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童話集

秘密の扉

作者: 礼依ミズホ

閲覧ありがとうございます。

冬の童話祭2025参加作品です。

 魔法学校の学期末祝賀パーティーが終わった日の夜中。魔道ランプを片手に一人の女子学生が学生寮の廊下を歩いていた。月明りが窓の外から廊下を仄かに照らしていた。


「はぁ~やっぱり冬の夜中は冷えるわねぇ。」


エリザはブルっと体を震わせて呟いた。エリザは夜中に目が覚めたので共用のお手洗いで用を足し、寮の自室に戻る途中である。暖房は建物全体に行き届いているはずだが、夜は暖房用の魔道具の魔石の節約のため、暖房は必要最低限しか入っていない。動けば寒くは感じないが、じっとしていると肌寒くなってくるといった感じだ。まあ、それでも屋外に比べれば寮中は全然暖かい。魔道ランプを片手に廊下を歩いていたエリザは、ふと廊下の突き当りの壁を見て我が目を疑った。


「え?」


いつもは壁しかない所に扉がある。歴史を感じさせる分厚そうな木の扉に、これまた多くの人がこれを使ったことを想起させる、黒光りした取っ手がついている。


「何でこんな所に扉があるのよ。」


エリザは取っ手を掴むと、音を立てないよう静かに扉を少し開いた。扉は手前に開いたので、扉の隙間からそっと中を覗くと、薄暗い空間に石でできた踊り場から下り階段が続いているのが見えた。


「今、階段があったわよね。」


エリザは扉を閉めて魔道ランプを足元に一旦置くと、扉の横にある廊下の窓を開けた。


「おおぉ~やっぱ外は寒いっ。一応、これでも暖房入ってるのねぇ。」


エルザは外から流れ込んでくる冷気に思わず身を震わせた。上着の襟を合わせ直したエリザは魔道ランプを片手に窓から首を出し、扉の裏側に当たる場所を凝視した。


「えっ?壁?」


壁にできた扉の中には石造りの下り階段があったのに、壁の裏側を窓の外から見るとただの外壁である。エリザは窓を閉めると扉の反対側にある窓を開け、反対側からも扉の裏側を眺めた。


「やっぱり、壁しかないわよねぇ。」


エリザは今開けた窓を閉めると、もう一度廊下にある扉を開けた。今度は先程よりも多めに扉を開け、魔道ランプを持った手を扉の中に差し入れる。エリザの見た限りでは壁には淡い明かりが控え目ながらも等間隔に設置されており、下り階段が延々と続いているように見えた。


「下り階段かぁ。これ、どこまで続いてるんだろう。」


エリザは好奇心の赴くまま扉を開き、中へ一歩足を踏み出そうとした。


 「ちょっと待った。」


声と共に腕をグイっと掴まれ、エリザはその場に引き留められた。エリザは振り返って声の主を確かめた。


「ナタリー!」


魔道ランプを持った寮の同室のナタリーが、空いた手でエリザの腕を掴んだまま目の前に立っていた。


「えっと・・・ナタリー、どうしたの?」


エリザは首を傾げてナタリーに尋ねた。


「だって、エリザってば用を足しに行くって言ったまま全然部屋に戻って来ないじゃない。どこかで倒れてるかもしれないと思って、心配して見に来たのよ。エリザは今日の祝賀パーティーで結構、お酒飲んでたじゃない?」

「な~んだ、私なら大丈夫だってば。ナタリー、心配してくれてありがとう。あははっ。」

「『あははっ』じゃないでしょう。今もその扉の中へ一人で入ろうとしてたじゃない。」

「ううっ。」


エリザはナタリーに図星を指されて言葉に詰まった。


「それに、エルザはその恰好で行くつもりなの?誰かに会ったらどうするのよ?」


ナタリーに指摘されて気付いたが、今のエリザの恰好は薄手の寝間着にもこもこの上着を羽織っただけである。


「もし、その階段の先に男性がいたらどうするのよ?あんた、その恰好を見られた人と結婚するつもり?運よく見られたのが独身の人だったら、その人の妻の座に収まれるかもしれないけど、妻帯者だったら良くて愛人よ、あ・い・じ・ん。」


ナタリーは自分の発言に合わせてちっちっちっちっ、と右手の人差し指を四回振った。確かに、この格好は同性ならば見られても問題ないが、異性に見られてしまった場合は社会的に色々とまずいことになる。


「確かに、外に繋がってたらこの格好はまずいわね。まあ、私に婚約者も恋人もいないのは事実だけど。」


ナタリーに指摘されて、エリザも冷静になったと思ったが―――


「―――てか、ナタリーっ!あなたにもこの扉見えるの?」

「ええ、見えるわよ。何でここにあるかは分からないけど。」


ナタリーはエリザの質問にゆっくりと頷いた。


「さっきね、窓を開けて外からこの扉がある場所を見てみたんだけど・・・。」

「けど?」


言い淀むエリザの語尾をナタリーが復唱した。


「外は普通の、というか寮の外壁しか無かったの。」

「えっ?」

「悪いけどナタリーも外から見てくれない?この扉が私の幻覚じゃないかって不安なのよ。」

「ええ~窓を開けたら寒いじゃない。私、すぐに部屋に戻るつもりだったから何も羽織って来なかったのよ。」


ナタリーはそう言いながら、両手で自分の腕を摩った。確かに、ナタリーは薄手の寝間着を纏っただけの恰好である。


「そこを何とか!同室のよしみでっ!お願いします!」


エリザは深々と頭を下げて寝間着姿のナタリーに外を確認してくれるよう頼んだ。


「はぁ~もう、仕方がないわねぇ。パパッと済ませるわよ、パパっと。エリザも手伝ってよ。」

「畏まりましたナタリー様。」


エリザは左手を胸に当て、優雅にお辞儀をした。


「ほら、ふざけなくていいから、さっさとしてよ。身体が冷えちゃうじゃない。」

「ごめんごめん。私が窓を開けるから、ナタリーはランプを持ったまま外を見て。」

「分かったわ。」


エリザが窓を開けると、ナタリーは魔道ランプを片手に壁を覗き込んだ。


「壁しかないわよ。うう~寒っ。」


呆れた表情で窓から首を引っ込めたナタリーはブルっと体を震わせた。


「私が見た時もそうだったわ。反対側の窓からも見てみる?」


エリザは窓を閉めながらナタリーに聞いた。


「エリザ。体が冷え切っちゃうから、それだけは勘弁して。それより、もう一度扉の中を一緒に見てみない?」

「分かった。ねえ、ナタリー。二人一緒に扉を開けた方が良いのかしら?」

「もしかして、エリザは扉を開けた人によって中が違って見えるかもしれないって思ってる?」

「うん。それじゃ、まずは私一人で開けて見るね。」


エリザは扉を開けた。中には石造りの踊り場から下り階段が延々と続いている。


「ねえ、ナタリーには扉の中がどんな風に見える?」

「石造りの通路に下り階段が見えるわ。」

「私が見えている物と同じみたいね。ナタリーが開けた時は何が見えるのかしら?」

「それなら、今度は私が開けて見るわね。」


エリザは扉を閉めると、ナタリーにが扉を開けた。


「うーん、エリザが開けてくれた時と変わらない感じよ。エリザも見てみなよ。」

「ほんとだ。変わらないねぇ。ねえナタリー『もしかしたら』があるかもしれないから、一緒に扉を開けてくれる?」

「いいわよ。なら一旦扉を閉めないとね。」


ナタリーは扉を閉めると一歩右により、エリザと一緒に取っ手を掴んだ。


「それじゃあ、開けるわよ。」

「いいわ。」


エリザの声を合図に、二人一緒に静かに扉を開けた。扉の先には、先程見た石造りの下り階段が続いているのが見える。


「うん、これは誰が開けても扉の中身は変わらないのかもしれないね。」

「ねえ、エリザ。本当に中に入ってみるの?」

「私は入ってみたいな。明日から学校が休みじゃない。私は休みの間も寮にずっといるから、明日はちょっとくらい寝坊してもいいかなぁと思って。ナタリーが家に帰るのは明日だっけ?」

