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第十一話 神医の正体


私は凌府の屋根の峰に立ちしばし、皇太子と凌雪の帰宅を待った。

神の姿に戻っているので、人間に見つかることはない。


私は天の神――全ての生きとし生きる者の(ことわり)を司るもの。


この身を包む白衣は、星々の光を織り込んだもので、風が吹けば静かに揺れ、まるで天そのものが息づいているようにさえ思われた。


長く流れる銀に近い柔らかな金色の髪は、月の光すらその色に嫉妬する。

私に触れられる者は少なく、この髪さえ神気をまとい、わずかな穢れも拒むからだ。

鏡を見ずともわかる。

この顔には、もはや人間としての温もりは宿らない。


感情を削ぎ落とし、理と律で万象を治める宿命にあるゆえだ。



私は薬念翁靈麗やくねんおきなれいれいこと、真の姿は天帝の息子燁煊(ようけん)


こうして長く人間界にいると、簡単に神力も使えないし、神気が合わず体もだるい。

そして、平常心が保てず凛宸と瑤心の事が、この胸をざわつかせる。

二人をずっと見ていると、重く苦しい時もあり…。


――天界に戻れば、楽になるものをとも思わなくもない。


二人の帰宅を待っていると、辺り一面闇夜に包まれ、春先のひんやりした風がゆらゆらと私に触れながら、流れていく。

そして微かな花の香りがそこに乗り、私の鼻を優しく掠めた。


ほんのわずかなこの時が、唯一私が安らげる時間だ。


しかし歴業を行っている、皇太子李煌(りこう)こと天の上神仙である凛宸(りんしん)と、

凌雪(りょうせつ)こと瑤心(ようしん)を見守るためには、このような状況も仕方ないと頭では理解している。


司命簿葉(しめいぼよう)という人間の一生が書かれた運命の葉の通り、生涯を全うするのが歴業(れきごう)の修行に、上神仙(じょうしんせん)の失敗は許されなかった。


ゆえに司命簿葉は、修行ととれる過酷な人生だとしても、

決して途中で終わらないように、内容はかなり精査されているものだ。


だが今回二人の神仙の運命が、普通の人間の物と入れ替わってしまった。

しかも何が起きてもおかしくない、予想がつかない人間の生だ。


特に凛宸は、凌媛羅(りょうえんら)と婚姻せねばならない運命なのに、もうすでに瑤心に心揺れ始めている。


それぞれが歴業を行っている皇太子と大将軍の娘の人生は

書いた者によれば二人とも長くは生きられない。


人間の十年は天界の十日。

それは歴業が早く終わるので好都合だった。


しかし早世するという事は、それだけ不意に何が起きるか、わからない人生を背負っているという事だ。

もし司命簿葉と違う日に最期を迎えてしまえば、それはそれで歴業の失敗という事になった。


葉の内容を記したものが覚えている限り、凛宸の葉にはこう書かれていたそうだ。

―――――――――――――

花は結ばれ 風と舞い

暁に近いし言の葉は露となりて、頬を濡らす。


命を重ねしその夜に

星は泣き 月は背を向けたり…


手のひらに抱きしは ぬくもりにして

運命は 鋼の糸を引き裂けり


君の声 薄氷に染み

その笑み 白羽の夢に消えゆ


守りたき背を守れずに

灯火の如く ひとつ、また一つ消え去る


嗚呼残された我は、何を信ぜん

ただ、君の眠る彼方へと

光ひとすじ 咲そうのみ

――――――――――――――――

これは凛宸の詩を書いた月洵(げつじゅん)が覚えている最後の方の言葉だ。

後は凌媛羅と婚姻、父親母親の名しかわからないらしい。


この詩の内容では、凛宸は愛する者と結ばれはするが

最期はその死を持って自分も死ぬ。



別に凛宸が最期を遂げるのは構わないが

ここで問題なのは、相手が瑤心になると困る。


凌媛羅と婚姻すると書かれている以上、結ばれる相手は凌媛羅でなければならない。

そうでなければ、凛宸は歴業の失敗で灰になるからだ。


それもあるが、瑤心と結ばれるのは私としても複雑な気持ちだ。

再び記憶をなくす二人と違い、私は全てを覚えている…


この歴業の後、瑤心は、上神に昇格して愛と縁結びの神になる。

そして天界で瑤心を娶るのは、私だと決まっているからだ。


彼女には人々の心をあたたかく包み込む慈悲の心があり、全ての人間が感謝と願いを届け、呪いなどとは無縁の存在だ。

