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【恋愛 現実世界】

叶わぬ願いと奪われぬ魂、そして満ちた心。

作者: 小雨川蛙

 

 驚かれるから誰にも話さないけれど、私は学生時代に悪魔を召喚したことがある。

 理由は単純で、当時、私を虐めていた奴を殺すために召喚したのだ。

 今にして思えば何とも子供みたいな理由だと呆れてしまうが、少なくとも当時の私は本気だった。


「成功した……?」

 描いた魔法陣から灰色の煙が漂い、それが段々と人の形に変わる。

 いや、人ではなく悪魔だ。

 そのはずなのだが……。

「君が僕を召喚したの?」

 現れたのは当時、十五歳の少女だった私とそう変わらない背丈をした少年だった。

 いや、実は数㎝私の方が背が高かった。

 同級生がそこに来たのだと錯覚してしまいそうだったけれど、だぶだぶのタキシードと吸い込まれそうな翆色の瞳、そして頭から生えた二本の角のお陰で辛うじて彼が悪魔であることを主張していた。

「何を叶えてほしいの?」

 少年はそう言って私に一歩近づこうとして、裾を踏みつけて転んでしまった。

 悪魔召喚に成功した歓喜と恐怖が一瞬の内に不安へと変わる中、私は近づいて彼が起き上がるのを助けながら問いかけた。

「大丈夫?」

「なんとか……」

 悪魔はそう言ったが、片目を思い切りぶつけたらしく赤くなっていた。

 私と目が合った悪魔は自分の様に恥ずかしくなったのか、大きく咳払いを一つして問いかけてきた。

「それで何を望むと言うのだ?」

 今更になって尊大な声を出されても不安しかない。

 そんな気持ちをどうにか払拭しようと私は二人の人物の名を告げて言った。

「こいつらを殺してほしい」

 虐めの主犯格。

 今にして思えば笑い飛ばせるものだが、少なくとも当時の私にとっては許しがたいものだった。

 故に私は悪魔に縋ることにしたのだが……。

「えっ、そんなことのために僕を呼んだの?」

 再び、素の反応に戻る悪魔へ私は頷いて問いかける。

「悪い?」

「いや、悪くはないけど……君、分かってる? 僕に望みを叶えてもらうってことは魂を捧げるってことなんだけど……こんな事に自分の魂を使っちゃうんだよ?」

「こんなことってなにさ!」

 思わず怒鳴り返すと悪魔はビクッと震えて私を見返す。

「ごめんて……。だけどさ、考えてみてよ。君、進路はその子達と同じなの?」

「進路って……そんなこと考える余裕もないよ。だからあなたを呼んだんじゃない!」

「怒鳴らないでよ……。だけど、だったら、尚更さ。勿体ないよ。もし違う学校に行くなら、あと一、二年で終わる苦しみじゃんか。対して、僕に魂を捧げると死後、永遠に苦しむんだよ?」