「いいえ、明日は帰らないわ。今日のパーティーが夜遅くまであると思っていたから、明日ゆっくり帰る準備をして、明後日家に帰ることにしたの。」

「それなら、ナタリーも明日は寝坊しても大丈夫だね。」

「え、寝坊したら寮の朝食が食べられないじゃない。」

「寝坊したら一緒にどこかにご飯を買いに行くか食べに行こうよ。一日くらいいいじゃない。」

「ん~明日の朝、どうしても起きれなかったら、そうするわ。それで、エリザは本当にこの中の階段を下りて行くつもりなのね。」

「そうよ。こんな機会滅多にないじゃない!折角だからエリザの大冒険と洒落こんじゃおうかしら。」

「はぁ~全く、エリザは本当に楽観的よねぇ~。」


ナタリーはエリザの能天気さに呆れて溜息をついた。


「いいわ。私も付き合う。エリザを一人で行かせた方が心配だもの。」

「ナタリーありがとうっ!」


エリザは嬉しさのあまり魔道ランプを持ったままナタリーに抱き着いた。


「ちょっと、エリザ。ランプが壊れちゃうわ。」

「ごめんごめん。ナタリーが一緒に行ってくれるのが嬉しくって。」

「とりあえず、この格好じゃ寒すぎるわ。冒険には準備が必要よ。」

「そうね、とりあえず部屋に戻って着替えが先かしら。」


二人は扉を閉めたことを確認すると、準備のために部屋へ戻った。



 ☆



 「ナタリー、準備はいい?」

「ええ。エリザ、部屋の鍵は?」

「ちゃんと首に掛けてあるわ。」


エリザは首飾りに通した部屋の鍵を首元から持ち上げてナタリーに見せた。


「「服装・・・良し!」」

「「食料・・・良し!」」

「「水筒・・・良し!」」

「「明かり・・・良し!」」


エリザとナタリーは声を出しながら、各自の持ち物を確認した。


「それでは。エリザとっ!」

「ナタリーの!」

「「冒険に出発っ!!」」


他の部屋の住人に迷惑にならないよう、小声で気合を入れた二人は部屋を出た。戸締りを済ませて部屋の鍵を胸元へしまうと、扉を見つけた廊下の突き当りを目指した。他の寮生達の部屋の前を通るので、二人はなるべく音を立てないように静かに移動した。


 「エリザ、着いたわよ。」

「ああ~、良かった。ちゃんと扉があった。」


支度のために少し時間が空いてしまったが、再び廊下の突き当りに来ると、二人の前には変わらず扉があった。


「ねえ、エリザ。そこで安心するの?」

「うん。だってその場を離れたら、二度と現れない扉だったらどうしようって、ちょっと思ってたの。」

「確かに、そういう可能性もあったわね。何も確認しないでその場を離れたのは、私の落ち度だわ。ごめんなさいね。」

「ううん。私も部屋に戻る前にはそんなこと思いつかなかったから、ナタリーも気にしないで。それに、あの格好ままで扉の中へ突入しないで済んだのは、ナタリーのお陰よ。」

「そうね。ふふっ、そういうことにしてあげるわ。」

「それじゃあ、ナタリー、行きますか。」

「ええ。ねえエリザ。折角だから一緒に開けましょうよ。」

「そうだね。一緒に開けよう!」


二人は一緒に取っ手を持つと、静かに扉を開いた。二人は扉の中に足を踏み入れると、周囲を確認した。


「うん、さっき見た時と中も変わってないみたい!良かったぁ~。」

「そうね。」

「ちょっと声が響きそうだから、扉を閉めてから行こうか。」

「そうね。少し見た位では、どこまで続いているのか分からないわね。エリザ、魔道ランプの魔石が無くならないように、ランプを点けるのはひ・・・一人分にしない?」

「私は構わないけどナタリーは大丈夫?ナタリーは暗い所が苦手でしょ?」

「暗い所は苦手だわ。でも、魔道ランプの魔石が無くなって真っ暗な所を歩いて帰らなければならないって想像する方がもっと嫌だわ。」

「分かった、節約できるところは節約しておこうか。それじゃあ、こうしよう!」


エリザはナタリーの手をぎゅっと握った。ナタリーの手はエリザよりも少し大きくて、指先が少しひんやりと冷たかった。


「ナタリー、こうやって行けば多分大丈夫だよ。」

「あ、ありがとう・・・。私の魔道ランプは鞄にしまっていいかしら?」

「あ、その方が手を繋いで歩き易いよね。そうしよう!」


ナタリーは自分の魔道ランプを肩掛け鞄にしまうと、エリザの手をぎゅっと握り返した。


「よく考えたら、私達がこうやって手を繋ぐのって初めてだね。」


エリザはナタリーの手をぎゅーっと握るとぶんぶんと前後に振った。


「そうね。寮に入ってからずっと同じ部屋で寝起きしていたのにね。エリザの手がこんなに暖かいなんて知らなかったわ。」

「うん、私もナタリーの手がちょっと冷たいなんて知らなかったよ。こんなに手が冷えてたら夜寝る時に大変じゃない?」

「ええ。だから寝る前に必ずお風呂に入って、身体を温めてから寝るの。」

「なるほどぉ~。ここで喋ってると朝になっちゃうから、そろそろ移動しようか。」

「ええ。」

「ナタリー、下り階段だから気を付けてね。」

「分かったわ。転がり落ちないように、慎重に降りて行きましょう。」


右手に魔道ランプを持ったエリザがランプを掲げながら少し前を歩き、ナタリーはエリザに手を引かれながら斜め後ろからついて歩いて行くことにした。不思議なことに、寮の廊下よりも扉の中の階段の方がほんのり暖かかった。


 二人はしばらく無言で階段を降り続けていたが、エリザが口を開いた。


「ねえナタリー、ちょっと止まっていいかな?」

「いいわよ。エリザ、どうしたの?」

「ランプを持つ手を替える前に、ちょっとだけ休憩したくて。」

「ここで?階段しかないわよ。どうやって休むのよ。」

「ほら、こうすればいいじゃない。」


 エリザは右手に持っていた魔道ランプを足元に置くと、魔道ランプを置いた階段の一段下に腰掛けた。


「え、エリザ・・・寒くない?」

「だって、ローブを羽織っているし、寮の廊下よりも暖かく感じるからお尻も冷たくないよ。ナタリーも座ったら?」

「わ、分かったわ。」


 最初は躊躇っていたナタリーも、エリザに勧められて階段におずおずと腰を下ろした。ナタリーが階段に腰を下ろしたのを見ると、エリザは鞄の中から水筒を取り出し、一口水を飲んだ。


「ふう~っ、生き返るわぁ。」

「エリザ、まだそんなに降りてないでしょう?お水、無くならないようにしてよ。」


ナタリーは水を嬉しそうに飲むエリザを見て少し呆れている。


「私は結構降りてきたと思うけどなぁ。ナタリー、後ろを見てみなよ。」


ナタリーの顔を見るために後ろを振り返っていたエリザは、ナタリーにも後ろを振り返るよう勧めた。エリザに言われ、ナタリーもゆっくり後ろを振り返る。


「ええっ?入り口が見えないわ。」

「そう。入り口の扉が見えなくなる所まで、私達は降りてきたんだよ。ナタリーはお水飲まなくてもいいの?」

「わ、私は大丈夫。」

「それなら行こうか。」


エリザは立ち上がるとパンパンとローブを叩いた。


「ねえ、今度はナタリーが先を歩いてみる?」

「ええっ、エリザ。そ、それだけは勘弁して。」

「やっぱりそうなるかぁ。ナタリーのこ・わ・が・り・や・さ・ん。」


エリザは人差し指でナタリーの鼻の頭を突くと、右手をナタリーに差し出した。


「お嬢様、お手をどうぞ。」

「ええ、よろしくてよ。」


二人はふふっ、と笑って手を繋ぎ直した。エリザは魔道ランプを左手で掲げると、ゆっくりと歩き始めた。ナタリーもエリザの歩調に合わせて歩き出した。





 「お・・・終わったぁ~。」

「ええ。本当に、長い階段だったわね。魔道ランプの魔石が無くならなくて良かったわ。」


先程、二人が階段で小休止してから、どれ位経ったのだろうか。ずっと一本道だった下り階段はようやく終わりを見せた。二人が階段を降り切った所は左右に分かれた通路となっていた。通路の幅は階段よりも少し広く、通路の右手には十歩程歩いた所に小さな小窓と黒い鋲の付いた扉があり、通路の左手には木製の大きな樽が所狭しと並べて置かれていた。通路右手の扉の小窓からは明るい光が漏れており、耳を澄ませると話し声が聞こえてくる。


