もしかして、左右逆?
椅子に座り、ゲーミングPCを見つめる健人と肇。
二人は、格闘ゲームファンタズムバトルのキャラクター選択を行っていた。
PCのディスプレイには、健人が使いたいと主張するキャラクター、トウカ・サカザキが映し出されている。
黒髪のポニーテールに、赤い袴と袖の無い白い着物。そして腰には三つの長さの鞘、いわゆるファンタジー世界の女剣士なのだが、彼女の剣の構え方が、また個性的だった。
「トウカちゃんかー。腰の左に、物干し竿の異名を持つ、2メートルオーバーの納刀状態の大太刀。そして高く上げられた左手には、二刀流なのに防御用の短刀じゃなくて、普通の長さの太刀。インパクトあるよねー」
「そうなんですよ先輩! 納刀状態の大太刀に右手を添えながら、左手で抜き身の太刀を持つ。納刀と抜刀のアンバランス。この構えが嫌いな男の子は、居ませんよ!?」
健人はトウカ・サカザキを、コレでもかと言う位に、熱く語り始めたのだ。
そう、最弱キャラと言われようが、このキャラを選択した理由。
彼は、トウカ・サカザキと言うキャラが、好きで好きでたまらなかったのだ。
「しかも原作を忠実に再現した、アウトレンジからの大太刀で相手をいたぶりつつ。踏み込んできた、者には、左手に持った抜き身の太刀でバッサリ! このキャラをデザインした人、原作のファンタズムボウルを読み込んでいますよきっと」
肇の身近にも、キャラ愛を抑えられない狂人が居る為、健人のキャラ選択を止められないと、彼女は直ぐに理解をした。
「まあ、格ゲーやってくのに、キャラ愛はモチベーションに影響するし。分かった、とりあえず動かして見てよ」
「了解です」
このゲーム、ファンタズムバトルの原作キャラを動かせると、ウキウキでレバーレスコントローラーを手にし、彼女を動かすのだが。
◇
「↓↘→キックで、抜刀準備。キックボタンは離さない、ですよね」
画面に映るトウカが、空いた右手を鞘に添え抜刀準備にかかる。
「そそ。で、バッサリと切りつけたいタイミングで、キックボタンを離せー」
画面のトウカは、鞘から2Mオーバーの大太刀を抜き、トレーニング専用の動かない相手キャラをバッサリと切りつける。コレには健人もご満足、とはいかなかった。
「うわ、使いづらい……。大太刀の発生が遅いし、攻撃後の納刀が遅すぎるせいで、硬直が長い。こんなのトウカじゃない」
原作とはかけ離れた、もっさりとしたモーションを見て、眉間にしわを寄せる。
「仕方ないじゃん。原作通り再現したら強すぎて、ナーフされたんだし」
ブツクサと文句を言いながら、トウカ動かす健人。
必殺技を粗方試し、通常技も試したのだが予想以上に使い為、溜息を漏らす。
「だから言ったじゃん。最弱だって。じゃあ次だけど、移動しながら攻撃してみようか」
「OKです」
使用技を把握し、実戦さながらの移動しながらの攻撃に移ったが。
肇は健人のプレーを見て、頭を抱えそうになるのを、グッと堪えていた。
と言うのも、先ほど図書室で見せていた格ゲーセンスの塊の様な動きが、まるで見られなかったのだ。
「どうしたの、健ちゃん? さっきと動き違うじゃん」
先ほどまで無かった、移動をしながらの必殺技に入力ミスが目立ち、レベル3のCPU相手にも健人は苦戦を強いられる。
「何か原因があるはず、ここと図書室何かが違う? 考えろー、あたし」
パソコンのキーボードを見て、肇は原因を察した。
「もしかしてー、方向キーの位置が左右逆?」
「はい」
「家庭用の、左手が移動のコントローラーも握った事無い?」
「我が家は、パソコンのストームゲームオンリーです。だから、キーボードとマウス以外の操作は、殆ど経験がありません。なので、左手で方向入力をした事が無いんです」
彼の言葉に、流石の肇も頭を抱える。しかも困った事に、このゲームはメーカーがコントローラーを売り出したいと言う思惑がある為、PC対応ゲームにも関わらず、キーボード操作が非対応なのだ。
「終わった。三人で行く、全国の夢が……方向入力とボタン入力が左右逆と言う、あんまりな理由で」
「スミマセン」
このあんまりな事態に、お通夜の様な雰囲気を作り出す二人だが、思わぬ所から救世主が現れる。
コトリと、デスクの上に置かれたのは、特注の左右逆のレバーレスだ。
コレを使えと、スキンヘッド店長がボソリと呟き彼は業務に戻って行った。
「ああーテンチョーが、光り輝いてる見える」
受け取ったレバーレスをPCに繋ぎ、早速トウカを動かす健人。するとどうだろう、先程までのギクシャクした動きが消え、キャラが画面内で躍動し始めたのだ
「健ちゃん、行けるよ! とりあえず、対戦だー」
「はい、やってみます」
◇
左右逆のレバーレスを手に入れ、早速店の常連と対戦する健人だが、トウカを手足の様に操り、次々と白星を積み重ねていく。
右手の大太刀の抜刀で、相手をアウトレンジからなぶりつつ、踏み込んで来た相手には、左手の抜き身の太刀でバッサリ。現バージョンで、トウカの理想とされる動きを、始めて数時間の初心者がやってみせたのだ。
「うわ、健ちゃんマジでスゴイ。大太刀の隙を消す為に、ちゃんと抜刀のフェイントを混ぜてる。長物を振り回すと思っていた相手には、良く効くんだよねー。大太刀の溜めフェイント」
予想以上の強さに、肇は喜びはしゃぐ。それに対して、健人は淡々と、冷酷な人斬りの様に、黙って相手を斬りまくる。
一息つくため、対戦を終えた頃には、連勝を30まで伸ばしていた。
「流石に、ギブ。ちょっと休憩させてください」
「OK、じゃーあたし飲み物買ってくるよ。何飲みたい?」
「うーん、ジンジャーで」
健人そう告げると、嬉しそうに肇はカウンターに向かっていった。そして彼女と入れ替わる様に、健人は数人の男共に囲まれていた。先程まで対戦をしていた、常連メンバーだ。
「あ、あのー。僕、何かやらかしました……」
「お前ら、コイツを絶対逃すなよ!」
「タップリと、可愛がってやろうぜ」
「逃げ道は潰したよな」
店の常連メンバーは、ニヤニヤと笑いながら健人を見つめている。
「あ、人生終わった」
いわゆる、いにしえのゲームセンターで見られた光景とでも言うべきか。彼らは健人の逃げ道を潰しつつつ、ジリジリと近づくのだった。