時皇后だった母上が、それだけはかなわぬと言って先帝である父に懇願した。
顔が似ていない双子ゆえ、先帝は私を側室の子として育てさせる。
同じ兄弟でも、私の本当の生誕日は伏せられ、兄の一か月後に側室の子として生まれたことにされた。
私が皇位を奪おうと画策し始めたのは、初めからではない。
兄には、剣や学問で勝ることも、度々あったし
≪私はそのような境遇だから≫と、引け目を感じる事もなく育った。
側室の母は子ができず悩んでいたので、とてもかわいがってくれて、父には重要な任務も多々任されていた。
そして―このまま兄の補佐として、国を盛り立てて行くのだろう―と、そう思っていたのだ。
しかしある日を境に、兄上の考えが全く理解できなくなる。
今まで尽くしてくれていた先帝からの人臣を、一気に粛清し始めた。
彼らは贅の限りを尽くし、民から搾り取った税で私腹を肥やし、代々要職に就く。それを厳しく取り締まり始め、恩がある者たちをも全て処刑した。
民の為の、兄の考えもわからないでもない。
しかし最後に処刑された宰相の謙高徳は、私たちをとてもかわいがってくれた母の叔父だ。
早くに父親を亡くした母にとって、叔父は父親同然の存在だった。
確かに、謙高徳は隣国からの資金も、一部流用し懐に入れていた。
そして母の立場を利用して権力を持ち、国庫の資金も着服していた。
親族の子女は皆要職に着いたり、名家に嫁いだりしたが、そこにも裏金が絡んでいたのだ。
しかし当時、そのようなことは、どこにでも転がっている話だった。
そして私たちの母皇太后は、処刑だけはやめてくれと何度も懇願した。
しかし李乾徳は≪他の者に示しがつかない≫と、迷わず謙高徳を斬首したのだ。
――兄が斬ったのは、叔父の首ではない。母の心そのものだった。
それ以来李乾徳は、身内に対しても容赦なく、おかげで民には聖君だとあがめられてはいるが…今一人、また一人と私を頼る大臣たちも出てきて、それは巨大な勢力になろうとしている。
清い水では息もできない種類の人間も、この世にはいるのだ。
私はその後、現在兄の側室である蘇貴夫人と深い関係になった。
彼女は、当時正妃ばかりを贔屓し、側室である彼女には見向きもしない兄に悩んでいた。
蘇貴夫人は、始め私の正室になるはずの人だった。
けれど兄が、宮廷宴会で見初めた彼女を、側室にと自ら望んだ。
当時私は彼女にそこまで思い入れもなく、先帝に言われるがまま、彼女を譲った。
ある日偶然にも、兄の事で泣いている彼女を見かける。
私から奪っておきながら、蔑ろにしている事実を知り怒りがこみ上げた。
そして彼女の話を聞いているうちに、私は兄の側室の蘇貴夫人と深い関係になる。
そして生まれたのが、現皇太子の弟・寧王李璿だ。
――兄の息子として…
「今日は、寧王はいらっしゃらないのですか」
大臣の韓清之が私に尋ねた。
韓は、私の三十年来の親友だ。学友でもある。私が兄に反感を持ち始めた頃、思想に賛同してくれて今に至っている。
「寧王は、この計画からは外す」
「殿下、なぜです急に」
「寧王は情に脆すぎる。凌孟昊の娘にうつつを抜かし、あの廬山峠の一件も、私を責め立て、≪陛下に告げ口する≫とまで言い出した」
「帝誕宴でも、そうでしたな。今は凌孟昊の娘しか、目に入っていないようだ」
「寧王は無視だ。
蘇貴夫人がうるさいので、皇太子だけ狙うつもりだったが、そんな生ぬるい事を言っていては事が進まぬ。凌家も潰さねば、この大事は成せない。
今南部の兵は、どれほど用意できるのだ」
「ざっと凰影門に二万ですな。でもあの兵は雑兵も多く勢力になるかどうか」
「私が持つ兵と合わせて七万ちょっとか。まだ足りないな」
「凌孟昊は十万なので、策によっては戦えなくはないかと」