「ねえ、ナタリー。小窓から中の様子を窺ってみない?」

「ええっ?中を覗くのは失礼じゃないかしら。だって、中から話し声が聞こえるわ。」


エリザの提案にナタリーは少し及び腰だった。


「だって、ここまで降りてきたんだよ。折角だから一緒に見に行こうよ!」


エリザはナタリーの手を引っ張ると、通路右手奥にある扉のまで歩いて行き、一人扉の小窓から中をそっと覗いた。


「え・・・くま?」


エリザは小窓から離れると一人呟いた。


「ちょっと、エリザ。くまって何よ。」


エリザの呟きを聞き取ったナタリーがエリザに聞き返した。


「中に、熊がいたのよ。私の目がおかしいのかな。ナタリーも見てみてよ。」


エリザに言われ、ナタリーも恐る恐る扉の中を覗いた。


「確かに、熊だわ。」


ナタリーはエリザの手を引くと、慌ててエリザを引きずるようにして数歩下がった。


「ねえ、熊が何か飲み食いしてたよね。」

「ええ。三頭もいたわ。」

「ナタリー、どうする?」

「どうするって言われても・・・。」


扉から少し離れた所で手を取り合って困惑している二人だったが。


 「ほう。ここまで来て、どうするんだ?」


急に目の前の扉がガチャっと開くと、大きな木製のジョッキを持った白い熊が二人に話し掛けてきた。


「く、熊―――っ!」


ナタリーは驚きの余り、目を大きく見開いて叫んだかと思うと、膝から下の力が抜けて崩れ落ちそうになった。


「危ないっ!」


白熊が左手にジョッキを持ったまま、崩れ落ちるナタリーの上半身をばっと受け止めた。


「お嬢さん。悪いけど、こちらのお嬢さんの目が覚めるまで、中で待っててもらえるかな?」

「は、はい。」


エリザは白熊の問いかけにコクコクと頷いた。


「いい子だね。それじゃあ、ちょっとこれを持っててね。」


白熊は左手のジョッキをエリザに渡した。


「重っ。」


ジョッキを片手で受け取ったエリザは、手渡されたジョッキの想像以上の重さに驚くと、ジョッキを慌てて両手で持ち直した。エリザがジョッキの扱いでもたもたしている間に、白熊はナタリーを抱えてさっさと部屋の中へ戻って行ってしまった。エリザは白熊から受け取ったジョッキを抱えながら、恐る恐る部屋の中へ入った。エリザは目の前の丸テーブルに白熊のジョッキを置くと、パタパタと入り口の扉を閉めに行った。


 「いらっしゃい。扉を閉めてくれて、嬢ちゃんは偉いねぇ。」

「あ、いえ・・・。お邪魔します。」


ジョッキを片手に黒熊が片手を上げてエリザに挨拶してくれた。エリザは入り口の横に立ち止まったまま軽く頭を下げた。


「ふむ。今年は二人か。」


黒熊の隣に座っていた灰色熊がエリザとナタリーを見て小声で呟いた。


「こちらのお嬢さんは私の姿に驚いて気を失ってしまったようだね。灰色、そこの長椅子の上にある荷物を片付けてよ。」

「へいへい、分かったってば。」


白熊に灰色と呼ばれた灰色熊は横にある長椅子の上に置かれた荷物を部屋の奥の方へ片付けるついでに毛布も持って来た。


「ほら、白いの。これでいいだろう?」

「そうですね。大変良くできました。」


白熊は灰色熊を褒めながら、片付いた長椅子の上にナタリーを寝かせると毛布を掛けてやった。


「だーかーらー。俺はガキじゃないんだっつーの。」


灰色熊は白熊に子ども扱いされたのが嫌だったらしい。


「ふむ。儂から見ればお前さん方は十分お子様じゃがの。」

「あんたから見たら、誰でも子供に見えちまうって。」


灰色熊の文句に黒熊が返すと、灰色熊は黒熊をキッと睨んだ。


「ほらほら。そこの黒いのと灰色は睨み合ってる暇があったら、こちらのお嬢さんの席を用意してあげてよ。」

「へいへい。」


白熊が他の熊達を取り成すと、灰色熊が返事をして部屋の奥から椅子を二脚持って来た。椅子の一脚を長椅子の横に、もう一脚を丸テーブルに追加した。その間に黒熊がテーブルの上の皿を左右にどけて、追加した椅子の前に新しい木製のカップと皿、カトラリーを置いた。


「嬢ちゃんや。お友達が落ち着くまで、ここで儂等の宴会に付き合ってもらえるかの?」


黒熊がエリザに声を掛け、白熊が追加された椅子を引いてエリザに座るよう誘ってくれた。


「えっ、いいんですか?私達が勝手にこちらに押し掛けてしまったと思うのですが。」

「ええんじゃよ。今日は特別な夜だからの。」


黒熊がうんうんと頷きながら、座ったままエリザに手招きをした。


「お嬢さん、遠慮しなくていいですよ。」

「そうそう、黒いのが良いって言ってるんだからさ。」


白熊と灰色熊にも誘われてしまったので、エリザは熊達の誘いを受けることにした。


「それじゃあ、失礼します。」


エリザが椅子に座ると、白熊が料理の入った皿をエリザに見えるように寄せてくれた。


「お嬢さんはこの中で好きな物はあるかい?」

「うわぁ~美味しそう・・・。」


白熊がエリザに料理を勧めてくれた。皿の中の料理は改まったパーティー会場で見かける料理がほとんどだった。普段のエリザには縁のない料理ばかりである。


「儂等じゃどう見ても食べきれんからの、嬢ちゃんの好きなだけ食べるとええ。食べきれなかったら持って帰って欲しいくらいじゃ。」


黒熊はそう言ってエリザに頷くと、ジョッキの中身を再び啜り始めた。


「ん~旨いのう。」


黒熊は自分の言うべきことは言い終わったと言わんばかりに、ジョッキの中身を啜るようにして飲んでいる。


「爺さんが良いって言ってるんだ。遠慮なく食えよ。で、お嬢ちゃんはどれにする?」


灰色熊もエリザが食べる前提で料理をしきりと勧めてきた。エリザは料理の皿をあれこれと見比べると、取り分けて貰う料理を決めた。


「それじゃあ、こちらのお肉を下さい。」


エリザはそっと目の前の肉料理の皿を指差した。よく考えたら、寮の廊下からここまで延々と階段を降りて来たし、夕食は魔法学校の祝賀パーティーで少し摘んだだけだ。言われてみれば小腹が減ったような気がする。


