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第二十一話 妹への嫉妬


私が凌雪を陥れたことに気づいた皇太子殿下が、事件の翌日早朝、私を訪ねてきた。


「媛羅お嬢様、まだお休みのところすみません。皇太子殿下が至急お会いしたいと」


部屋の外から、凌雪の侍女である蘇璃が私を起こしにきた。

ちょうど起きたばかりで、まだ身支度もしていない。


「まだ起きたばかりだから、困るわ」


「それが、大至急だと言われていて。何かあったのでしょうか。お一人で、馬でお越しになっています。とにかくお嬢様を呼んできてほしいと」


そう言われ、渋々と上着を羽織って門の前へ行く。

皇太子殿下は私を見るなり強く腕を掴み、門の陰へ強引に連れて行った。


「おはようございます。皇太子殿下」


一礼したが、煊王(けんおう)殿下は感情を抑えられない様子でいきなり私に怒鳴りつける。


「昨日どうして凌雪に、凌玄珣(りょうげんじゅん)が呼んでいると嘘をついた。どういうつもりだ!」


拳を震わせて私に怒る殿下に、一瞬ひるんでしまった。

しかし、疑われるわけにはいかない。


「私も見知らぬ男に、言われたのです。兄上が凌雪を呼んでいると」


「そんなはずはない!」


「どうして、そう言い切れるのですか」


「あれは、こちらでも事前に、全て分かっていた罠だ」


やはり、私を殺すための?


「凌玄珣も把握している。私を囮にして、敵の正体を暴くつもりだった」


「敵の正体?」


「呼び出されていたとしても、何が何でもお前だけは助けるつもりで……だからお前に映衛(えいえい)を付けたのだ! 凌雪には付けていなかっただろう。巻き込まれるとは思っていなかったからだ。だが、お前のせいであんな目に。分かっているのか! それがどういうことなのか」


「私は知りません。私にとっても大切な妹なのです。私を疑うなんて! 殿下はひどい」


「今朝、映衛が南煙港(なんえんこう)で、金で買収された男二人を捕らえた。その男たちが、凌媛羅を呼んでくると言った女がいたと。凌家のもう一人の娘だったと、そう口を割ったのだ」


