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第十九話 不機嫌な皇太子殿下


昨日南煙港(なんえんこう)で、誰かに仕組まれたであろう罠にはまってしまった私は、もしも皇太子殿下が、助けに来てくれなければ…

今ここにいなかったのかもしれない。


流れるような矢の雨を交わしながら、命がけで守ってくれた。


今でも目を閉じると思い出す。

私の名を叫びながら、死力を尽くす御姿を…


けれど大事なお体に傷を負わせてしまい、その事が悔やまれてならない。



次の日の朝早く、私は父上に書斎に呼ばれた。


「雪児、寧王殿下との縁談の件なのだが」


「はい」


「私は、お受けしようと思っている」


それは、意外な父の言葉だった。


父がこの国でどういう立場にいるのか。

この家の娘である以上、それは知っているつもりだった。


だからこそ姉上の婚姻後、寧王殿下とのお話が出た時、私にはありえない事だろう…そう思っていた。


「父上、私はまだ嫁ぎたくはありません。この家に居たいのです。どうか、陛下にご相談を」


そう告げた私の肩に、父の大きな手がそっと置かれた。

その手の重みが、私への答えを示しているようだった。


「雪児、よく聞きなさい。昨日の出来事はただの偶然ではない。あれは皇太子殿下を狙ったもの」


「襲われたのは、私ですよ」


「お前は偶然巻き込まれたのだ。狙いは媛羅と殿下だった」


「姉上を?」


「水面下で、政変の兆しが見える。

まだ名は明かせぬが、煊王(けんおう)殿下を良く思わない者達が、事を画策し実行に移し始めた」


「そんな…」


「昨日お前に玄洵の名を語り、嘘をついて陥れようとしたのは媛羅だな」


「姉上も、きっと誰かにはめられたのです」


「確かに媛羅がなぜそうしたのかは、本人に聞かねばわからない。

だとしてもこのような事は、二度とあってはならぬ事。

現に煊王殿下は昨日お前を助けるために、負傷された」


「……」


「私は何としてもこの国を守りたいのだ。

陛下のために、皇太子殿下を守らねば。

そこに対抗する勢力が育ってはならぬ」


「父上…」


(かなめ)は寧王殿下だ」


「寧王殿下が?」


「寧王殿下が、煊王殿下の味方でさえあれば

何が起きても、国家の礎が揺らぐことなく強固になり繁栄する。

昨日の様な事が起きた時にも、皇太子殿下の様にお前を守ってくれるだろう。

お慕いしてくれている限り、大切にしてもらえるはずだ。

これ以上の良縁はない」


そう言った父の目には、決意の色が窺えた。


「私は…」


「今朝陛下に文を送った。

迷っていたのだが、私も腹を括らざるを得ない。

しかし皇室に娘二人を嫁がせる事になるとは…」


そう言って父がさみしそうに笑った時だった。


門から大きな声がして、陛下の勅使が来たことが告げられる。

父は私や家族とそれを受け、寧王殿下と私の婚姻を正式に受け入れた。



それからその日の辰の刻(7時~9時ごろ)、蘇貴夫人から文が来て、映月亭にて清談の席(食事を囲んでの集まり)を設けたいと。


…突然の事なので私一人で良いとの事だ。

その後私は父と母に送り出され、皇宮へ向かう。


映月亭のほとりの池の淵は、私と寧王殿下が初めて出会った場所でもあった。


あの日は、閑散としていた場所が、今日は明るく色とりどりの花で飾られていて、まるで違う場のようだ。


「よく来てくれたわね。待っていたのよ」


優しそうな蘇貴夫人と寧王が、私をにこやかに出迎えてくれる。

その笑顔で、少しだけ緊張がほぐれた。


亭案(ていあん)(テーブル)の上には、色とりどりの料理が並べられていて、よく見れば、私の好きな物ばかりだ。

父に聞いたのか、きっと寧王が気遣ってくれたのだろう。

その心遣いを、素直にありがたく感じた。


「急に呼び出してごめんなさいね」


「いえ」


「でも私もうれしくてつい」


蘇貴夫人はそう言って、寧王殿下と私を交互に見つめる。


とても喜びに満ちた表情で、その笑顔はとても美しく、寧王殿下によく似ていた。


端正な顔立ちの彼は、どこか静かな気品をまとっている。

切れ長の瞳は柔らかな光を湛え、私を優しく包み込むようなまなざしを向けた。

まっすぐ通った鼻筋が凛々しさを加え、小さく引き結ばれた唇は、寡黙な人柄を物語っている。


