スマホを拾った
スマホを拾った。
それはバイト帰りのバスに乗り込み、座ろうとした際に座席に置かれてあった。
落ち着いた緑色の手帳型のケースに、静かに影を潜めながら帰ってくるか分からない持ち主の帰りを待っていた。
バスから降りる際に運転手に渡そうと思い、そもそもその行為を忘れないように膝の上に乗せた。
暫くバスに揺られていると、ブルルとスマホが震え、持ち主からかもしれないと、思い手帳型ケースを開けると、通知が1件届いていた。
「猫丸さんからいいね!を貰いました。」
バイト先から近いカフェの抹茶パフェと、真っ白な皿の上に乗ったスプーン、角砂糖2個、さらに真っ白なマグカップに入った恐らくコーヒーの写真を背景に、通知が1件表示されていた。
持ち主からではなく、小説サイトからの通知であった為、少しがっかりしながら電源を切ろうと思ったのだが、画面に親指が触れてしまった。
するとパスワードの入力なく、ホーム画面に入ってしまい、唾を飲んだ。
見知らぬ女性の着替えを盗み見てるような罪悪感と、今時パスワードを掛けないのはどうなのかという疑念が入り交じるかと思いきや、それを越える衝撃があった。
広いホーム画面の左上に、小説サイトのショートカットがあるのみだったのだ。
とても悩んだ。とても悩んだ上で、好奇心には勝てずにそのショートカットをタップした。
スマホを失くす、ロックも掛けない、小説のサイトしかないホーム画面の女性(恐らく)のことがどうしても気になってしまい、非常に申し訳ないと思いながらも誘惑に勝つことはできなかった。
IDやパスワードも保存されており、すぐにユーザーページに繋がった。
どうやら持ち主は数件小説を投稿していたようだった。試しに読んでみると、とても面白い。最寄りのバス停に着くまで夢中で読んでしまった。
ミステリーもので、身近に実際に起こってもおかしくないようなリアルな描写に終始ゾクゾクしていた。
唯一心残りだったのが、最終話まで掲載されていなかったことだった。
このままスマホを持って帰ってしまいたいほどには面白く、とても続きが気になったが、さすがにバスを降りる前に運転手にスマホを明け渡した。
心惜しい思いで去っていくバスを見つめていた。
ずっと続きが気になっていた小説は私がスマホを拾った3年後に完結、衝撃的な結末が話題になり、とうとう実写化が決まった。
実体験を元にミステリー要素を盛り込んだ為、相当リアルな女性目線の描写ができたと後に作者は語っていた。
実はなんやかんやあって1年ほど前から先生のアシスタントをしている。先生には私を作中に登場させてくれたご縁があるため、一生尽くしていきたいと思っている。
タイトルは「抹茶パフェとコーヒー」だそうだ。
もうスマホをわざと落としたらダメですよ、先生。