 まるで近所のおばちゃんが言う程度のアドバイスに私は思わず頭を抱えた。

 わざわざ言葉に出さずとも分かる。

 どうやら、完全にハズレを引いたらしい。

「あんた。もしかして、自分にそれが出来ないから、こんなこと言っているんじゃないの?」

 その言葉に悪魔はビクッと震える。

 どうやら、図星だったらしい。

 これ見よがしのため息をついて私は悪魔から離れて言った。

「もういいよ。あんたは帰って。もう一回やるから……」

 そう言って再度、魔法陣を描こうとする私を悪魔は慌てて突き飛ばして言った。

「五年! あと、五年待って! そうすれば僕も色々と出来るようになるから!」

「五年なんて長すぎる! 私は今すぐ、あいつらを殺してほしいの!」

「大丈夫! 五年なんてあっという間だよ! それに、五年も経てばこんなしょうもないことに願いを使おうなんて馬鹿なこと考えなくなるから!」

「馬鹿! それじゃ、そもそもあんたを呼ばなくなるじゃん!」

 今にして思えば、何とも馬鹿げたやり取りをしたものだ。

 やがて、私は押し負けてため息交じりに言っていた。

「分かったよ……。それじゃ、別の悪魔を呼ぶのも、あいつらを殺させるのも一旦は諦めるから」

「うん。ありがとう」

「その代わり、必ず五年後に私の下へ来なさい」

 そこまで口にして、私は思わず「あっ」と声を出す。

 しかし、もう遅かった。

 悪魔は恐ろし気な笑みを浮かべて言った。

「叶えてやろう。その願い」

「えっ、ちょっ……これはなしでしょ!?」

 思わず縋ろうとする私の身体を風のようにすり抜けて、悪魔は言った。

「愚かな人間だ。悪魔を用いれば何が起こるか身を持って知れ」

 突如、魔法陣から煙が漂い悪魔はそのまま吸い込まれるようにして魔法陣へと向かい。

「わわっ!?」

 思い切り転んだ姿が見えた。

 しめたと思い、その足を掴もうとしたが私の手は空を切っていた。

 そして、気づけば私は一人きりでぽつんと座っているばかりだった。


 あれから五年が経つ。

 私は二十歳となり日々を過ごしていた。

 いや、より正確に言うならば悪魔が来るのを待ちながら日々を過ごしていたのだ。

 しかし、今年もあと一週間で終わるというのに悪魔は未だやって来ない。

 何度か魔法陣を描いて召喚を試みたが、残念ながら二度と煙もあの悪魔もやって来なかった。

 今日も私は一人、悪魔を待ち続けてた。

 もう、来ないのではないかと半ば確信染みたものを覚えながら。

 日付が代わり25日の0時0分。

 自宅で独り、ぼんやりとしていると不意にチャイムが鳴った。

「まさか……」

 奇妙な歓喜に似た想いと共に扉を開けると私より数㎝も背が高くなった悪魔がそこに立っていた。

「久しぶり」

 幼さの消えたその顔に私が言うと彼は微笑む。

「ごめんね。今日、やっと誕生日だったんだ」

「誕生日?」

「うん。今日で僕も二十歳だ」

 そう言いながら彼は手に持っていたワインを私の目の前に出して微笑む。

「一緒に飲みたくてね」

 呆れ笑いをしながら私は言った。

「もし私に恋人がいたらどうしてたのさ? あんたは知らないだろうけど、今日は一年でも一番人々が恋人と過ごす日なんだよ?」

「馬鹿だな、君は」

 悪魔はそう言うとにやりと笑う。

「復讐に悪魔を使おうなんて発想をする人間に恋人なんて出来るわけないじゃないか」

 少し笑い。

 腹が立って、彼を思い切り殴った。

「いたたた……」

 呻く彼を他所に私は言った。

「ほら、寒いからとっとと入って」

「ごめんて……」

 慌てて部屋に入った悪魔の後ろ背には降り出した雪と外の光が微かに見える。

 0時になった途端に入って来るなんて、どうやら彼もまた五年後が楽しみで仕方なかったらしい。

「それで、君はまだあの二人に復讐して欲しいのかい?」

「野暮なこと聞くね、あんた」

 二人でコタツに入りながら私は笑った。

「とりあえずそれ飲もうよ。楽しみにしていたんでしょ?」

「そりゃあ、もう」

 カーテンの後ろに広がる聖夜を気にもせず、私は五年振りにあった友人と心ゆくまで再会を楽しんだ。

 そして、それは。

 ちっぽけな悩みからの解放を確かめ合う一つの儀式でもあったのだ。

「乾杯」

 私達の声が狭い部屋の中で温かく響いた。


 この日、私に大切な存在が一つ出来たけれど、それはまた別の話。

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― 新着の感想 ―
 思う気持ちが無ければ助言も無い事を踏まえれば、それもまた想いと捉える事も出来ますが、飢えた心に愛を蒔いたようにも思えます。  既に心という魂を囚える事は出来ていたようで、続きが読めるのはXDayか、…
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