「……」


「凌雪が死んでいたら、どうするつもりだったのか答えてみよ!」


煊王のあまりの剣幕と形相に、言葉が出ない。

黙ったまま泣きそうになり殿下を見つめていると、彼は火が付いたようにさらに続けた。


「このようなこと、たとえ凌孟昊の娘でも絶対に許さぬ。今後このようなことがあれば、陛下に話してお前との婚姻を取り消す! 二度とするな!」


そう吐き捨てるように言うと、殿下は袍の袖を両手で翻し、怒りを露わにして馬に飛び乗り帰っていった。


―その馬が地面を蹴る音が、残響のように耳に残る。


殿下のあまりの怒りに、足の震えが止まらない。

――あの男たち、捕らえられたのね。あの時は、別に雪がどうなるかなんて考えていられなかったのよ。自分が殺されるかもしれないって、聞いたのだもの。


敵の正体を暴く? 一体煊王殿下に何が起きているの。寧王はこのことを知っているのかしら。


私はすぐに寧王府に文を書き、殿下に夢錦楼(むきんろう)に来るように伝えた。話があると……。


それから次の日の夕刻になり、日が暮れ始めた頃、約束の「夢蝶(むちょう)の間」へ行く。

先について少し待っていると、遅れて寧王李璿(りせん)が部屋に入ってきた。


私の向かい側に座ると、話は何かと聞いてくる。


「この間、雪が襲われた襲撃のことですが」


そう言い出したら、真っ直ぐに見つめる寧王殿下の視線が微かに細められた。

―それが何かを知っているのでは?という疑念を抱かせる。


「あの日は、皇太子殿下が狙われていたのですね」


「私は知らぬ」


「ではなぜ、敵は皇太子殿下をおびき出したのですか?」


「兄をおびき出し狙ったと、誰に聞いたのだ。狙われたのは凌雪ではないか」


凌雪、凌雪、凌雪……。どの男もその名を、口を揃えて言う。


「皇太子殿下は、黒幕を探しています」


「……」


「昨日私を呼び出そうとした男たちが、捕らえられました」


「なぜそのようなことを、お前が知っているのだ」


「皇太子殿下から聞いたからです」


「兄上は女子(おなご)にそのような、大事な話はせぬ」


「私が凌雪に嘘で陥れ、彼らに渡したからです」


私がそう言うと、寧王は怒りで立ち上がり、目の前に置いてある茶器を、その手で勢いよく払いのけた。床に大きな音を立てて落ち、割れた茶器の音が部屋に響く。


私の心は、この茶器のようにいつも粉々にされるのだ。

―凌雪のせいで。 寧王殿下の握られた手は、怒りで小さく震えていた。


「黒幕は誰なのですか。寧王殿下はご存知なのでは? 皇太子殿下に手を出さないように伝えてください」


「それよりお前だ。凌雪になぜそんなことを?」


「殺されると聞いて、みすみす自分が行くのですか?」


「にしても、他に手立てがあっただろう。誰かにすぐ相談すればよかったではないか。聞けば、お前には兄上が映衛を付けていたと聞いた」


「私は雪に、この世からいなくなってほしかったのです」


「何を言っているのだ。自分の妹だろう」


「妹ですが、邪魔なのです」


「邪魔?」


「殿下、一刻も早く凌雪と婚礼を挙げてください。皇太子殿下が凌雪を慕い始める前に」


「何を言っているのだ。兄上はお前と婚約しているではないか。なぜそこまでして凌雪を……」


「なぜだか自分でも分からないのです。どうして雪に対してこのような気持ちが湧くのか。でも、その気持ちが殿下に出会ってから日に日に強く……昨日皇太子殿下に、またこのようなことがあれば、その時は陛下に話し、婚姻を解消すると言われました」