理知的で思慮深く、穏やかな表情の奥に、熱く誠実な心を秘めていた。


そんな二人の優しさは、声をかけられずとも自然と伝わってくるようだ。


「凌雪、昨日は大変だったと聞いているのだけれど。

あなたに怪我はないの?」


「私は大丈夫です。寧王殿下も昨日すぐに凌府に来てくださって。

お見舞いに高級な霊芝を、届けてくださいました」


そう言うと貴夫人は、はっとした顔で寧王殿下の方を見た。


咳払いを一つした寧王が、私たちに料理を先にいただこう…と促す。


「この子ったら…」と、小さな声が聞こえ、ふと首を傾げていると、寧王殿下はとりなすかのように、自ら私達に料理をとりわけ始めた。


後日わかったことだが、殿下は貴夫人からもらった霊芝を勝手に私に届けていたらしい。


それからしばらくして、貴夫人は突然箸を置き、

真っ直ぐに私を見つめた。


「凌雪。皇室に嫁ぐことは不安かもしれません。その気持ちは痛いほどわかります。でも、どうか私とこの寧王李璿(りせん)を信じてほしいのです」


私は、母親の目をした蘇貴夫人の話を黙って聞いていた。


「璿は小さいころから、決してわがままを言わない子でした。

私が厳しくし過ぎたせいか、我慢していたのかもしれない。

しかし、そんな璿がたった一つ。あなたとの婚姻を私に願い出てきました」


「母上、そのようなことは今…」


寧王殿下が話を止めようとするのを、貴夫人は手の平で遮り話を続けた。


「どうか、璿の思いを受け止めてやってほしいのです」


その時、父に言われた言葉を思い出していた。

――≪お慕いしてくれている限り、大切にしてくれるはずだ。これ以上の良縁はない。≫と。


私は貴夫人のその言葉に深く頭を下げる。


「私など身に余る御恩でございます。

竭誠盡意(けっせいじんい)(心の限りを尽くす+まごころ)にて御恩に報います」


寧王はそれを見て、慌てて私に(おもて)を上げるように言った。

貴夫人も涙ぐみながら、私に感謝しているとそう言って

和やかな会食が始まる。


時折楽しげな笑い声をあげ、本当に私たちを祝福してくれている蘇貴夫人。

そのそばで、優しく微笑みながらずっと話しかけてくれる寧王殿下。


二人を見ていて、自分の思うような婚姻の形ではなかったけれど、この縁は父の言うように間違いはなく、私の運命なのだと、…そう思おうと心に決めた。


その時ふと、映月亭から見える東宮・東華殿(とうかでん)の方に目をやると、窓際に皇太子殿下と韓昭さんがいて、何やら話している姿が目に入る。


あそこは殿下の執務室なのだと思うと同時に、昨日の矢傷の事が気になった。


危険も顧みず、自分に降り注ぐ矢を避けながら、皇太子殿下は、私を助けてくれた。


一歩間違えれば、ご自分の命も危なかったに違いない。

後でわかったことは、姉上を助けに来たという事。


姉上はなぜ私に、あのような嘘を言ったのだろうか。

しかも、咄嗟にそれを殿下に話してしまった。


…まさか、姉上が私を陥れようとしていたなどと、夢にも思わなくて。

でも、姉の本心は父上もまだわからないと言っていた。


―――誰かに騙されていたのかもしれない。

姉上に限って…そう思いたい。


「凌雪、私は陛下の所に先に参ります。璿と後で来なさい」


考え事をしていたら、貴夫人にそう声を掛けられ我に返る。

私は寧王殿下と二人、起立し深々と頭を下げ貴夫人を見送った。



その後寧王殿下が、ここから少し離れた所に

かわいい子猫がいるから行かないかと、連れて行ってくれる事になる。


そこは緑に囲まれた、皇宮とは思えない静かな場所で、目の前に穏やかな水面を湛える小さな池が広がる、茶室があるところだった。


「凌雪、ここは清韻亭(せいうんてい)と言って、皇后様や母上たちが詩会や茶会を開く場所なのだけれど…」


寧王殿下は辺りを見渡しながら、身を屈めて何かを探している。


すると少し離れたところに視線を向け、そちらに駆け寄っていった。


「凌雪、こちらにおいで」


殿下は右手で手招きをすると、そこにしゃがみ、

そばの茂みを何やら弄っている。


後ろから彼にそっと近づいていくと、そこには白地に黒縁の猫と、それと同じ模様の二匹の子猫がいた。


可愛らしい鳴き声に思わず「わぁ」と声を出し、

殿下の横に同じようにしゃがみ込む。


「春の詩の会の時に、私が見つけたのだよ」