「いいねぇ、肉!やっぱり宴会には肉だよねぇ~。」


灰色熊は嬉しそうに皿の肉を取ると、エリザの皿に綺麗に盛り付けてくれた。


「うわぁ~盛り付けも素敵です。」

「これ位なら簡単だよ。さあ、召し上がれ。」

「はいっ、頂きます!」


エリザはワクワクしながら肉料理にフォークを入れると口に運んだ。


 「うんま~~~っ!」


エリザは肉料理の美味しさのあまり、思わず叫んでしまった。


「ちょっとエリザ、うるさいわよっ!一体何時だと思ってるのよ。」


エリザの声に反応してナタリーはパッと長椅子の上に起き上がると、エリザの声のする方を見た。


「え、熊?」


と呟くと、ナタリーは長椅子に座ったままエリザの向こうに見える光景をぼんやりと眺めていた。


「うん、ふはは(くまだ)ねぇ。」


エリザは目の前の料理をむしゃむしゃと食べながら、ナタリーの方を見ずに返事をした。


「ねえ、エリザってば。」


ナタリーは反応の薄いエリザにもう一度声を掛けた。


「ナタリー、分かったってば。あの・・・熊の皆様、こちらのナタリーもご一緒して宜しいでしょうか。」


エリザは一旦食べる手をを止めると、長椅子に座ったままのナタリーを指し示した。


「ああ、勿論だとも。二人一緒にここまで来てくれたんだから、皆で楽しもうじゃないか。ほら、灰色も黒の方に詰めて、椅子を追加せい。」

「へいへい。」


灰色熊は飲みかけのジョッキをテーブルの上に置いて立ち上がると、自分の椅子を黒熊の方へ更に寄せた。白熊も立ち上がって黒熊側に自分の椅子を寄せたので、エリザもナタリーの分の椅子が入るように自分の椅子を白熊側に寄せた。灰色熊は先程、長椅子の横に置いた椅子をテーブルの側まで持ってくると、自分とエリザの間に椅子を追加した。


「なあ、お嬢ちゃん。急に起き上がったけど、本当に大丈夫なのか?」


灰色熊は長椅子に近付くと、遠慮がちにナタリーの顔色を窺った。


「はい、大丈夫です。心配して下さって、ありがとうございます。」


ナタリーは長椅子に座ったまま軽く頭を下げてをして灰色熊に礼を言った。


「それならこっちに来て、一緒に飯でも食おうぜ。」

「うんうん、ナタリーもこっちにおいでよ!ここのお料理、ものすご~く美味しいよっ!」


一頭と一人の誘いにナタリーは目を見張った。


「ほら、不格好な(もん)しかいねぇが、エスコートが必要か?」


灰色熊がナタリーの側まで来て掌を差し出した。勿論、熊なので肉球のある手である。ナタリーは熊の掌をしげしげと眺めた。


「怪我はさせねぇようにする。これでもお嬢ちゃんの手を引っ掻かないように気を付けてるんだ。」


ナタリーが己の手を取らないのを見て、灰色熊が付け加えた。ナタリーは気のせいか、灰色熊が熊なのに照れているように見えた。


「お気遣いありがとうございます。」


ナタリーは微笑んで礼を言うと、灰色熊の一番大きな肉球の上にそっと手を乗せた。灰色熊の肉球はふんわりとして温かかった。


「あ~もう、ナタリーやっと来たぁ~。さ、ナタリーも食べよ食べよっ!私が美味しかったのはねぇ・・・。」


エリザは隣に座ったナタリーに、自分が食べて美味しかった料理をどんどん勧め始めた。


「ちょっと、エリザ。一度にそんな沢山勧められても困るわ。それに、何でそんなにエリザはここに馴染んでるのよ。」

「ん~、ナタリーが熊に驚いて倒れちゃったから?ナタリーの目が覚めるのを待ちながら、私もご馳走になってたんだ。ここのご飯は物凄く美味しいし、熊さん達もとっても優しいよ。」

「そ、そうね。私が―――熊に驚いてしまったのは悪かったわ。」

「何か、薄暗い下り階段から明るくて暖かい部屋に入ったら、ほっとしちゃってさぁ。」

「そうね。確かに、この部屋は暖かくて素敵な場所だと思うわ。」

「そうじゃろう、そうじゃろう。」


ナタリーの話に黒熊がうんうんと頷いて自分のジョッキにエールを注ぎ足すと、ぞぞぞと啜った。


「おい、爺さん飲み過ぎだろ。そろそろこっちも飲め。」


灰色熊は黒熊のジョッキを取り上げると、果実水のグラスを押し付けた。


「灰色。祝いの席で年寄りの楽しみを奪うとは、何とも酷いじゃないか。」

「あのなぁ、黒いの。あんたが急に倒れちまうと皆が困るの分かってる?」

「おや、儂みたいな年寄りは他にいくらでもいるじゃろうて。」


ナタリーは目の前で黒熊と灰色熊の遣り取りを見て呆気に取られていた。


「ねえ、エリザ。私、熊語が分かるのかしら。」

「えっ・・・熊語?」


ゆっくりではあるが、さっきからずっと料理を食べ続けているエリザは、口の中の料理を慌てて咀嚼して飲み込むと、ナタリーに返事をした。


「だって、どう見てもこちらの皆さんは熊じゃない?」

「え、ええ。まあ・・・見た目は確かに、そうね。」


ナタリーはすっかり目の前の熊達を本物の熊と信じ込んでいるようだ。しかしエリザは自分達と同じものを食べたり飲んだりしている熊達を、本物の熊だとは思っていなかった。そもそも、エリザは出合い頭に言葉が通じる熊がいるなんて聞いたことががないし、彼らのことを何と呼んだらよいか分からなかったから、単に彼らの見た目から熊さんと呼んだだけである。


「まあ、いいんじゃない?細かいことは気にしなくて。」

「そうかしら・・・?」

「ほら、ナタリーも食べようよ。こんな美味しい料理が目の前にあるのに、食べないなんて料理に失礼だよ?」


エリザはナタリーに料理を勧めた。


「ぶふぉっ、『料理に失礼だ』なんて初めて聞いたぜ。」


ナタリーの隣で灰色熊が吹き出した。


「お嬢ちゃん、こんな珍妙な宴会なんて見たことないだろう?」

「は、はいっ。」

「見たこともない場所で、見たこともない奴らと一緒に飲み食いする。貴重な経験の一つとして料理を味わうのも一興だぜ。な?」


灰色熊はキラキラとした笑顔でナタリーに料理を勧めた。


「はい、分かりました。いただきます。」


灰色熊の勧めでようやくナタリーも目の前の料理を食べることにした。


「んんっ、美味しいっ!」


ナタリーはフォークを皿の上に置くと、両手で口元を覆って口中の味覚を全力で楽しんだ。


「これは確かに、寮の食堂では味わえない料理だわ。下手をすると、うちの料理長よりも遥かに腕の立つ料理人が作った料理(もの)じゃないかしら。」


ナタリーは心の中で独り言つと、フォークを持ち直して料理を食べ続けた。


「ね、ナタリー、ここの料理、めちゃくちゃ美味しいよね!」

「ええ、本当に・・・美味しいわね。」

「おおっ、ナタリー様の『美味しい』頂きましたっ!」


エリザはナタリーの『美味しい』の一言に、嬉しそうに両手を上げた。


「ほら、お嬢さん。フォークを持ったまま腕を振り上げるのは危ないよ。」


白熊はエリザのフォークを持ったままの右手を、そっと下げながら窘めた。


「あっ、す、すみませんっ。ナタリーが美味しいって言ってくれたのが嬉しくって。」


エリザは肩を竦めて謝った。


「なに、気を付けてくれればいいんじゃ。儂等も嬢ちゃん達が美味しそうに食べてくれるのを見ていて嬉しいんじゃよ。な、白いの。」

「ええ、そうです。お嬢さん方、どんどん食べて下さいね。デザートもありますよ。」

「デザートですか?」


デザートと聞いてナタリーのテンションが一気に上がった。


「ほら、これだよ。」


灰色熊が後ろからデザート乗ったトレイを持って来て、二人の目の前で見せてくれた。


「なんて綺麗・・・。」


料理に関して目の肥えているナタリーをも唸らせる、それは素晴らしいデザートだった。ケーキの上には、雲一つない闇夜に星が瞬き、森の中の山小屋に雪が降っている飾りが乗っていた。


