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 築二十三年の木造アパート「白根荘」。

 1DKの部屋。

 私はここに引っ越してきた。

 建物はだいぶ古いが職場から一駅だし、都内では破格の家賃五万円だ。


 越してきてすぐに気づいたのだが、庭には30cmほどの毛むくじゃらのなにかがいる。 犬や猫ではない何か。 細くて黒い人がボサボサのバスマットをかぶっているような姿だ。目と口のような黒いものがあるが、いつも木陰にいるのでよく見えない。


 私はそれをバスマットさんと名付けた。 バスマットさんは桜の木の下でジッとしている。


 私は昔からの霊感のようなものがある。

 どうせ信じてもらえないだろうから、ずっと黙ってきた。私は自分にしかわからない世界の中で小さな孤独を抱えて生きてきた。


 これまで「奇妙なものたち」のほとんどは、こちらに何かをしてくることはなかった。 一度だけ恐ろしい目に遭ったが、バスマットさんにはそのときのような邪悪な気配はなかったので放っておいた。


 夏、私は友人から野菜をたくさんもらった。 スイカももらったので庭を眺めながら食べているとバスマットさんが動いた気がした。


 興味本位で私は庭にスイカの種を飛ばした。 するとバスマットさんはその種に近づき、それを黒い口のようなところに入れた。


 私は不気味だと思いながらもその先の行動が気になり、さらに種を飛ばした。

 バスマットさんはまたそれを拾うと、黒い口のような部分に入れた。 そして私のほうを向いてこう言った。


「モット」


 私は気味が悪くなり窓を閉めた。 バスマットさんはこれまで無害そうな佇まいがあったが、種を与えてしまったときから雰囲気が変わった。

 急いでカーテンも閉めた。油断した。


 外からはなにも聞こえなかった。

 どうなったのか気になってほんの少しカーテンを開けてみた。

  バスマットさんは桜の木の下に戻っていた。 しかし、真っ黒な目がこちらを向いているのがわかった。

 私は越えてはいけない一線を越えてしまったのかもしれないという感覚があった。


 夜はあまりよく眠れなかった。

  今日は土曜日で仕事は休みだ。

  カーテンは閉めたまま、私は母に連絡をした。


「お母さん、私、庭になんかいるのを見つけてしまったんだけど……。どうしたら良い?」


「なんか、ね。特徴は?」


 母に信じてもらえるとは思わなかったけど、自分の心の中に留めておけるほど強くなかった。誰かに聞いて欲しかった。

 私は母に説明をした。


 母は全ての話を聞くと間を空けてこう言った。


「お盆は帰ってくるでしょ?」


「そのつもりだよ」


「そしたら来る前に、ナスとキュウリをミキサーにかけて、砕いた米をまぶして、それを蓮の葉の上に乗せて庭に置いておきなさい。効くかわからないけどね。あとそこは北東よね。柊を置いておきなさいな」


 柊は魔除けの木だと知っていた。

 ナスとキュウリはなんだろう? お盆のときにご先祖さまが使う乗り物じゃなかったかな? それをミキサーにかけるの?


「わかった。やってみるね」


 じゃあ、と電話を切りかけたとき、


「あと一つ。そこは引っ越しなさいね。体に悪いから」


 母はそう言うと電話を切った。


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