今歴業で人間になっているとはいえ、その魂を感じると誰もが彼女に好感を抱く。


だから人間の凛宸が、瑤心に惹かれるのは当たり前と言えば当たり前だった。


ただ不思議に思ったのは凌媛羅だ。


凛宸と結ばれる運命にあるからなのか、なぜか瑤心を目の敵にしている。


老若男女問わず瑤心に、悪意を抱く者など人間界にはいないはずなのだ…


瑤心の司命簿葉の詩を書いた文珞(ぶんらく)が言うには、瑤心は皇太子、つまり凛宸に心揺れる。


彼女の書いた葉には…

――――――――――――

遠き空へ手を伸ばせども

その影は いつも 朝霧の向こう


こがれ、嘆き、胸を裂かれても

ただ一途に 名を呼びしのみ


誰が知ろう

この身を焼く 恋の重さを


だが 彼は光となり

われにふれたり


凍てし魂を 深き水にて包みし者


与えられしは 過ぎたる慈しみ

けれど この心に ためらいはなし


願わくは 命一つで 守らせよ

その笑み、その背、そのすべてを


たとえ 天地が滅び 夜が明けぬとも

我が灯は 君の為だけに 燃え尽きん

――――――――――――――――――


瑤心は、誰かを一途に思い続け、その者を守って絶命する。


葉に書かれていたことで気になるのは

たとえ絶命しようとも、二人ともその恋が叶っていることだ。


その相手は誰だ?肝心なところを文珞が覚えていない。

瑤心の葉で、わかる名前は寧王李璿(ねいおうりせん)の物しかなかった。


愛する者が寧王李璿なら、それが凛宸になると困る。


司命簿葉は直接的ではなく詩で書かれていた。

それは、万が一誰かが律を侵し、中を見てしまってもわかりにくいようにだ。


司命老師は、それを良くぼやいていた。

内容が良くわからないと言い、いつも適当に許可していたから、こんな事態に繋がったように思える。


これからはもっと管理を厳しくせねば。

何度もこんなことがあっては、いつかもっと重大なことが起きかねない。

天帝に相談して、せめて緊急時には、誰かが葉の開示をできるように働きかけるか…


私は思わず静かに瞳を閉じ、深くため息をつく。


二人が持っている香袋は、天界で持っているものと同じ香りになっていた。

記憶が無いとはいえ、親近感や愛情を感じやすくなるだろう。


特に瑤心の香袋は芳華女神(ほうかめがみ)璃華(りか)が作ったものだ。

香りを司る彼女の香りは邪気を払うだけではなく、愛を呼ぶ。


これに凛宸が反応してしまうとまずい。


私はこの先 二人の為にどうすればよいのだろうか…


まずは凛宸を確実に媛羅と結び付け、瑤心とは距離を置かせることだ。

一番良いのは瑤心を嫌う事だが、それはどうやっても難しい。


天界と違って、ここで私が神の力が使えないのが困る。

だからと言って、神の知識を使って施す薬草や鍼の治療は、人間に施すと死人も生き返らせてしまうほどだ。

この間誤って子供を生き返らせた時は、正直困ってしまった。


雪児(せつじ)!」

その時凌府に雪の兄、玄洵の声が響いた。

どうやら凛宸と瑤心が、凌府に到着したようだ。


あの兄は瑤心にべったりだな。瑤心もなついているようではあるが

それが瑤心の原神の力なのだ。


本当は凛宸が、“兄妹として”あのようになるはずだったのだけれど…


「兄上、ただいま戻りました!」

「どうしたのだ??その顔は!?(すす)だらけだぞ!」

「まだ汚れているかな?」

玄洵(げんじゅん)凌孟昊(りょうもうこう)はいるか?」

「え?あ、殿下まで。父は奥におります。こちらへ…」


二人が無事に到着したのを見届けると、その日私は静かに天へ還った。


凛宸が凌媛羅と結ばれ、そして瑤心とともに、それぞれの歴業を最後まで全うすること。


それだけを願う。

それだけを祈る。


私は天の神。

理を保つ者に許されているのは、ただ“定められた道”が正しく進むことを見守ることだけ。


けれど――

この世界に降りてなお、私は祈った。

願わくば、この二つの原神が“最後まで滅びずに在るように”と。


それは神としての本能ではなく、ただの友としての「祈り」と呼べるものだった。


私は星々の間へと消えていく。

天の律が乱れぬよう、ただそのことだけを胸に――


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