「あれ?この飾り、動いてますよね。」

「ああ、動いているよ。良く気付いたね。」


エリザはケーキを見て、ケーキの飾りが動いているのに気が付いた。白熊が、飾りが動いているのに気付いたエリザを見て満足そうに頷いた。


「もしかして、これ、魔法ですか?」

「さあ、どうじゃろうねぇ。」


エリザの問いに、黒熊は笑ってジョッキのエールを啜った。


「もうデザートを見ちゃったら、デザートの方が気になるかな。お嬢さん達はそろそろデザートにする?」


白熊がエリザとナタリーに話し掛けて来た。


「ねえ、ナタリー。どうする?」

「そうね。もう、いいんじゃないかしら。」


エリザとナタリーは小声で相談し、エリザが代表して返事をすることにした。


「はい、デザートをお願いします。」


エリザがきっぱりと白熊に向かって答えた。


「それじゃあ、食後のお茶にしようかね。灰色、頼んだよ。」

「へいへい。」


 灰色熊は空になった皿を持って、テーブルを離れた。どうやら皿を片付けがてら、白熊に言われてお茶を淹れに行ったらしい。エリザとナタリーが灰色熊の方を見ている間に、気が付くとテーブルの上の料理は下げられ、デサートと焼き菓子が乗った皿に変わっていた。


そうこうしているうちに、エリザ―とナタリーの前には白熊が切り分けてくれたケーキの乗った皿と、灰色熊が淹れてくれたお茶のカップが置かれた。


「凄い、ケーキを切り分けても飾りが動いてる。」


エリザはケーキは切り分けられて更に盛り付けられても、飾りの星が瞬き、雪が降っているのに感動した。一方、ナタリーは切り分けられてもまだ飾りが動いているのを不安に思ったようだ。


「あの・・・、この飾り、動いたまま食べても大丈夫なんですか?」

「ああ、大丈夫じゃよ。どんな味がするかは食べてのお楽しみじゃ。」


黒熊がナタリーに微笑んで答えた。さすがに手に持つのはエールの入ったジョッキではなく、温かいお茶の入ったカップに変わっている。


「さあさ、召し上がれ。」


白熊がデザートを前に固まっている二人に声を掛けた。


「うわっ、パチパチする。」


エリザが飾りの瞬く星を一口食べて驚いた。


「雪の部分は本当に冷たいのね。」


ナタリーはケーキの雪の部分を食べたようだ。


熊達も切り分けたケーキを口にし、お茶を飲みながら各々皿の上の焼き菓子にも手を伸ばしている。


「熊さん達、良く食べるのねぇ~。」


エリザは熊達の食欲に驚いていた。


「ああ、冬眠前じゃからな。うん、今年も美味いの。」


黒熊が焼き菓子を口の中に放り込みながら笑って答えた。


「冬眠と間違えて永眠すんなよ。洒落になんねぇからな。」


横から灰色熊が黒熊に突っ込んだ。


「こら、灰色。不謹慎だろう。」

「へいへい、どーもすみませーん。」


白熊に窘められて、灰色熊はいかにも形だけの謝罪をした。


「ふふっ、皆さん仲が良いんですね。」


ナタリーが熊達の遣り取りを見て、声を出して笑った。


「んぁ?俺達、仲良しなのか?」


灰色熊は白熊と黒熊の方を見て首を傾げた。


「まあまあ、今日はお嬢さん達に免じて、そういうことにしておこうか。」

「そうじゃの。嬢ちゃん達の言う通りじゃて。」


白熊と黒熊は灰色熊を取り成しながらうんうんと頷いた。


「ん~っ、何これ!デザートも美味しすぎるんだけどぉ~!」


そんな熊達の様子には一切お構いなく、エリザはデザートの美味しさにも感激しながら、色々なデザートを食べていた。ナタリーもエリザ程ではないが、デザートを少しずつ皿に取り、食べ比べていた。



 ☆



 「ああ~もっと食べたいのに、私のお腹が食べるのを拒んでるうぅぅ~。こんな美味しい料理なんて、滅多にありつけないのにぃぃ~。」


エリザは椅子にもたれながら自分の膨れた腹をさすり、デザートを恨めしそうに眺めていた。


「エリザ、食べたい気持ちは分かるけど、それ以上食べたら吐いてしまうわ。ほら、背筋を伸ばして座らないと、お行儀が悪いわよ。」


ナタリーは椅子の上でぐったりしているエリザを窘めた。ナタリーに言われてエリザは姿勢を直した。


「ふむ、そろそろお開きとするかの。」


黒熊が二人の様子をみて声を掛けた。黒熊の声を合図に、白熊と灰色熊が席を立った。白熊と灰色熊がエリザとナタリーの椅子を引いて立たせてくれた。二人は席を立つと、テーブルから少し離れた所に移動した。


