9話
部活が始まって約二時間が経った。
「ふ~。できたぁ!」
相当疲れたらしく、遥香はソファーに寝転がった。
「お疲れ様っす」
「なんか久しぶりに集中した気がする。北野くんもありがとね」
「そんな、僕は何もしてないよ」
僕はほんの少し首を振り、言葉を続ける。
「で、納得のいく歌詞は作れた?」
「うん! 自信作ができたよ」
「おお。じゃあ、さっそくだけど見てもいい?」
「いいよ! なんだか緊張するなぁ」
遥香は寝転がったまま、ニコッと笑った。
これが遥香のデビュー作になる。
僕が世界中の誰よりも先に見ることができるのだ。そう思うと、少し緊張してきた。
一番最初の行には曲名らしき単語が書いてある。
【 空歌 】
「これは『そらうた』でいいんだよね?」
遥香は首を振った。
「違うの。これで『からうた』って読むの。中に何も入ってないことを空っぽって言うでしょ?」
「あー、そう読むんだ」
曲名の下には【作詞:久保 遥香】と書いてある。なぜかその横には【作曲: 】とも書いてある。
「作詞部なんだから作曲の欄いらないんじゃない?」
「分かんないじゃん。誰かが曲付けてくれるかもしれないし」
「そんな都合のいいことあるかな」
「うーん、どうだろう」
【 暑い夏の朝 テレビから聞こえてくる時刻のお知らせ
僕の部屋の時計より一分早い
携帯は部屋の時計と同じ時刻を指していた 】
歌いだしはこう始まっている。
「【私】じゃなくて【僕】なんだね」
僕は少し気になって、遥香に伝えた。
「そうそう! 私の中での作詞のルールっていうか、初心者なりのこだわりってやつ」
「いいと思う。そういうこだわり」
「でしょ? もっと褒めて~!」
遥香は褒められて、とても嬉しそうだ。
僕はその後も、遥香が書いた歌詞の意味や伝えたいことを考えながらじっくり読んだ。
ゆっくりと、一行ずつ。
全部読み切っては、もう一度最初から読む。その繰り返し。
読み始めて十分が経った頃、寝転がっていた遥香から微かに寝息が聞こえてきた。
疲れて眠ってしまったのだろう。
感想を言うために起こそうかとも考えたが、気持ちよさそうに眠っている遥香の顔を見ると、そんな酷なことはできなかった。
僕は新しいルーズリーフに、置き手紙を書くことにした。
―― 今日はありがとう
楽しかった
感想はまた今度言います ――
財布から二千円を取り出し、その手紙の上に置いておいた。
そして最後に、歌詞が書かれたルーズリーフの写真を撮り、部屋を後にした。
カラオケ屋の外はもう暗く、仕事帰りの人で溢れ返っていた。
帰宅ラッシュに飲み込まれるように、僕は足早に家に向かった。