「あっちは精鋭揃いだぞ。やはり寧王の兵五万がいる」
「副将軍の蒋玄庭を使えば互角かと。どうでしょうか。
蒋玄庭は、凌孟昊の策を知り尽くしておりますからね」
「そうだな。あいつは副将だが、凌孟昊を凌ぐ名将だと言われている。なのに、ここ数年ずっと凌孟昊の下で不満も募っているはずだ。
では、あいつを引き込もう。地位をちらつかせれば靡くやもしれぬ。そして水面下で私ももう少し、兵を用立てしよう」
「まずは皇太子ですかな」
「翠陽遊猟が契機だ。あの狩りで皇太子を狙う。
鋼龍隊の隙をつくのだ。まずは皇太子の命さえ奪えば、あとの計画は雪崩式に動いていく」
そこへ黒襲門の獄風が入ってくる。
「すみません、遅くなりました。 」
彼はそう言うと、大きな身体を少し丸めて小さく頭を下げた。
燭台の炎が揺れ、青霧の間に微かな香の匂いが漂う。
獄風が入ってくると、床に響く重い足音が耳を刺し、空気が一段と冷え込んだ。
「この間の失敗の事は、わかっているのだろうな」
獄風に釘を刺しておかねば、何度もこういう事があると信じられなくなる。
「はい。あの時は金で使った男達が、口の軽い奴らだったもので。今度はしくじりません。見ていてください。蒼羽隊の中にも、うちの間者を潜り込ませました」
そう言って獄風は、前のめりになって計画を話し始める。
「それで?」
「皇太子の動きは、全て把握しています。それに今度は、こちらの動きは全く把握できていないかと。部隊を散らばらせ、皇太子の目が全く届かないやつらの集まりを、あっしが幾つか準備させています」
「蘇貴夫人の案は却下するぞ。寧王の女にかまってなどいられぬ」
「寧王殿下に知られたら、厄介なことになりませんかね。あっしらに文句をいうのでは。」
「文句など言わせておけ。歯向かえば、大事なものを失うと言ういい薬になるだろうから」
私は正直、注文ばかりの蘇貴夫人と寧王に少々うんざりしていた。凌孟昊の娘凌雪に媚び始めたあたりから、おかしくなったような。あの娘は何なのだ、一体。
蘇綺瑛にしても李璿にしても、あの娘を言い訳に自分達の事ばかりだ。一体誰のために、ここまでしていると思っているのだ。
「狩りでは皇太子以外、やれるものはやっちまいましょう」
そこで、黒襲門の獄風が口を挟んだ。意気込みだけは一人前だ。
任せておけと言いながら、黒襲門も今まで皇太子に太刀打ちできていない。
そこで韓清之が口を開いた。
「狩場には、凌孟昊の息子もいますよ」
「そうだな。あれも頭が切れるし、蒋玄庭に劣らぬ。父親を殺しても、凌玄珣が残れば反撃に出て来るであろう」
「不意をつくしかないですな。凌家は一気にやりましょう」
「もし翠陽遊猟の時、凌孟昊の息の根を止められなければ、韓清之は“凌家が謀反を起こそうとしている”と噂を流すのだ」
「承知しました」
「獄風、他にはどうする」
「私はいざという時、暗殺四人衆を使います」
「暗殺四人衆?」
「妖術に長けた奴もいるので、今度こそ皇太子の息の根を止めて見せます。殿下の揃えた精鋭とは別に、あっしが揃えたのです」
「黒襲門の失態はもうこれ以上目をつぶれぬ」
「期待していてくださいよ。追い詰めて、矢でハチの巣にしてやります」
そう言って笑った獄風は、にやりと笑って黒い歯を見せた。
兄の政治は理想ばかりだ。
理想は人を殺し、現実は欲に溺れる者が勝つ。それがこの世の定めだ。
この世の中に平等などない。
兄と私がそうであるように……
これから動き出す運命は、全て自分が蒔いた種だという事を兄上に思い知らせてやる。
そして、今まで意のままにしてきたことが、どれだけ禍根を残したかという事も…
目の前で息子が死ねばわかるだろう。母が叔父の死をどのようにして受け入れたのか。
「見ておれ…李乾徳…」