「お嬢ちゃん、土産だ。残り物で悪いが、腹が減ったら食べるといい。」


灰色熊がどこからか籠を二つ持って来て、それぞれエリザとナタリーに渡した。


「あ、「ありがとうございます。」」


二人は礼を言って頭を下げた。


 「あ、あの・・・。」


エリザがもじもじしながら熊達の方を見ていた。


「なんじゃ?」

「あの、毛皮を触らせてもらっても、いい・・・ですか?」

「「「ぶっ。」」」


熊が三頭揃って吹き出した。


「儂等に向かってそんなこと言ったのは嬢ちゃんが初めてだねぇ。ああ、いいとも。好きなだけ触るがいい。白いのと灰色のもいいじゃろ?」

「えっ?ま、まあ。」

「黒いのがそう言うんなら、しゃーないな。」


白熊と灰色熊も黒熊に言われて頷いた。


「じゃ、じゃあ失礼して・・・。」


エリザは黒熊の腕を恐る恐る触った。


「うわっ、温かい。」


 エリザはひとしきり黒熊の腕を両手で擦ると、がばっと黒熊に抱き着いた。


「うう~ん、もふもふぅ~。」


黒熊はエリザに抱き着かれて目をぱちくりとさせていたが、エリザはそんな黒熊の様子に全く気付かず、熊の毛並みを堪能していた。


「黒熊さん、ありがとう!白熊さんと灰色熊さんも!」


そう言ってエリザは白熊と灰色熊にも抱き着き、それぞれの熊の毛並みも満喫した。


「嬢ちゃんはいいのかね?」


エリザの様子を呆気に取られていたナタリーに黒熊が声を掛けた。


「えっ?わ、私は・・・握手をお願いします。」

「ああ、いいとも。今日はよく来てくれたの。」

「私も楽しい時間を過ごさせて頂きましたよ。」

「お嬢ちゃんも気を付けて帰れよ。」

「はい、ありがとうございます。」


ナタリーは熊達とそれぞれ握手をして感謝の意を述べた。


「ああ~帰りはあの階段を上ってかなきゃならないんだよねぇ。」


エリザが膨らんだお腹をさすりながら溜息をついた。


 「そうそう、儂からお前さんたちに大事な土産があったんじゃ。」


黒熊は赤いリボンのついた金色の大きな鍵を二本取り出すと、一本ずつエリザとナタリーに渡した。


「これは今日の記念じゃよ。またここに来たくなったら、この鍵を使って来るといい。」

「「はい、ありがとうございます。」」


黒熊は鍵を土産の入った籠に一本ずつ入れた。


「お嬢ちゃん、忘れ物は無いか?」


灰色熊がエリザとナタリーに尋ねた。


「はい、大丈夫です。」

「はい。沢山お土産まで頂いてしまって、ありがとうございました。」


エリザとナタリーが頷きながら答えた。


「白いの、近道はできるかの?」

「勿論できますけど、良いんですか?」

「ああ。嬢ちゃん達がここまで来てくれたご褒美じゃ。」

「分かりました。お嬢さん、ちょっと待ってて下さいね。」


白熊は扉の小窓から外を覗き込みながら取っ手を持ち、何やら呟いた。


「よし、とっておきの近道だ。気を付けて戻りなさい。」

「あの・・・また、皆さんに、会えますか?」


名残惜しそうなエリザが熊達に聞いた。


「ああ、こうしてご縁が出来たんじゃ。勿論じゃとも。」


黒熊が頷いて答えた。白熊と灰色熊もエリザの問いにうんうんと頷いていた。


「エリザ。いつまでもお邪魔してたら申し訳ないわ。そろそろ失礼しましょう。」


ナタリーに促され、エリザもここを去る意を固めた。


「そうね。熊の皆様、今日はありがとうございました。とっても楽しかったです。」

「ありがとうございました。」


エリザとナタリーは別れの挨拶をすると、熊達に向かって深々とお辞儀をした。


「おう、気を付けて帰れよ。」

「良かったら、またおいで。」

「うんうん、またの。」

「「はいっ!」」


二人は一緒に扉の取っ手を持ち、扉を開けて部屋を出た。





 「―――ええっ?!」


二人が扉を開けて出た先は、来た時の石造りの通路ではなく、寮の廊下だった。振り返ると、今しがた出て来た扉も無くなっていた。


「と、扉が無い。」

「ねえ。私達、今ここから出て来たわよね?」


エリザとナタリーは扉の在った廊下の壁をぺたぺたと触った。しばらく二人は廊下の壁を触っていたが、自分達が出て来た扉は無くなってしまったのだと悟った。


「ナタリー。扉、無くなっちゃったね。」

「ええ。でも、頂いたお土産は無くなってないわ。」


エリザは手に下げた籠とその中身をそっと見た。窓から外を眺めたナタリーは


「ねえ、エリザ。月の位置がほとんど変わっていないわ。扉の向こうは時間の流れ方が違うのかしら。」


ナタリーに言われてエリザも窓の外を見た。窓の外の月の見え方が扉を潜る前後で変わったとエリザにも思えなかった。エリザ自身はそれなりに長い時間を扉の向こうで過ごしたと思ったのだが、実際はそうでもなかったのかもしれない。


「とりあえず、部屋に戻ろうか。」

「ええ。この様子だと、朝まで一眠りしても大丈夫そうね。」


二人は手を繋いで自室に戻ると、お土産の籠を各々の勉強机の上に置いた。そして、寝間着に着替えてベッドで眠ることにした。


 「ねえ、ナタリー。明日の朝ご飯どうする?」


ベッドに入って横になったエリザは、同じく自分のベッドで横になっているナタリーに尋ねた。


「寮の朝食の時間に間に合うように起きれたら、寮の食堂で食べればいいんじゃないかしら。」

「わかった。それならさっき頂いたお土産はどうする?」

「そうね。朝起きれなかったらお土産を朝食に、寮の食堂で朝食が食べられたらお昼に頂きましょう。」

「それだと、ナタリーと明日どこかにご飯を食べに行くか、買いに行くのが出来なくなっちゃうじゃない。」

「お土産をお昼に頂くのだったら、外にお茶を飲みに行くか夕食を買いに行くのはどうかしら?」

「外で夕食に良さそうな物が無かったら、寮で晩御飯でもいい?」

「ええ、いいわ。」

「今日は色々あり過ぎて眠れないかもしれないけど、そろそろ寝ようか。ナタリー、おやすみなさい。」

「そうね。おやすみなさい、エリザ。」


二人はベッドで横になりながら喋っていたが、ひとまず寝ることにした。



 ☆



 「ナタリー、起きて。」


翌朝目覚めたエリザは、毛布の上からナタリーの身体を揺すってナタリーを起こしていた。


「ん~?」

「ねえナタリーってば、起きてよ。大変なの。」

「たいへん~?今日は休みなんだからぁ~、も~ちょっと寝かせてよぉ~。」

「ナタリー、夕べお土産にもらった鍵が無いの。」

「かぎぃ~?」

「そう。昨日黒い熊さんに大きな鍵を一本ずつ貰ったでしょ?」

「あぁ~、あれねぇ~。」

「だ~か~らぁ~。籠の中に入れて置いた、その鍵が無くなってるの!」

「え、無いの?あんなに大きかったのに。」


漸く事態を理解したナタリーがパッと起き上がった。しかし、寝起きの悪いナタリーである。ナタリーは勢いよく起き上がったので、頭がくらっとした。


「あ、ごめんなさい。ちょっと眩暈が。」

「大丈夫。ナタリーの寝起きが悪いのは、よ~く分かってる。」


ベッドに起き上がったまま、眩暈が収まるまでじっとしているナタリーを、エリザはナタリーのベッドの脇で待っていた。


「エリザ、もう大丈夫よ。それで、鍵が無いんだって?」

「うん。私の机の上に籠のままお土産を置いて寝たんだけど、籠の中を見てみたら鍵が無いの。ナタリーの籠も確かめてくれる?」

「私の籠の方はまだ見ていないのね?」

「うん。いくら同室だからって、見て良い物とそうでない物位、私でも弁えてるわ。」

「分かった。私の籠も見てみるわね。」


ナタリーはゆっくりベッドから降りると、自分の机の上に置いてある土産が入っている籠の中身を確認した。確かに、食べ物は残っているが黒熊からもらった、赤いリボンのついた金色の大きな鍵が無い。ナタリーは見回すと、机の隅に白い封筒があるのに気が付いた。封筒の表には何も書かれていない。


「あら?」


ナタリーは封筒を手に取ると、封筒の裏側を見た。差出人の名は掛かれていないが、赤いリボンが少し挟み込まれた金色の封蝋が押されていた。しかも、封蝋の印は何かの足跡のように見える。ナタリーは封蝋を見てハッとした。


「ねえ、エリザ。今見たら、机の上にこんな封筒があったの。エリザの机の上にも同じような物はないかしら?」


ナタリーは封筒を持って来てエリザに見せた。


「え、何それ?ちょっと見て来る。」


エリザも慌てて自分の机の上を見に行くと、確かにナタリーが見せてくれた物と同じような封筒があることに気が付いた。


「私の机の上にもあったわ。籠から離れた所にあったから、全然気づかなかった。」


エリザも机の上から封筒を持って来て、ナタリーに見せた。エリザの机に置かれていた封筒も、ナタリーが持っている封筒と同じく、赤いリボンに金色の足跡の封蝋が押されている。


「ねえ、これってもしかして・・・。」

「鍵がこの封筒に変わったってこと?」


二人は互いの顔を見合わせた後、自分の手に持つ封筒と相手が持つ封筒を交互に見た。


「怪しい手紙じゃないわよね?」

「ナタリーが心配なら、私が調べてみるよ。」


エリザは二通の封筒を持つと、封筒に魔力をそっと流してみた。エリザの魔力は封筒にすっと流れて嫌な感じはしなかった。


「ねえナタリー。封を開けて、中を見てみない?」

「ええっ?大丈夫かしら。」

「さっき封筒に魔力をさっと流してみたけど、魔力もスムーズに流れたし、嫌な感じはしなかったわ。少なくとも、罠や悪意のあるものではなさそうよ。」

「そう?」

「それなら、これも一緒に開けてみる?本当にこの封筒がお土産にもらった金色の鍵が変わった物なら『エリザとナタリーの冒険』のお宝みたいな物じゃない?」

「・・・そうね。分かったわ。エリザ、一緒に封を開けましょう。」

「それじゃあ、一緒に三つ数えたら開けようか。」

「ええ。」

「「一、二、三!」」


二人は一緒に三つ数えると、封筒を開けた。中には


 この手紙を手に入れた者は

 封を開けた日の三の刻

 魔法学校の学長室まで


と書かれた白いカードが一枚入っていただけだった。


「何で、学長室なのかしら?」


ナタリーはカードを持ったまま首を傾げた。


「ねえナタリー、カードの裏側にも封蝋と同じ印が押してあるよ。」


エリザがカードを裏返すと、そこには丸囲みされた足跡のようなものが黒く押されていた。封蝋と見比べると、確かに同じ印を使っているようだ。


「エリザ・・・『学校の学長室まで』って私達、何かしちゃったのかしら?」

「う~ん。夕べの祝賀パーティーでは、何も言われなかったよねぇ。」

「『三の刻』とカードに書かれているわ。えっと、今は―――」


 カラーン、カラーン。


ナタリーが部屋にある時の魔道具を見ようとした時、外で時を告げる鐘が二回鳴った。


「「二の刻っ!?」」


二人は鐘の音の聞こえて来た窓を振り返った。


「どうしよう。まだ私、朝ご飯食べてない。」

「私なんて着替えてすらいないわよ。」

「ねえ、魔法学校の学長室ってどこにあるんだっけ?ナタリー知ってる?」

「え?知らないわ。それに、今日から学校は休みよね。学校に誰か先生はいらっしゃるのかしら?」

「確か―――学校に何かあった時のために、休みの間は当番の先生が順番に学校に来るって聞いたことがあるよ。」

「今から支度して学校へ行って学長室を探すとなると、朝食の時間が―――」

「ナタリー。朝ご飯に夕べお土産に貰った物をここで食べようよ。それならば寮の食堂まで行かなくて済むから、時間も掛からないんじゃない?それから、早目に学校へ行って、先生に学長室がどこにあるのか聞いてみようよ。」