そう言って目じりを下げて笑った寧王殿下に、私も同じように笑い返した。


三匹が同じ模様で、一目で親子だとわかる。

母猫らしき子は、寧王殿下の手を安心して何度も舐めた。


「殿下に懐いているのですか?」


「時々皇宮に来たついでに、隠れて食事や菓子を沢山与えているからな」


「殿下が?」


「本当は寧王府に持ち帰りたいが、どうしたものかと。凌雪はどう思う?」


そう言った彼は真剣に悩んだ顔で、私に相談する。

彼の意外な一面に、少し驚いた。


今まであまり話したことはなかったが、優しい人だという事はわかっていた。


でも、こんな子猫たちに隠れて食事を…

殿下が…と想像すると、なぜだか可笑しさがこみ上げる。


「凌雪は動物が好きだと聞いた。確か凌将軍もよく犬の話を皆にしていて…」


「うちでは福丸という犬を飼っているのです。私は犬も猫も大好きですよ」


「それならどうだろうか。

嫌でなければ、王府でこの猫たちと暮らすのは」


それは思わぬ提案だった。


「実は少し迷っていた。

この子たちを連れ帰りたかったが

もしもそなたが王府に来て、猫が嫌いだったらと思うと、どうしても踏み切れなくて」


彼は私に気を使ってくれていたのだ。

そのやさしさに、今までの不安が少し拭えたような気がした。


「殿下、それなら福丸も遊びに来ても良いですか?」


「もちろんだ。どうせなら一緒に嫁いできても良いぞ」


そう言って笑った寧王殿下を見て、私は―この人ならきっと母上が父上を大切に思っているように、彼のことを大切にできるかもしれないと…この時そう思っていた。


「後で、母上の杜衛(とえい)に申し付けて、

この子たちを入れる麻袋を持ってこよう」


「今日王府に、連れ帰るのですか?」


「善は急げというからな」


真顔で言った殿下に、思わず吹き出してしまう。


それからしばらく、猫たちと遊んでいたが、ふと貴夫人が“陛下の所へ来るように”と、言っていた事を

二人で思い出し、急いで正殿に向かった。


陛下にご挨拶をすると、これから寧王の力になる事、皇太子殿下夫妻と仲良くしてほしい事を伝えられ、私はそれに真摯に応じる。


その後蘇貴夫人の従者の杜衛さんに、用意してもらった麻袋を手にる再び清韻亭に行き、そっと猫たちを袋に入れた。


猫たちは小さな鳴き声を上げて、袋の中で大層暴れていたので、私も一緒に運ぶのをお手伝いする為、寧王府についていくことにする。


蘇貴夫人にご挨拶を済ませ、殿下と笑い合いながら

御苑殿(ぎょえんでん)の回廊を歩いていたら、皇太子殿下に偶然出くわした。


私はすぐに一礼をし、寧王殿下も頭を下げ立ち止まる。


皇太子殿下は寧王が抱きかかえている麻袋を見て、中身は何かと殿下に尋ねた。


「兄上、これは猫です」


「猫?」


「これから寧王府で飼うのです。凌雪も承知してくれたので」


寧王殿下が答えると、皇太子殿下はゆっくりと私の方に視線を移した。


今まで見たことがない、冷ややかな目だ。


「凌雪、昨日の事などすっかり忘れたように元気なのだな。気に病んで損をした」


そう言われて、ふと皇太子殿下の後ろの韓昭さんを見た。


すると≪何も言うな≫と言った顔をして、小さく首を何度も横に振っている。


私がそれを見て黙ってしまったら、代わりに寧王殿下が口を開いた。


「昨日のようなことは、凌雪も早く忘れた方が良いのです」


「それと、なぜ猫が関係あるのだ?」


「私が清韻亭で見つけた猫達で、これから一緒に連れ帰るのです。

凌雪も猫が好きだと言うので。好きな物を見れば心が和むではないですか」


私を庇うようにして寧王殿下が、麻袋を胸に抱えたまま皇太子殿下の前に立つ。


すると、皇太子殿下は寧王殿下を睨みつけて、“凌雪は犬が好きなのだ!”と言い放ち、寧王殿下の肩を突き飛ばして去っていった。


一体どうしたのだろうかと、その後ろ姿と、それを慌てて追いかける韓昭さんを振り返ってみる。


「兄上はきっと陛下に怒られたのだ。正殿の方から来たから」


「猫が嫌いなのかもしれませんね」

「犬は好きなのだろうか」

「福丸の事は好きなようです」


そう話しながら、二人で和やかに寧王府に向かった。

寧王府では猫たちの休む場所や、飲み水などが用意され、寧王殿下と二人で名前を付ける。


母猫は墨華(ぼっか)、子猫たちはそれぞれ墨麟(ぼくりん)墨瑠(ぼくる)