「兄上に、凌雪を陥れたのは自分だと話したのか」


「初めは白を切りました。でも男たちが白状したと言われて、どうにもならず」


「当たり前だ。そのようなことを聞いて、兄上がその場で婚約を取り消さなかっただけでも、ありがたいと思え」


寧王は憤慨して、その場に勢いよく腰を下ろした。

腕を組み、その顔は怒りに満ちている。


「これは凌雪の問題ではない。お前の問題だ。今のお前では兄上でなくても愛想を尽かす」


「私は煊王殿下に、慕われたいのです」


そう言った私に、寧王は意外にも冷静に話し始めた。


「兄上は残念ながら、今お前が思っているような人ではないのだ」


「それはどういう意味ですか」


「婚姻も全て自分のためではなく、国のためだと割り切っている。

恋慕だの愛だのとは、無縁の人だ。

それにお前が言っているよう、万が一凌雪に思いを寄せようとも、それを口にする人ではない。

感情に溺れて行動するような、そんな人ではないのだ。

陛下にご婚姻を賜っておいて、簡単にそれを放り出したりは、絶対にしない」


「でも、命がけで雪を助けました」


「あれは、兄上はお前でもそうした」


「私でも?」


「あの一件は、兄上も事前に情報を掴んでいたらしい。だからお前に護衛もつけた。

それが計算違いで凌雪になったから動揺したのだ。護衛も付けていない凌雪が死ねばどうなったと思う。

大将軍凌孟昊(りょうもうこう)の娘だぞ? それが何を意味するのか、お前には分からないのか!」


「それは、雪でなくても誰でも助けたということですか」


「大将軍は虎府(こふ)を持つ。

本気になれば陛下もどうなるか分からない相手。

私でも凌家の娘は、命がけで守る。それがお前でもだ」


寧王にそう言われて、雪を殺そうとまで考えた狂気に満ちた自分が、煊王殿下を遠ざけていることの一つだと、ふと気づいた。


煊王殿下は雪に、私が思うような感情を持ってはいない? しかし今朝の彼の剣幕の様子を見る限り、それも釈然としないのだけれど……。


「これから私はどうすれば……婚姻はいずれ取り消されそうです」


「もうこれ以上、凌雪にかまうのをやめろ。その代わり、仕方がないから私が兄上との仲をできるだけ取り持ってやる。だからそう約束せよ。凌雪に手を出さないと」


そう寧王に言われ、破談が見えた私は、藁にもすがるような思いで、それを渋々承知した。


「分かりました。殿下の仰せの通りに」


「詳しいことは今話せないが、これはお前の感情の問題ではない。

これ以上おかしなことをすれば、いずれ国家の行く末を左右することにつながりかねないぞ。

それにお前との婚約が破棄になれば、煊王は陛下の信頼を失ってしまうのだ。

これからは私の言う通りに、兄上の前で淑女のように振る舞え。

婚姻までは静かにしていろ。ゆえに勝手に煊王李煌(けんおうりこう)の気持ちも邪推するな。」


「……」


「兄上が凌雪を想っているなど、それはない」


そう言った寧王はため息をつくと、凌雪を傷つけるようなことは二度とするなと、皇太子殿下と同じことを言った。




それから凌府に戻ると、兄上が雪の書を指導していた。


別に珍しい光景でもなかったが、なぜ雪だけが皆にこのように大切にされるのかと、踵を返そうとした。

その時兄上が、私の側にそっと来て中庭に来るように小声で話しかけてくる。


兄の後をついていくと、春の終わりを告げるような優しい風が、月明かりの下頬を撫でた。


「媛羅」


「はい、兄上」


「何か悩んでいることはないのか」


「悩んでいること?」


「一昨日のことだが……」


またその話か。そう思わずにはいられなかった。

でも兄の話は他の人とは違った。


「同じ妹でも雪と違って、お前は昔から冷静だったし、賢い女子だった。何をするにも先のことを考え、自分に不利になるようなことは決してしなかったからな。だからこそ、信頼し安心して見ていられたのだ」


「……」


「煊王殿下から聞いたけれど、今回のことはお前が雪を、となどどうしても私には思えない。何かお前に深い理由があったのでは?と思っている」


「兄上」


「そうせねばならぬ何かが」


初めて、私を思いやり事情を聞いてきた人がここにいた……。


「殿下のことででも、ずっと悩んでいたのではないのか?

本来なら女子にとっては良き縁だが、皇室と凌家の関係は複雑だ。最近苛立っていることも多いと春桃に聞いた。

殿下は割と気難しいところもある。側室という立場も本意ではあるまい。

何かあれば、話してほしいのだ。兄であり、家族なのだから。」


そう言った兄に、正直戸惑った。

いつでも雪とばかり、仲良くしていると思っていたのに。

出来心で雪を陥れてしまったことを、素直に反省する…

――兄の優しい声が、心に響いた。


「ごめんなさい」


「何かあれば、私でも父上にでも相談するのだよ。お前も雪も同じ大切な妹なのだから」


そう言って笑った兄は、私の肩を二度ほど小さくたたくと、雪の所へ戻っていった。


そう言えば、兄はいつも私を信頼してくれていた。


媛羅なら大丈夫だとか、媛羅は安心できると。

だからこそ雪と違って世話を焼かれることが少なかったのかもしれない……

雪にだけ優しいと、そう思っていたけれど…


皇太子殿下を想うあまり、私はおかしくなっていたのかも。


ずっと憧れていて、雲の上の人だと思っていた殿下と、他の女子の誰もが羨むような婚姻が決まり、絶対に失えないと思えば思うほど思い詰めてしまった。


これからは、寧王殿下が言うように少し冷静になろう。兄も気にかけてくれている……。


そう思うと、少しだけ心も穏やかになって雪を許せるような気がしていた。


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