8話
店の前に着いたのは、予想通りぴったり二十分後だった。
エントランスを通り、遥香の待っている部屋を探した。
その部屋に着くまでに、廊下のスピーカーから聞いたことのある曲が聞こえてくる。
僕は最近の音楽に疎いが、人気の曲くらいなら知っている。特に最近の曲は、歌詞より曲調が注目されてバズることが多い気がする。それこそ僕は、曲調より歌詞を重視するタイプで、あまり最近の音楽と波長が合わない。
アルファベット順に部屋は並んでいるらしく、思っていたより簡単にKの部屋は見つかった。
恐る恐る部屋の扉を開けると、お目当ての人はちゃんとそこにいた。
「おそ~い! あと返信してよ~、既読無視は悲しいよ」
遥香は少し怒ったように言ったが、「でも、本当に来てくれて嬉しい!」と喜びを露わにした。
「ごめんごめん。さすがに僕だって約束は守るよ」
一応謝ったものの、反省するつもりは全くない。僕は扉の近くのソファーに腰を下ろした。
「はい、これ」
コンビニで買ったチョコレートとカフェオレを遥香に渡した。
「え~! 気が利くじゃん。しかも私の好きなチョコだ。なんで知ってるの?」
「たまたまだよ」
嘘をついた。本当はたまたまではなかった。
「ふ~ん。じゃあとりあえず部活再開だね」
僕は今日【作詞部】の見学に来ただけだ。深く活動に干渉することはない。
ソファーに深く腰掛け、この部活の活動内容をただただ見る。それ以上でもそれ以下でもない。
「今日の部活中に一曲書き切るから、北野くんに見てほしいの」
ボールペンを持ったまま、僕の目を見る。
「え、それ何時間掛かるの?」
「分かんないけど、アイディアはあるから大丈夫!」
「見てもいいけど、良いとか悪いとかは言えないからね」
「え~、それは言ってよ~。参考にしたいしさぁ」
「まぁ早く書きなよ。作詞なんて多分そんな簡単じゃないって」
「は~い」
遥香はルーズリーフと向き合う。
「北野くん、別に歌っててもいいよ」
「歌わないよ。てか、邪魔しちゃうでしょ」
「全然いいのに~。そこから、アイディアが生まれるかもしれないじゃん」
「そんなんでアイディア浮かんでたら、それはもう盗作だから」
「確かにそうだ。その歌詞に影響されちゃうしね」
僕に気を遣ってくれたのか、ただの天然なのか。遥香の可愛いところが見えた気がした。
そこからは二人とも話すことはほとんどなかった。
僕は歌詞が完成するまで、トイレに行ったり、スマホを触ったりして時間を潰した。
遥香は一人で黙々と作詞に集中しているようだ。
僕はあえて彼女の書いている歌詞を見ないようにした。
最後の楽しみに取っておきたかった。