白地に墨のような黒い模様があるからだ。

これからこの親子は、健やかな暮らしになるだろう。


私はそれを見届けた後、殿下に馬車で凌府に送ってもらう。


家に着くと庭門の所で、姉の媛羅に出くわした。


昨日の事を問いただしたい気もしたが、真実を知るのが怖い。

挨拶だけで部屋に行こうとしたが、引き留められ姉に話しかけられる。


「昨日は、大変だったのね。お父様から聞いたわ」


「姉上…」


「私も知らなかったのよ……男に、兄上からの使者だと言われて」

≪本当に心配した。助かってよかった≫そう言って私を強く抱きしめた。


そうだったのかとは思ったが、疑いが心の片隅に残る。

月明かりの下で見るその表情には、なぜだか少し恐ろしくも感じた。


姉上は、昔から私の事があまり好きではないと感じる。

兄上と遊んでいても、加わろうともしないし

いつも遠くから見ていて、私と目が合うとそらす。


いじめてきたりはしないけれど、優しくされた記憶もない。

無事でよかったと喜んでいる姿に、違和感を覚えた。


このような事があった時、兄と違ってどこか冷めたところがあったからだ。


「皇太子殿下は、雪を大層怒っていたわよ」


「お会いしたのですか?」


「今朝早く、朝議の前に私に会いに来られたの。≪媛羅は大丈夫だったか≫と」


「朝議の前?」


「まだ寝ていたのに、起こされたわ」


―――そんなに姉上の事が心配だったのか―。

朝議の前ともなれば、勅使が来る前だ。

煊王殿下が、朝早くにいらしていたとは全く知らなかった。


さっき会った皇太子殿下は、とても機嫌が悪そうだった。

私のせいで自分も怪我をしたと、怒っているのかもしれない。

姉上が危険だと駆け付ければ、いたのは妹で

厄介なことに巻き込まれたと。


…そんなつもりはなかった。

私も怖くてたまらなかった。

皇太子殿下のお怪我の事も、今日一日ずっと心配していた。


でも突然父に寧王殿下との婚姻を諭され、その後慌ただしく勅使が来高と思えば、今度は貴人に呼ばれて皇宮に行き、昨日の事に浸っている暇はなかったのだもの。


皇太子殿下にお詫びの文を書こうか…


「殿下がこれ以上迷惑をかけないでほしいと、言っていたわ」


「私に?」


「そう凌雪に、伝えてほしいと言われたの。

もうあまりあなたにかかわりたくないと」


「皇太子殿下が、姉上にそう言われたのですか?」


「私の妹だから、仕方なく助けたみたい。

寧王のお相手でもあるのだから…。これからは気を付けてね」


そう言うと姉は踵を返し、自分の部屋へ戻っていった。


私も部屋に戻り、寝台に腰を下ろす。

大きなため息が出て、とても疲れを感じた。


姉上に言われたことを、繰り返し思い出してみる。


そこに蘇璃が足湯を持ってきて、しょんぼりした私の顔を心配そうにのぞき込んだ。


「お嬢様、元気がありませんね。大丈夫ですか?」


「蘇璃、今日はなんだかとても疲れたの」


「昨日から続いて慌ただしい一日でしたから、無理もありません」


蘇璃は、昨日韓昭さんに助けられ、私より一足先に護衛の人と凌府に戻っていた。

怪我もしてなくて一安心だが、きっととても怖かっただろう。


「蘇璃、ごめんね。怖い思いをさせてしまって」


「お嬢様のせいじゃないですよ。ご無事で何よりです。

きっと皇太子殿下も、安堵していらっしゃいますね」


