6話
次の日の一限目は家庭科だった。
授業は教室ではなく家庭科室で行われる。
授業の内容は、ミシンでエコバックを作るだけの一時間である。
完成までの期間はあと一か月近くあり、今日ぐらいはサボってもいい。
何より今日は遥香と話したいことが山のようにある。
この授業は完全個人戦で、生徒は自由に歩き回ったり話をしたりしていて終始騒がしい。
だから、遥香と話すには絶好のチャンスなのだ。
真面目な性格の遥香は、友達と話もせずエコバックと格闘していた。
彼女のエコバックはもう形になっている。僕のはまだ布の段階だというのに。
「遥香、ちょっと話したいんだけど、今いい?」
彼女は僕の方をチラッと見たが、すぐにミシンの針に目を移す。
「いいよ~。ちょっと待ってて」
中途半端なところでやめるのが嫌なのか、彼女は手を止めない。
数分後、満足するところまで終わったのだろう。ミシンの電源を切り、僕の方に体を向けてくれた。
「おっけ~。急にどうしたの? もしかして告白?」
いつもの笑顔で言ってくる。
「なわけないだろ。昨日のことだよ」
「あ~、昨日の体育で転んじゃった話? なんで北野くんが知ってるのよ~」
体育は男女別で行われるのがこの高校の方針だ。
男子が体育館を使う日は、女子がグラウンドを使う。雨の日はどちらかが体育館で、もう一方は教室で保健の授業をするといった風に、完全に分けられている。
だから、体育で遥香が転んだ話なんて全く知らない。
「違うよ。なんだその話。昨日言ってた部活のことだよ」
「あ、そっちね~。……え、北野くんは作詞部って聞いてどう思ったの?」
「正直笑っちゃった。てか、遥香ってそんな才能あったっけ?」
「う~ん。まだ書いたことないけど、もしかしたら才能ないかもね」
遥香は一拍あけてこう続けた。
「でもね、伝えたいことは沢山あるの。私の歌詞を通して、みんなに届けたい」
遥香は僕の目を真っ直ぐ見てそう言った。
「あ~! そういえばさぁ、北野くんってピアノやってたんだよね?」
その通りだった。僕は小学四年生から中学三年生までの六年間ピアノを習っていた。
「ちょっとだけね」
「ちなみに、北野くんって今部活入ってるの?」
「いや、もう入ってないよ」
「え? どういうこと?」
「バドミントン部に一回入ったんだけど、もう辞めたんだ」
「ふ~ん。じゃあ決まりだね」
「は? なんのことだよ」
「北野祐くん。あなたを作詞部へ招待します」
遥香は冗談っぽく言ったが、すぐに真面目な顔でこう続けた。
「私の歌詞を沢山の人に届けるには北野くんが必要なんです。一緒に曲を作ってください」
展開が急すぎる。一旦整理しよう。
僕に今与えられた選択肢は大きく分けて二つだ。
『作詞部に入部する』か『断る』かだ。
話の流れから予想すると、入部した場合、多分僕は作曲をやらされそうだ。
要するに、遥香の歌詞にメロディーを付けるということになる。
いや、しかし作詞部と名乗っているのだからピアノは関係ないはずだ。
とはいえ、圧倒的に『断る』ことのメリットの方が多い。
だから僕は申し訳ないが断ることに決めた。
「遥香、ごめ」
「とりあえず今日見学においでよ!」
遥香は僕の言葉を遮るようにそう言った。
興味がないわけではないし、見学くらいなら行ってやってもいいと思った。
「まぁ、とりあえず見学なら」
「じゃあ、放課後に駅前のカラオケ集合ね」
「え? ちょっと待ってよ。部室とかは?」
「まだないよ。三人以上いないと部室って借りれないんだよ~」
そんなルールがあるなんて初知りだった。
「ふーん。……じゃあ放課後な。ミシン中にお邪魔しました」
「全然大丈夫! 今日よろしくね」
そう言って、遥香はまたミシンを走らせ始めた。
家庭科室の黒板の上に掛けられた時計を見ると、授業が始まってまだ半分も経っていなかった。
僕も渋々ミシンと向き合うことにした。