ナタリーは部屋の壁に掛かっている時の魔道具を改めて見た。寮の食堂は自分たちの部屋からそれなりに遠い。寮の部屋から食堂まで往復する時間を考えると、ここで朝食を済ませた方がその分、身支度等に時間が使えるのは明らかであった。


「分かったわ。エリザ、夕べ頂いたお土産を朝食として頂きましょう。」

「うん。それはそうとさ。ナタリー。私達、何を着て行けばいいんだろう?」


寝間着から部屋着に着替えていたエリザがナタリーに聞いた。


「学校の制服でいいんじゃない?休みに入ったから私服でも学校に入るのは問題ないけど、何があるか分からないから念のため制服を着ていた方が良さそうな気がする。」

「確かに。制服なら、どんな偉い人に出会っても大丈夫だったよね。」

「そういうこと。さあ、時間が無くなるわ。夕べのお土産を頂きましょう?」

「そうだね。」


二人は部屋の勉強机でもそもそと昨日のお土産を食べ、制服に着替えて身支度をすることにした。


 「さ、エリザ。学校へ行くわよ。」


張り切って身支度をしたナタリーが、珍しくエリザよりも先に身支度を終えた。


「んぉぉぉ?!ナタリーが私よりも早く支度が終わってる。」

「ふふん。私だって、やればできるのよ。」

「私だって負けないんだからっ。」


エリザも慌てて身支度を終えた。


「ちょっとエリザ。寝癖ぐらい、ちゃんと直しなさいよ。」


ナタリーがエリザの髪を撫でつけながら魔法でエリザの寝癖を直した。


「あ、ありがとう。ナタリーのこの魔法、本当に便利よねぇ。」

「まあね。これを編み出せた時は自分の才能に酔いしれたわ。」


ナタリーは涼しい顔をして自分の魔法をしれっと自慢した。


「さ、準備も出来たし、学校へ行きますか。」

「ええ。」


二人は寮の部屋を出ようとしたが、


「あ、ちょっと待って。」


エリザは急に自分の机に戻り、机の上から夕べ貰ったお土産の籠を取ってくると、籠の中に手紙を入れた。


「何かこの籠を持って行った方がいいと思って。」

「そうね。どちらも頂き物だから持って行きましょう。」


二人は土産に貰った籠と手紙を持ち、部屋の戸締りをすると学校へ向かった。





 休みに入った魔法学校は狭い通用口だけが開いていた。エリザとナタリーは通用口を潜るようにして学校へ入ると、まずは職員室へ向かった。職員室の扉をノックして入ると、


「やあいらっしゃい。君達だったんだね。」


と職員室に一人でいた先生が声を掛けてくれた。


「先生、私達が来ることをご存知だったんですか?」

「いや、誰が来るかは私も知らなかったよ。さっき学長先生から『今日は三の刻に来客があるから案内するように』とだけ言われてね。」

「先生は学長室の場所をご存知なんですか?」

「ああ、知っているとも。まあ、我々職員でも滅多に行けない場所にあるんだけどね。さ、三の刻まであまり時間が無いから行こうか。」


そう言って当番の先生は職員室を出て廊下を歩き始めた。エリザとナタリーも先生の後をついて行った。


 廊下を左右に幾つ曲がったか覚えられないくらい歩いた後、先生が立ち止まったのは薄暗い廊下の突き当りだった。今いる場所がどこだが分からないが、周囲の壁や床の様子から、とりあえず学校の中ではあるようだ。目の前の床には複雑な魔法陣がびっしりと描かれている。


「さ、私が案内できるのはここまでだ。この魔法陣は転送陣になっていてね。転送先に学長室の入り口があるよ。さあ二人共、転送陣の中に立って。」

「先生、ありがとうございます。」

「ありがとうございます。」


二人は先生に頭を下げて礼を言うと、転送陣の真ん中に立った。


「転送陣に魔力を流すのは私の仕事だからね。君たちはそのまま学長室へ向かうといい。」

「「はいっ!」」」


先生はしゃがみ込んで転送陣の上に両手を乗せ、魔力を流し始めた。転送陣が魔力を感知して青く光り始めた。転送陣に流し込まれる魔力が増えるにつれ、転送陣は輝きを増していく。


「魔法学校の職員として貴重な経験をさせて貰ってありがとう。さあ、飛ぶよ!」


先生の声と共に転送陣の光が最大になったかと思うと、エリザとナタリーの目の前の光景が揺らいだ。





 転送陣の眩い光が消えたかと思うと、エリザとナタリーは先程までいた廊下の突き当りとは別の場所に立っていた。


「と、扉がある。」

「ええ。学長室って書いてあるわ。」


二人は本当に学長室の扉の前に転送されたのだ。


「時間になるわ。行きましょう。」


ナタリーが学長室の扉をノックした。


「どうぞ。」


中から男性の声が返って来たので、二人は学長室の中へ入った。


「「失礼します。」」


二人は扉を閉めると入り口の脇に立った。学長室には奥に学長が座ると思われる大きな机と椅子のセットがあり、手前には来客用の応接セットがあった。学長の椅子には白髪と長い白髭を蓄えた男性が座っており、手前の応接セットには黒髪を後ろで一つに束ねている男性が真ん中に座り、その隣に濃灰色の短髪の男性が座ってエリザとナタリーの方を向いていた。


「ほれ、ヴァイエル。全員揃ったぞ。お主もこっちに来て話をせんか。」


黒髪の男性が奥に座っている白髪の男性に声を掛けた。


「ヴァイエル学長・・・。」


ナタリーがかろうじてエリザが聞き取れる位の小声で呟いた。ナタリーは、緊張のあまり自分が声に出して呟いているのを気付いていないようだ。エリザはナタリーに小声で耳打ちしながらナタリーの制服の袖をツンツンと引っ張った。


「ナタリー、声に出てたわよ。」

「ひうっ!あ、ありがとう。」


ナタリーは慌てて両手を口元に当てて唾を飲み込んだ。エリザとナタリーがそんな遣り取りをしている間に、ヴァイエルはいつの間にか応接セットのソファーの空いていた所に腰掛けていた。