そう言って笑うと、蘇璃は足湯に私の足をそっと入れた。

あたたかくて、優しいその手に撫でられていると

心が緩んで涙が出てくる。


「お嬢様?」


「私、皇太子殿下を怒らせてしまったのかもしれない」


「皇太子殿下を、ですか?」


「姉上に、迷惑だから関わりたくない…ってそう言ったらしいの。

さっき皇宮で会った時も、すごく冷たかったわ」


「変ですね。

今朝お見えになった時は、お嬢様をすごく心配されてましたけど」


「殿下が朝来たこと、蘇璃知っているの?」


「あ、はい。今日私が、門前の早朝の水まき当番だったので。

その時皇太子殿下が、馬車ではなく馬で見えられたのです。

急ぎの用があるので、媛羅お嬢様をすぐに呼ぶようにと。

その時、初めに凌雪の様子はどうだと、大層心配されていたご様子でした」


「蘇璃が、お姉さまを呼びに行ったの?」


「はい。でも媛羅お嬢様は起きられたばかりだったからか、ご機嫌も悪く。

庭の水やりがあったので、その後も庭に居たら

門の所で話されているお二人の話が聞こえてきました。

でも殿下は、媛羅お嬢様に怒っていらっしゃって」


「私が迷惑をかけたからね…」


「いえ、お嬢様の事ではなく、媛羅お嬢様を怒っていたのです」


「姉上を?」


「よく聞き取れなかったのですが、どういうつもりだ!とか、わかっているのか!とか、時折感情的になるお声がこちらまで聞こえてきました」


「……」


「お話が済むと、大層ご立腹で馬に飛び乗って帰られましたが。

あっという間の出来事でしたよ。

媛羅様は泣きじゃくられて部屋にお戻りに」


蘇璃の話を聞いていると、皇太子殿下は姉に怒っているように聞こえるわ。

でもさっきの姉上のお話だと私が…


「殿下は雪お嬢様の事に関して、迷惑だと言うよりも、

とても心配しているご様子でした」


「心配?」


「だって私には、あの時も殿下はお嬢様を守りたい一心にしか見えませんでしたから。馬上から、お嬢様を抱き上げて去って行かれた時には、自分が殺されそうなのを忘れて、皇太子殿下に見とれましたよ」


そう言って頬を赤らめた蘇璃に、ちょっぴり呆れて笑う。

――あれは、姉上の場所にたまたま私がいただけだ。

でも蘇璃の話を聞いて、姉上がなぜ怒られていたのか疑問に思う。


もしかして、まだ何も気づいていなかった時

≪姉上に言われて馬車に乗ってしまった≫と殿下に、話してしまったからではないか。


誤解かもしれないのに、姉上に申し訳ない事をした。


もっと私が、気を使っていれば…


姉上は皇太子殿下をお慕いしている。

姉上の侍女の春桃(しゅんとう)が言っていた。

―ただのご縁ではなく、皇太子殿下をずっとお慕いしていた―と…。


これからはもっと私が、気を使わなければ。

もしかしたら、さっきの姉上の態度も、今朝殿下に叱られて嫌な思いをしたからかもしれない。


今度会ったら皇太子殿下に言おう。

もう私は、殿下に迷惑を掛けたりしないので

姉に当たらないでくれと…。


少し仲良くなれたような気がしたけど

これからは、姉上の為にも距離を置かなければ…


そして、私は皇太子殿下の弟君、寧王李璿殿下に嫁ぐのだから。




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