 「さて、お嬢さん方。そこに立ったままだと話ができないから、こちらに座ってくれるかな。」

「はいっ、失礼します。」

「失礼します。」


エリザとナタリーはヴァイエルに勧められるまま、彼らの向かい側にあるソファーに座った。


「まずはおめでとう。よくここまで辿り着いたね。」


ヴァイエルが二人を祝福したが、エリザとナタリーの二人はきょとんとしていた。ヴァイエルの言葉の意味が分かっていないのだろう。


「ヴァイエル、お主の言い方だと全く意味が伝わっておらんぞ。」


ヴァイエルの右隣りに座っていた黒髪の男性が口を挟んだ。


「バルディス長官、これから説明をするという時に口を挟むのを止めて頂けませんか。」


ヴァイエルは黒髪の男に向かって抗議した。


「えっ、バルディス長官?」


ナタリーが黒髪の男の正体に気付いたようだ。


「嬢ちゃん、いかにも私がバルディスだよ。」


バルディスはナタリーに向かって頷いた。


「バルディス長官。そろそろいいんじゃないか?」


濃灰色の髪の男が隣の黒髪の男に声を掛けた。


「そうじゃな。じゃあ、儂が合図をしよう。ヴァイエルも準備はいいか?」

「大丈夫です。」


ヴァイエルと呼ばれた白髪の男も了承の返事をした。


「嬢ちゃん達、この姿に見覚えはあるかな?」


バルティスの声を合図に、白髪の男が白熊、黒髪の男が黒熊、濃灰色の髪の男が灰色熊の姿に変わった。


「熊さんっ!―――って、うわあぁぁぁっ!」


エリザは夕べ熊達に抱き着いてその毛並みを堪能したことを思い出し、顔を覆って赤面した。


「魔道具・・・ですか?」


ようやく事態を理解したナタリーは、目の前の熊達に尋ねた。


「ああ。魔道具で儂らが姿を変えていたんじゃよ。色々面倒だから元に戻るわい。」


バルディスは黒熊から元の姿に戻った。バルディスに倣って、ヴァイエルとアーロンも人の姿に戻った。


「嬢ちゃん、儂等はみんな良い毛並みじゃったろう?」


バルティスはエリザに向かって片目をつぶって微笑んだ。エリザはバルディスの言葉に頬を両手に当てたままコクコクと頷いた。


「それでは改めて。私が魔法庁長官のバルディスじゃ。夕べは黒熊に扮しておったわい。」

「昨日の祝賀パーティーでも見かけたとは思いますが、私が魔法学校の学長のヴァイエルです。私が白熊の恰好をしておりました。」

「俺はここの卒業生で魔法庁所属のアーロンな。夕べは灰色熊だったな。」


改めて熊達に変装していた三人がエリザとナタリーに挨拶をした。


「わ、私わあぁ~魔法学校のエリザです。」

「同じく、ナタリーです。」


動揺して声が裏返ったエリザと、ようやく目の前の状況に納得したナタリーは座ったまま目の前の三人に自分の名を名乗り、軽く頭を下げた。


「嬢ちゃんや。昨日の土産はどうじゃったかな?」

「はいっ、今朝美味しく頂きました。」


バルディスの問いに、エリザが食べ物のお土産について答えた。


「それは何より。他にもお土産はあったんじゃないかな?」


ヴァイエルが改めて二人に聞いた。


「こちらです。ほら、エリザの分も出しなさいよ。」


ナタリーはそう言って籠と白い封筒をテーブルの上に置くと、エリザにも自分の分を出すよう促した。エリザはナタリーの方を見て自分も同じようにした。


「そうじゃな。この封筒を手に入れたということは、それだけの能力があるということじゃよ。そろそろこれも元に戻しておくか。」


バルディスはそう言うとテーブルに置かれた白い封筒を手に取り、パチンと指を鳴らした。


「「あっ!」」


バルディスが持った白い封筒は、赤いリボンのついた金色の大きな鍵に変わっていた。


「この鍵は、儂がその実力を認めた者にしか渡さない物じゃ。」

「これを見るのは久しぶりだが、封筒から鍵に戻るのを見る度に驚くよなぁ。」


アーロンがバルディスの手元の鍵を見てしみじみと呟いた。


「学生の君達は、魔法庁に就職するために、毎年筆記試験と実技試験で審査をする入庁試験が行われているのは知っているかな。」


ヴァイエル学長がエリザとナタリーに問いかけた。


「はい、学校の掲示板に入庁試験のことが掲示されているのは知っています。」


ナタリーがヴァイエルに向かって答えた。


「ナタリー君は最上級生でもないのに、良く知っているねぇ。」

「し、親戚が魔法庁で働いておりますので。」

「そう。それならば入庁試験のことも聞いているか。」


ナタリーの回答にヴァイエルはさもありなんと頷いた。


「実は魔法庁には通常の入庁試験とは別の試験があってね。」

「「えっ!?」」


ヴァイエルがエリザとナタリーに向かって信じられないことを言い出した。


「筆記試験と実技試験だけでは拾いきれない才能を取り零してしまうのは、学校にとっても魔法庁にとっても大きな損失じゃからの。それで毎年一回、学校で公平を期するために、生徒全員に対して特別な試験を行っておるのじゃ。」


ヴァイエルの横からバルディスが口を挟んだ。


「そんな試験があるなんて、私の親族からも一切、聞いたことがありませんよ。」


ナタリーはそうバルディスに向かって言った。ナタリーの親族はそれなりに魔法庁に所縁のある者が多いようだ。


「そりゃそうじゃ。この試験に受かった者達には、試験の存在自体を口外しないという魔法誓約をしてもらっているからの。」

「魔法誓約!?」


エリザがその重大さに驚き、思わず大きな声を出してしまった。


「あっ、すみません。失礼しました。」


慌ててエリザは大声を出したことを詫びた。


「まあ、驚くのも無理はないよね。」

「実は俺も魔法誓約をしているんだぜ。」


ヴァイエルとアーロンがエリザを宥めた。


「魔法誓約をしているということは、もしかして、アーロン先輩もその試験に受かったから魔法庁で働いていらっしゃるんですか?」

「当たり。よく分かったね。」


ナタリーの質問にアーロンがニッと笑って答えた。


「あの、私も質問して良いですか?」


エリザが向かいに座っている三人に声を掛けた。


「ああ、気になることは何でも聞くがええ。」


バルディスはエリザに頷いた。


「先程バルディス長官が『学校で公平を期するために、生徒全員に対して特別な試験を行っている』と仰いましたよね。ナタリーと私がその特別な試験に合格してこの場にいるということでいいんですか?」

「ああ、そうじゃよ。」

「長官。その特別な試験を受けるための『何か』に心当たりが無いのですが。」


バルディスはエリザとナタリーが魔法庁の特別な試験に合格したことを認めたが、エリザはいつ、自分がこの特別な試験を受けたのか全く思い当たらないようだった。


「そうかもしれんのう。じゃが、これならどうかね?」


そう言ってバルディスは両手に金色の魔力を球状に集めて頭の上に掲げると、魔力の塊から手を離した。そして、両手で魔力の塊を部屋の天井付近まで持ち上げるとパンッと頭上で手を叩いた。バルディスが手を叩いた途端、魔力の塊は金色の細かい光の粒となって部屋中にキラキラと舞い降りていく。


「「祝福―――!!」」


エリザとナタリーは自分達の上に振ってくる光の粒を見て、昨日の祝賀パーティで同じ物を見たことを思い出した。


「そう。学生の皆を『祝福』するよう、全員に光の粒が降るようにしているんじゃ。今のは見せただけだから、全く効果は無いがな。」

「一見、祝賀パーティーの演出のように見えるが、実は学生全員がこの光の粒に当たることが魔法庁の特別な試験の受験資格となっている。」

「だから、寮から家に帰るのは祝賀パーティーの翌日以降という決まりなんだぜ。」


バルディス、ヴァイエルとアーロンがそれぞれ、特別な試験の種明かしをした。


「それじゃあ、アーロン先輩も寮の廊下で扉を見つけたんですか?」

「ああ、そうだよ。最初は俺も夢かと思ったぜ。」

「学長の立場から補足すると『未知のことに対してどう行動するか』という視点の試験だね。」

「そうじゃの。扉を見つけても、扉を見つけただけで中に入らない者、中に入っても途中で引き返してしまう者もおるはずじゃよ?」


バルディスがエリザ達が取らなかった選択肢の数々を示した。ヴァイエルとアーロンもバルディスの言葉に付け足していく。


「そういう意味でも、君達は扉を開けて中に入り、最後まで諦めずに歩き続けた。」

「そして、宴会をやっている得体の知れない熊達の輪に入って。」

「お土産を貰って帰って来たじゃろう?」

「「はい。」」


エリザとナタリーは自分たちの行動の結果に納得して頷いた。


「改めてエリザ君、ナタリー君。君達は魔法庁の特別試験に合格じゃ。おめでとう。」


 かくして、エリザとナタリーは魔法学校の学生なら就職先として誰もが憧れる、魔法庁への切符を手に入れたのであった。

去年は童話祭参加作品は登りの螺旋階段でしたが、今年はひたすら長く続く下り階段という、まさかの二年連続階段が絡む童話になったのは多分偶然です。これでも最後の方は冗長に感じた初稿からだいぶ削ったのですが、筆者にしては長めの短編になりました。

よろしかったら、筆者の過去の童話祭参加作品や他の作品ももお楽しみ頂けると幸いです。童話祭参加作品は上のシリーズのリンクから飛べるようになっております。


本作も最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

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